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第八章 逆鱗

八話 戻ってこないと思っていた場所

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「僕の家も大公国からの貴族でね、僕は子供の頃だったけどシーレッドに大きく領地を奪われたから、実はこの国に良い感情はないんだよ」

 村長さんに続いてランドルが口を開く。
 なるほど、この地は元々ラングネル大公国だ。合併されたのも十数年足らず前の話だから、シーレッドに対する負の感情は消えてないんだな。

「とにかく、この地が戦場になる可能性は少ないと思いますが、村の人達が戦場に出るようならば止めてください。戦場では判断が付きませんし、手加減も無理ですから」
「ゼン君は負けるとは思っていないのかい?」
「う~ん、最悪シーレッドの王族を全員消しますから、敗北はないんじゃないですかね」
「……どう反応したら良いか分からない返事を返さないでくれよ」

 ランドルが半目で俺を見る。そう言えばこの反応が普通だよな。
 この先がどうなるかなんてものは、俺には全く予想が付かない。だが、最悪この手が使えるのは気が楽だとも言える。
 しかし、この様子ならば俺がシェードを動かしたあの策も、案外うまくいく可能性があるな。

 話を終えた俺達は宿に戻って身体を休めた。村長さんにはナディーネの生まれた隣村にも知らせるように頼んである。ナディーネの事を売ろうとした村長の孫がいたが、あの村自体が悪ではない。むしろ、何とかナディーネ一家を助けようと知恵を絞ってくれた。だからこの程度はしておきたい。
 けど、俺が直接行った方が良かったのかな? イーノスは俺の手で殺してるから、正直どう対応したらいいのか難しい。今度落ち着いたらにするか。
 しかし、コリーンちゃんは元気かと聞いた時、何故キャスは少し言葉を濁したのだろうか? ランドルやカーラさんは普通の様子だったのにな。気になるけどもう夜は遅いし、明日も早い。また今度来た時に会いに行こう。

 次の日、早朝からキャスの村を出た。次に向かう場所は俺も初めて訪れる場所だ。

「アニア、俺だけで行くか?」
「もう、ゼン様さっきからそれ何回目ですか? 私は大丈夫なのです」

 キャスの住んでいる村から、東の方角へと進むとナディーネの住んでいた村が見え、更にその先を進んで行くと目的の村に辿り着いた。近隣の林に降り立ちアニアと俺の二人でその村に入る。
 そこは、至って普通のシーレッド王国に多く見られる村の風景だった。

「……思った以上に覚えてないのです。これはちょっとびっくりしますね」
「ここを出てから七年近くだから、風景は変わってるんじゃないのか? あの建物結構新しいぞ」

 アニアは村の様子をキョロキョロと眺めている。覚えていないと言っているが、十歳前後の記憶が最後だから、それも仕方がない気がするな。

「とりあえず、家のあった場所にいくか。……俺だけで行くか?」
「心配し過ぎですから! そんな心配ならちゃんと手を繋いで付いて来てください」

 アニアがそう言いながら俺の手を掴んだ。その顔には何時もと変わらない表情が見える。
 この場所は、アニアとアルンが生まれ育った村だ。この事を思い出したのは、ゴブリン集落を出た時の事。その時まですっかり失念していたが、アニアとアルンの生まれはシーレッド王国だ。それも、キャス達の村からそれほど遠くもない場所にあった。
 この後の目的地は、ここから遙か東に位置している。向かう方向が一緒なので、どうせなら訪れようと提案をしたんだ。

「でもさ、アニアもアルンも何で言わなかったんだよ」
「今はエゼル王国が私の国ですから。それに、ゼン様と一緒に過ごした日々の方が、ここの思い出より強いのです」
「でも、会えるなら会いたいだろ?」
「それはっ……! もちろんなのです……」

 幾ら売られてしまったからと言って、親に会いたくない訳がないよな。「もう、興味ないのです」なんて強気な事を言ってた時期もあったけど、それも成長して考えは変わってるはずだ。

「あぁ……変わってないのです……」

 アニアに手を引かれ辿り着いたその先には、木造の平屋があった。家というより小屋に見えるそれは、大分くたびれてしまい所々に補強をした跡が見える。家の周りには農具等の様々な物が置かれ、やたらと生活感を覚えた。
 見る限りでは今でも人が生活しているのは間違いないなさそうだ。

