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二十二
花の名-3
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そして、季節が巡り、春が来る。
すばらしい晴天に恵まれた日だった。
戴冠式と結婚式が同時に執り行われるという異例の事態に、アヴァロン城はかつてない高揚感に包まれていた。
普段は決して許可されることのない衛星中継のカメラがズラリと並び、大勢の招待客――貴族達はもちろん、ゲオルグの故郷ミラノの市民も多く招かれることになった――が、広間を埋め尽くす。警備は異様と評されるほどに万全を期された。アヴァロン城の周囲だけでなく、戴冠式後にはパレードが予定されていたため、城下の街角にもくまなく兵士が立って目を光らせる。街は緊張と興奮に包まれ、街頭のモニタというモニタには、満員の大広間が映し出される。やがて現れる美しい皇帝をひと目見ようと、他のどんな祭りの時よりも、大勢の人が集まり、彼女の登場を待っていた。
真紅の絨毯が敷かれた大広間の中心に、紫と金の刺繍で描かれたスミレの紋章の旗と、三百年の平穏を保つ玉座。千年前の封建社会の伝統に倣った形式で行われるアヴァロン朝の戴冠式ではあるが、皇帝に冠を授けるのは神ではなく、彼女を終身独裁官に任命するエウロ議会の議長である。
玉座の脇では、彼女に先駆けてこの広間で儀式に臨み、アヴァロン大公としての位を賜ったゲオルグが、冠を頭に戴き、緊張の面持ちで立っていた。
厳かにアンセムの演奏が始まる。そして、やがて、あらゆる希望をその身に纏い、アーシュラが広間に姿を見せる。
集まった全ての者達が、呼吸を止めてその姿を目に焼き付けた。
花嫁衣装も兼ねたドレスに身を包み、紫のローブを纏ったアーシュラは華奢で、若々しく、可憐で――しかし、自信に満ち溢れた微笑みを湛えていた。
固唾を呑んで見守る幾億の視線の中、ゆっくりと進み出た彼女は玉座の前に跪き、小さな体で、その重い冠を受け取る。
冠を頂いた少女が立ち上がり、玉座の前に立つ。ゲオルグがその足元で膝を折ると、波紋が広がるように次々と人々が彼女に跪礼した。
アーシュラの気高い紫の瞳は誰の方も見ず、ただ遠い、彼方の幻の山を見つめているように思えた。
――それが、エウロに新しい皇帝が誕生した瞬間であった。
『世界で最も尊く、美しい新郎新婦である』と、自治区下の各新聞は大層な見出しを競って書き立てた。テレビでは、戴冠式に結婚式、その後のパレードの様子が繰り返し流され、笑顔で手を振る二人の姿が目に入らない日は無いほどだった。
可憐な新帝には安定を、平民出身の大公には革新を。それぞれ人々は期待したのだ。
だが、新たな時代の到来にエウロ全土が歓喜と希望に包まれる中、またひとつ、世に伏せられた事実があった。
それは――戴冠式を終えた少し後、儀式の熱気から日常の静けさを取り戻した城の中で、皇帝アーシュラが、体調をひどく崩し、倒れたということである。
はじめ、エリンもゲオルグも、行事が立て込んだことで疲れを溜めてしまったのだろうと考えた。いかにもあり得ることだ。だから、いつものように、まもなくケロリと元気な彼女に戻るのだと、そう信じて疑いはしなかった。
けれど違ったのだ。この数年、長く良い状態で安定していたアーシュラの体調は、加速度的に悪くなっていった。熱を出して寝付く時間が長くなり、食べられる食事の量も減っていく。
彼女の妊娠が発覚したのは、そんな中でのことだった。
すばらしい晴天に恵まれた日だった。
戴冠式と結婚式が同時に執り行われるという異例の事態に、アヴァロン城はかつてない高揚感に包まれていた。
普段は決して許可されることのない衛星中継のカメラがズラリと並び、大勢の招待客――貴族達はもちろん、ゲオルグの故郷ミラノの市民も多く招かれることになった――が、広間を埋め尽くす。警備は異様と評されるほどに万全を期された。アヴァロン城の周囲だけでなく、戴冠式後にはパレードが予定されていたため、城下の街角にもくまなく兵士が立って目を光らせる。街は緊張と興奮に包まれ、街頭のモニタというモニタには、満員の大広間が映し出される。やがて現れる美しい皇帝をひと目見ようと、他のどんな祭りの時よりも、大勢の人が集まり、彼女の登場を待っていた。
真紅の絨毯が敷かれた大広間の中心に、紫と金の刺繍で描かれたスミレの紋章の旗と、三百年の平穏を保つ玉座。千年前の封建社会の伝統に倣った形式で行われるアヴァロン朝の戴冠式ではあるが、皇帝に冠を授けるのは神ではなく、彼女を終身独裁官に任命するエウロ議会の議長である。
玉座の脇では、彼女に先駆けてこの広間で儀式に臨み、アヴァロン大公としての位を賜ったゲオルグが、冠を頭に戴き、緊張の面持ちで立っていた。
厳かにアンセムの演奏が始まる。そして、やがて、あらゆる希望をその身に纏い、アーシュラが広間に姿を見せる。
集まった全ての者達が、呼吸を止めてその姿を目に焼き付けた。
花嫁衣装も兼ねたドレスに身を包み、紫のローブを纏ったアーシュラは華奢で、若々しく、可憐で――しかし、自信に満ち溢れた微笑みを湛えていた。
固唾を呑んで見守る幾億の視線の中、ゆっくりと進み出た彼女は玉座の前に跪き、小さな体で、その重い冠を受け取る。
冠を頂いた少女が立ち上がり、玉座の前に立つ。ゲオルグがその足元で膝を折ると、波紋が広がるように次々と人々が彼女に跪礼した。
アーシュラの気高い紫の瞳は誰の方も見ず、ただ遠い、彼方の幻の山を見つめているように思えた。
――それが、エウロに新しい皇帝が誕生した瞬間であった。
『世界で最も尊く、美しい新郎新婦である』と、自治区下の各新聞は大層な見出しを競って書き立てた。テレビでは、戴冠式に結婚式、その後のパレードの様子が繰り返し流され、笑顔で手を振る二人の姿が目に入らない日は無いほどだった。
可憐な新帝には安定を、平民出身の大公には革新を。それぞれ人々は期待したのだ。
だが、新たな時代の到来にエウロ全土が歓喜と希望に包まれる中、またひとつ、世に伏せられた事実があった。
それは――戴冠式を終えた少し後、儀式の熱気から日常の静けさを取り戻した城の中で、皇帝アーシュラが、体調をひどく崩し、倒れたということである。
はじめ、エリンもゲオルグも、行事が立て込んだことで疲れを溜めてしまったのだろうと考えた。いかにもあり得ることだ。だから、いつものように、まもなくケロリと元気な彼女に戻るのだと、そう信じて疑いはしなかった。
けれど違ったのだ。この数年、長く良い状態で安定していたアーシュラの体調は、加速度的に悪くなっていった。熱を出して寝付く時間が長くなり、食べられる食事の量も減っていく。
彼女の妊娠が発覚したのは、そんな中でのことだった。
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