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君は俺にとって幻の魔石だ
国王の休暇
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魔の化身となった養父に散々絞られたオリヴィエはくたくたになりながらも、未だに客間で優雅に魔術書を読んでいたエドモンドに視線を動かした。
自分の思い込みでなければこの男はこの国の王だったはずである。いくら“蒼の君”として招待されたとはいえ、国王が長期間宮殿の外にいるのはまずいのではないだろうか。
「蒼の君、お帰りはいつですか?」
「…君はなぜ、俺を帰らせたがるんだ」
昔の偉人が書き記した魔術師のバイブルである魔術書から、視線を外したエドモンドは嫌そうな顔をしてオリヴィエを睨む。
「だって、あなたが宮殿の外にいつまでもいては駄目でしょう?」
「駄目ではない。言っていなかったか、3日休暇を作った」
「えっ、3日も休むんですか!」
オリヴィエは素直に驚いた。以前、上司から「陛下が執務を休むのは緊急事態だけだ。勤勉な今上陛下で我々は恵まれている」と聞いたような気がするのだが…所詮はあの上司の戯れ言だ。間違いであろう。
「そういう訳だ。従って、俺を追い出そうとしないでくれるか」
エドモンドの言うように追い出すつもりはなく、ただ純粋なる疑問だったのだが…。いやそれよりも。
オリヴィエはエドモンドに向きなおった。
客間にエドモンドがいたことに驚いてすっかりさっぱりと忘れていたが、オリヴィエはライドール邸の住人として客人を招き入れる挨拶をしていなかった。いくら胡散臭くてもこの国王は養父の客人。
養子であり弟子であるオリヴィエもきちんと挨拶をしなければ、この国の礼儀として無礼に当たる。
「……それは失礼しました。──父様のお客様であれば、弟子であり養子である私にどうこう口出す権利はございません。ごゆるりとお過ごしくださいませ」
「ん?…ごゆるりと、か。相分かった」
先ほどまで追い出そうとしていたように見えたオリヴィエが打って変わり招き入れる挨拶をしたことに驚いたようだったが、エドモンドは何事もないように返事をした。
ただ、いつになく嬉しそうな笑みを浮かべて。
オリヴィエは頭を下げていたため、見ていなかったが…。
その部屋は所狭しと魔法具が並べられていた。また大小様々な書籍が本棚や机に置かれており、ダートル王国の公用語以外の言語で書かれている書籍もいくつか見受けられた。
部屋の中央には戦火において魔術師の禁忌、魔術の暴走を起こしかけたローブを纏った女がいる。研究に使用しているであろう使いかけの魔法具が並べてある机へ向き椅子に座っていた。
まるで血が繋がっているかと思うほど養父に良く似た漆黒の髪を腰まで垂直に垂らし、髪と同系色の猫のように少し目尻がつり上がった瞳などが程よく配置された顔、女にしては背の高いすらっとした体格が灰色のローブで今は隠されている。
女の名はオリヴィエ・エストランディ・ライドール。
国王自らの手で助けられた魔術師として宮殿中の噂の人である。知らぬは本人だけだ。
「君はいつもここで魔術の研究をしているのか」
オリヴィエと対照的な金髪に碧眼の色彩を持つエドモンドは、まるで自分の部屋であるかのように書籍に埋もれたソファに腰かけた。
「…入室の声ぐらいかけてください。手元が狂う」
「悪い悪い。あまりにも集中しているから声をかけて邪魔するのもどうかと、な」
まさに今の今まで机にかじり付いていたオリヴィエは眉をひそめ、顔を動かすことなく声の主へ文句を述べる。
実際はエドモンドが入ってきた時点で分かっていたことなど、互いに理解した上での文句である。
「──何の研究をしているのか、だなんて聞かないでくださいね。教えませんよ」
「また先手を打たれたな。出会ったときと同じではないか」
「嫌味と受け取ります」
笑顔を浮かべるエドモンドにオリヴィエは顔を上げ、軽く睨み付けた。
「だから褒めていると何度言えば分かる?オリヴィエ」
「お褒めいただき嬉しく思います。蒼の君…ということで、ここは婦女子の部屋です。長居はよろしくないかと」
素直に出て行かないであろうエドモンドに正当な理由でオリヴィエは退出を求めた。このままでは気が散ってまともに研究もできやしない。
「到底、妙齢の女子の部屋とは思えぬ有り様だが、それは君の言う通りだ。出て行こう、オリヴィエもな」
「なぜ私も?」
オリヴィエは意図が分からず、眉を寄せる。
素直に出ていくことに応じたエドモンドに多少の驚きを覚えたと同時に、部屋の主であるオリヴィエまでもが出て行かされることに困惑したのである。
「この屋敷に滞在している間、俺の相手をしてくれないか?もう少し君と話をしてみたい」
「私は面倒事が嫌いなんですけど」
エドモンドの言っていることは身勝手極まりない。だが、この家の主にホストとして客人をもてなすように頼まれているオリヴィエは眼前の身勝手な客人をもてなす義務がある。研究がしたかったのだが…。
「知っているよ。俺の相手が面倒か?」
「はぁ…はいはい、分かりましたよ!」