「……ッ!」

 家の前で立ち止まっていたその時、急にドアが開いた。その事に、俺の手を握るアニアの力が強まった。

「おや? 何か用かい?」

 中から出て来たのは中年の女性だった。一目でその人がアニアの親族だと分かるほど、アニアの面影を感じさせた。
 アニアの母親だと思わしき女性は、俺とアニアが家の前に立っている事に、不審に思う様子を見せていたのだが、その表情は段々と変化してくる。
 そして、それと同じく俺の手は強く握りしめられ、アニアからは嗚咽の声が漏れ始めた。

「うっ……うぅ……」

 アニアが顔を伏せると、その瞳からは大粒の涙が零れ落ちて地面を濡らした。

「ア、アニ……アニアなのかい……?」

 アニアの母親も相手が誰か分かったのだろう、狼狽えた様子を見せ表情を崩し始めた。

「アニアッ!!」

 アニアが母親は悲鳴にも似た声を上げながら、こちらに向かって駆けてきた。名前を呼ばれたアニアは顔を上げると、表情をくしゃくしゃにしながら俺の手を放して母親に向かって駆けだした。

「うぅ……! おかあさんっ! おかあさんっ!」

 二人は嗚咽の声を上げながら抱き合った。俺はそれを落ち着くまで見守る事にしたのだが、何度も垂れてくる鼻水にはお手上げだった。というか、完全に俺も泣いてるし!
 鼻をずーずーしていると、少し落ち着いたアニアが俺を見た。俺も釣られて泣いている事に気付くと、優しく微笑みながら俺に近寄り手を取った。

「お母さん、この人が私とアルンを救ってくれた人。私の一番大事な人」
「……ゼンです。初めまして、アニアのお母さん」

 アニアは涙を流しながらも本当に嬉しそうな顔をしている。
 あぁ、こんな顔も可愛いな。俺の聖女様、最高です。
 でも正直、紹介するなら鼻水が収まるまで待ってほしかったな。

「そうかい、そうかい。その様子なら幸せなんだね、よかったね。アルンも元気なのかい?」

 アニアの母親は目を潤ませながらそう口を開いた。その顔はとても眩しい物を見るような、そんな表情を浮かべていた。

 俺達は家の中へと通された。アニアの母親――クレアさんは、父親であるジェイミーさんを呼びに出て行った。
 俺とアニアは二人で家の中で待つ形となる。中は本当に農家の家って感じだ。自然と目が向いた台所には、保存食などが吊るされている。それも、結構な量があるから、あれを見る限りでは食えないわけではなさそうだ。

 家主もいないので家の中を見廻していると、アニアの視線が俺に向いている事に気付いた。

「さっきのゼン様の顔、ナディーネ姉さんがマーシャさんと再会できた時と同じだったのです」
「おいおい、人の感動の涙で昔の事を思い出すなよ」
「ふふ、良いじゃないですか。私は嬉しいのです。ゼン様は時々過激な事をするから、ちょっとだけ心配してるのですよ? ほら、ポッポちゃんもイケイケですし」
「アニアとジニー、それにみんながいる限り、心配するような事にはならないよ。ポッポちゃんは……確かにそうだな。俺の事を止めるって事はしないな」

 アニアも比較的、敵には容赦をしない傾向にある。こちらが被害を受けるなら、敵の損害は「剣を抜いたらもうだめなのです」と容認するからだ。だが、脅威がなくなれば当然味方が先だが、敵にも治療を施す考えを持っている。
 そんなアニアだから、俺の行動にはちょっと心配をしているのだろう。
 この前切れた時も、アニアが止めてくれなければ、もしかしたら一般市民でも何でも殺していたかもしれない。聖女様にはできるだけ俺の手綱を握って貰っていた方が、後悔するような事を避けられそうだ。

 そんな事を考えていると、アニアが急に愛おしくなり、可愛い唇を奪いたくなった。だがそれは、いきなり開けられたドアの音で阻止をされた。あぶねえ……探知し忘れてた……

 入ってきたのは父親だろう男性で、アニアの顔を見ると涙をこらえるように両目をきつく閉じた。
 そして、ゆっくりとアニアに近づくと、椅子に座るアニアの手を取って、その前にひざまずく。

「アニア……よく無事でいてくれた……言い訳はしない。お前とアルンのお蔭で、私達は今日まで生きる事ができた。だが、すまなかった。小さいお前達を売った私達を恨んでいるならば、私の命で償おう。それで母さんは許してくれ……」

