YUME

藤原商会

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 周りでありえないような事ばかり起こるのに、夢の中にあるときはそれが奇妙とは思わない。目が覚めて初めて、なんですぐ夢だと気づかなかったんだろう、などと思う事は誰にもあると思う。では今この時も、目が覚めてから何て荒唐無稽な夢だったんだ、などと我ながら呆れるのだろうか。ふとそう思った。時計を見ると5時40分。しかし午前か午後かはわからない。

 窓の外が真っ赤なのに気付いておそるおそるカーテンの隙間から外を伺うと、なんの事はない、ただの夕焼けだった。考えてみれば今までは遅くまで窓のない職場にいて、自室で夕焼けを見るのなんて初めてだ。真っ赤な太陽、それに赤く染められた空や街の風景は、世間的には寂寥感を漂わす光景だという事は知っているが、俺にとってはなんというか不気味で、緊張感のある光景に見えた。
 机の上を探ってリモコンを見つけ、テレビを点けると、画面の中はこちらも真っ赤だ。カメラは激しく揺れており、まともに見られない映像のなか興奮した男の声が叫ぶ。
「皆さん!逃げて!どこか安全な所へ…うわああああ!」
右上には「中継」の文字がある。一瞬映された遠景に、崩れ去ってゆく街が見える。太陽とは違う赤い大きなモノが空にあって、そこに崩れた建物の瓦礫が吸い込まれているように見えた。
 何だこれ?映画にしては見にくいな。これってもしかして…。
 しかし画面は切り替わり、次の映像は見やすかった。赤くないし、カメラは定置。いかにも特撮ものに出てくる作戦司令本部、という感じの部屋で、神妙な面持ちの男女がモニタを覗き込んでいる。右から二人目、強面のオジサンが掛けたメガネには画面上の真っ赤な映像が反射している。なんだ、やっぱり映画かよ。心の中でそう呟いてチャンネルを変える。するともう何万回見たかわからない保険会社のCMが映り、テレビを消した。
 カーテン越しに赤く照らされた部屋はなんとも落ち着かず、喉が渇いてもいたので冷蔵庫へ向かう。ペットボトルのお茶を飲みながら、不思議と胸の中で不安感が高まるのを感じた。いくら赤い部屋が不気味でも夕焼けは安全、テレビで見た世界の終わりみたいな光景もただの映画だった。なのになぜこんなにも緊張感が解けないのだろう。むしろ危機感という所まで高まりつつある。
 ポケットのスマホが突然鳴り出した。母さんからの電話だ。半年ぶりくらいの通話ではないか。出た瞬間、母さんの悲鳴にも似た声が耳に飛び込んだ。
「遼平!いまどこ?あんた大丈夫なの?」
「あ?大丈夫って何が?」
「あんた知らないの!?とにかく逃げて!早く逃げ…」
切れた。
何かが起こってる。
震える手で再びテレビを点けると砂嵐だった。どの局も砂嵐。
いつの間にか、夕焼けだったはずの外からの光は、どす黒く変色している。
音がする。遥か遠くから迫ってくるような音が。今まで聞いたどんな音より恐怖を掻き立てる轟音が、窓を、壁を、俺自身を激しく震わせる。ものが飛ばされる音、ガラスが割れる音、金属音、かすかに人の悲鳴も混じる。部屋はみるみる暗くなり、まるでいきなり夜が来たようだ。
 こんなの助かるワケない。完全にパニクった俺は逃げだそうとして机に足をぶつけ、上にあったものを派手に撒き散らした。ワケもわからぬままそのうち一つを握りしめ、走りだそうとするもまたこけた。轟音はすぐそこまで迫っている。あれはもう隣の家が崩れる音かもしれない。俺は床に突っ伏したまま、両手で頭を覆った。左手には何かを握ったままだが、離す余裕もない。床からの振動が全身を打ち付け、身体が宙に浮きそうだ。
 …いや、浮いてる?身体に何も接していない。轟音も一瞬のうちに消え去っている。硬く瞑っていた瞼を緩めると、辺りは一面真っ白だ。重力の方向がわからない。なんだかわからないが心地よい。これは夢の中か、それとも…
 気がつくと、目に丸いものが映っていた。あれは天井の蛍光灯。俺はベッドに仰向けに寝ている。なんだ、夢かと起き上がってみたが、部屋が異様に白い。思わず辺りを見回して気づく。これは光のせいだ。眩しいくらいに白い光が、カーテン越しに部屋中を照らしている。まるで外が全て純白の世界になったみたいだ。
 夕焼けが赤く照らす部屋よりもずっと異様のはずなのに、なぜだかこの白い部屋が心の底から落ち着けてしまう。窓の外はどうなってるだろう。見に行こうとして、左手にまだ何か握ったままだと気付いた。机の上にあった時計だ。電池が切れたままだったはずなのに、なぜか秒針が動いている。
今日は何月何日だったろう。皆目見当がつかない。俺は左手の時計を見つめたまま、まだどこか夢心地でただ座っていた。
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