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キャプテン・コフィー二という亡霊

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「キャプテン・コフィーニって北の果てにある、あの海溝に落ちて死んだんじゃなかったのか!?」
「ああ、うん。死んだよ死んだ。オレ、死ぬなら海で死にたかったから念願叶ってよかったぜ」

 甦ってからずっと飲みたかった麦酒エールを口にしながら、機嫌よく話すのはルイシーナの悩みの種レオカディオ・コフィー二。
 生前は少しの量ですぐ酔えて効率よく楽しかったにも関わらず、なかなか酔えなくなったことが気に入らない…が、その分溜め込んである金を使いながら飲めばいいだろうと前向きに解釈している。

 見た目は30歳から40歳ほどに若返った。
 潮風に吹かれ毛先が茶色になった黒髪をぼさぼさと肩まで伸ばし、使い古されて草臥れている焦げ茶のつばの広い帽子で表情を隠しながら、名の知れた大海賊として数多くの経験を積んだ。風貌はあまり変わっていない。
 その帽子と髭があるために、よく見ないと顔が分からないがそこそこ整った顔立ちをしており、また体格は特別大きくはないが、がっしりとした骨格をしている。切れ長の瞳の色は深緑の翡翠色。これは娘のルイシーナも同じだ。

「でもここにいるよな?」
「あー、肉体としてのキャプテン・レオカディオ・コフィーニは死んだ。寿命もあったし。でも精神体としてのキャプテン・レオカディオ・コフィーニは死んでなかったらしいぜ。詳しいことは知らないが、誰でも精神体はそう簡単に死なないみたいだけどな?──とにかく!オレの場合は約束もあったし、この世に未練タラタラだったから冥府の王のとこで居座ってた」
「…冥府の王…?居座る?」
 レオカディオの話を聞いている男は、有り得ない話の連続に眉を寄せる。
 冥府の存在は広く一般的に信じられているが、実際に冥府の王に会っただなんて話は聞いたことがない上に、精神体で甦るというのも彼が知る限り有り得ないことだ。しかも居座る…?

「そそ。そしたらルイシーナがどんな方法を使ったんだか知らないが、オレを迎えに来てくれちゃって!さすがだよ。冥府の王と話し合って、こっちにオレを連れ帰ってくれたんだよね」
 レオカディオはルイシーナってオレの娘ね!と言いながらぐびぐびと麦酒を飲み干す。
「迎えに……。死んでから冥府に行く、ということはそのルイシーナも肉体のない精神体の状態で冥府に行ったのか?」
 魔法使いがこの話を聞けばまた違っただろうが、聞き役の彼は残念なことに魔法使いではない。
 死んでから冥府に行くのが普通であれば、肉体のない精神体の状態で冥府に行ったとでも言うのか。そんなことが可能なのか。

「さぁね。オレだってその方法が気になって聞いたけど教えてくんなかった。ケチだよアイツ。ま、そんなわけで本当の本当に生ける亡霊としてキャプテン・レオカディオ・コフィーニはこの世に甦った。そんで、一応死んでるには死んでるし、オレが実体を保つ為には魔力供給が必要だし。ってことで親子仲良く一緒に海賊やってまーす。状況はほぼ死ぬ前と一緒だけどな。オレが知ってるのはそれだけ。──わかった?」
 それだけ言うと、レオカディオは両手を広げ肩を竦ませた。
 本当にレオカディオにも今の自分の状態をよく分かっていない。しかし冥府の王を相手に絡んでいたのは確かだし、そうしていたらルイシーナが嫌そうな顔をして迎えに来たのも事実だった。

「…ああ」
 一通り聞いた彼は腑に落ちない顔で頷く他なかった。
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