オリヴィエは言葉と同時に勢いよく立ち上がった。
仕方あるまい。こんなやつでも客人だ。
それに家主の雷も、もう落ちてほしくない。
自分の思い込みでなければこの男はこの国の王だったはずである。いくら“蒼の君”として招待されたとはいえ、国王が長期間宮殿の外にいるのはまずいのではないだろうか。
「蒼の君、お帰りはいつですか?」
「…君はなぜ、俺を帰らせたがるんだ」
昔の偉人が書き記した魔術師のバイブルである魔術書から、視線を外したエドモンドは嫌そうな顔をしてオリヴィエを睨む。
「だって、あなたが宮殿の外にいつまでもいては駄目でしょう?」
「駄目ではない。言っていなかったか、3日休暇を作った」
「えっ、3日も休むんですか!」
オリヴィエは素直に驚いた。以前、上司から「陛下が執務を休むのは緊急事態だけだ。勤勉な今上陛下で我々は恵まれている」と聞いたような気がするのだが…所詮はあの上司の戯れ言だ。間違いであろう。
「そういう訳だ。従って、俺を追い出そうとしないでくれるか」
エドモンドの言うように追い出すつもりはなく、ただ純粋なる疑問だったのだが…。いやそれよりも。
オリヴィエはエドモンドに向きなおった。
客間にエドモンドがいたことに驚いてすっかりさっぱりと忘れていたが、オリヴィエはライドール邸の住人として客人を招き入れる挨拶をしていなかった。いくら胡散臭くてもこの国王は養父の客人。
養子であり弟子であるオリヴィエもきちんと挨拶をしなければ、この国の礼儀として無礼に当たる。
「……それは失礼しました。──父様のお客様であれば、弟子であり養子である私にどうこう口出す権利はございません。ごゆるりとお過ごしくださいませ」
「ん?…ごゆるりと、か。相分かった」
先ほどまで追い出そうとしていたように見えたオリヴィエが打って変わり招き入れる挨拶をしたことに驚いたようだったが、エドモンドは何事もないように返事をした。
ただ、いつになく嬉しそうな笑みを浮かべて。
オリヴィエは頭を下げていたため、見ていなかったが…。
その部屋は所狭しと魔法具が並べられていた。また大小様々な書籍が本棚や机に置かれており、ダートル王国の公用語以外の言語で書かれている書籍もいくつか見受けられた。
部屋の中央には戦火において魔術師の禁忌、魔術の暴走を起こしかけたローブを纏った女がいる。研究に使用しているであろう使いかけの魔法具が並べてある机へ向き椅子に座っていた。
まるで血が繋がっているかと思うほど養父に良く似た漆黒の髪を腰まで垂直に垂らし、髪と同系色の猫のように少し目尻がつり上がった瞳などが程よく配置された顔、女にしては背の高いすらっとした体格が灰色のローブで今は隠されている。
女の名はオリヴィエ・エストランディ・ライドール。
国王自らの手で助けられた魔術師として宮殿中の噂の人である。知らぬは本人だけだ。
「君はいつもここで魔術の研究をしているのか」
オリヴィエと対照的な金髪に碧眼の色彩を持つエドモンドは、まるで自分の部屋であるかのように書籍に埋もれたソファに腰かけた。
「…入室の声ぐらいかけてください。手元が狂う」
「悪い悪い。あまりにも集中しているから声をかけて邪魔するのもどうかと、な」
まさに今の今まで机にかじり付いていたオリヴィエは眉をひそめ、顔を動かすことなく声の主へ文句を述べる。
実際はエドモンドが入ってきた時点で分かっていたことなど、互いに理解した上での文句である。
「──何の研究をしているのか、だなんて聞かないでくださいね。教えませんよ」
「また先手を打たれたな。出会ったときと同じではないか」
「嫌味と受け取ります」
笑顔を浮かべるエドモンドにオリヴィエは顔を上げ、軽く睨み付けた。
「だから褒めていると何度言えば分かる?オリヴィエ」
「お褒めいただき嬉しく思います。蒼の君…ということで、ここは婦女子の部屋です。長居はよろしくないかと」
素直に出て行かないであろうエドモンドに正当な理由でオリヴィエは退出を求めた。このままでは気が散ってまともに研究もできやしない。
「到底、妙齢の女子の部屋とは思えぬ有り様だが、それは君の言う通りだ。出て行こう、オリヴィエもな」
「なぜ私も?」
オリヴィエは意図が分からず、眉を寄せる。
素直に出ていくことに応じたエドモンドに多少の驚きを覚えたと同時に、部屋の主であるオリヴィエまでもが出て行かされることに困惑したのである。
「この屋敷に滞在している間、俺の相手をしてくれないか?もう少し君と話をしてみたい」
「私は面倒事が嫌いなんですけど」
エドモンドの言っていることは身勝手極まりない。だが、この家の主にホストとして客人をもてなすように頼まれているオリヴィエは眼前の身勝手な客人をもてなす義務がある。研究がしたかったのだが…。
「知っているよ。俺の相手が面倒か?」
「はぁ…はいはい、分かりましたよ!」
オリヴィエは言葉と同時に勢いよく立ち上がった。
仕方あるまい。こんなやつでも客人だ。
それに家主の雷も、もう落ちてほしくない。
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