 ジェイミーさんは肩を震わせながら謝罪の言葉を口にして、アニアの手を愛しむようにさすっている。

「お父さん、私はそんな事はもう気にしてないのです! だから、頭を上げて私を見て。ほら、元気でしょ? あの後、私はすぐに幸せになれたの。だからもう終わったの!」

 父親の謝罪をアニアは完全に許す姿勢を見せていた。アニアは俺と出会ってから、幸せを口にしていた事が多かった。子供の頃は飢える事がなくなった事の喜びが一番多かった。成長してからは環境に対しても幸せを口にしていた。
 あれを見ていれば、アニアが言っている事は事実だろう。
 そもそも、アニアは人を恨むような性格はしていない。元からそういう性格なんだ。

 感動の再会は一度落ち着き、俺の紹介やこれまでアニアとアルンが過ごしてきた日々の話になる。両親はアニアが丁寧に話す言葉を、何度もうなずきながら聞いていた。
 でも、俺が出てき過ぎなんだよね……アニア視点だとそんなに俺が登場しちゃうのか?

「それで、ゼン様は言ったのです。『このまま続けますか? 次は首を斬り落とします』とッ! 勇者様はそれで降参をしたのです。あの時のゼン様の鋭い眼はゾクゾクしたのです」
「ほぉっ! ゼン様は勇者をも上回る英雄なのか!?」

 って、何かアニアのヤバいスイッチが入ってるぞ。そして、両親も大興奮かよ! しかも、様呼びとかやめてくれえええ!

「アニア、ちょっと落ち着け。何でそんなに鼻息が荒いんだ……。それに、ジェイミーさん、クレアさん、俺の事はゼンと呼んでください。紹介を受けた通りアニアを貰いますので、お二人は俺の両親になるのですから」
「そうか……ではせめてゼン殿と呼ばせて貰おう。自分が親だと言うのははばかれるが、失礼があってはいかん」

 呼び名に付いてはちょっと硬いが、一応納得してくれたみたいだ。その後もアニアの話は続いていく。それからしばらくして大分話が落ち着いてくると、アニアは気になっていたであろう事を質問した。

「お母さん、まだ生活は苦しいの?」
「昔に比べたら大分マシになったんだよ。みんなが助けてくれるから、食べる事だけは困らなくなったからね」

 五人いる上の兄妹達はみんな独立をして家を出ているらしい。時折、家を訪れては食べ物や現金の提供をしてくれるのだとか。ただ、兄の一人は冒険者稼業で命を落としていた。何年も前の事なので、悲しみも大分落ち着いていると言っている。
 そうだよな……冒険者って結構簡単に死ぬんだよな……

 アニアはその話を聞くと悲しい顔をしているが、何処か困ったような顔もしている。歳が離れていたらしいので、そこまで思い出がないらしく複雑な心境なのだろう。
 そういえば、アニアの両親は結構歳がいっているように見える。末っ子だったので、遅い時の子なのだろう。

 話は尽きる事はないのだが、アニアが自ら切り上げようとし出した。自分から止めないといけないという、自制の精神からだろう。一泊ぐらいしてもいいのだが、それはアニアが嫌がった。自分の所為で予定が狂うのが嫌なのだろう。
 アニアの気持ちは分かるので、今回はそれを尊重する事にする。だが、せめて俺ができる事はしておかないといけない。

「それじゃあ、今日はそろそろ帰ります。また時間ができたら来るから。アルンも連れて、ナディーネ姉さんも一緒に来るから。えっと、これ――」
「っと、アニア、それは俺にさせてくれ」

 アニアがマジックボックスから布袋を出した所で俺は制した。本当は出す前に止めたかったが、タイミングがシビア過ぎるだろ……
 アニアが不思議そうに俺を見た。俺は現金が入っている布袋に手を添えて、それを下がらすように促した。

「ゼン様、それは……」
「良いから恰好を付けさせてよ。アニアの両親にちゃんと甲斐性があるんだって所を見せないとな」

 アニアとアルンの両親は俺の義理の親になる人達だ。いきなり大きな支援をする気はないけれど、ある程度の楽をさせてあげるべきだろう。
 金額的に言えばアニアでも十分出せる額だった。だが、満面の笑顔を浮かべたアニアは、俺がしたという事実が嬉しいのか、帰り道では俺の腕を掴んで離さなかった。……腕を挟めるとか半端ないわ。

 とりあえずこれで、この国で気掛かりとなる事はなくなった。まだ、イヴリンの街には行っていないが、一度や二度あった程度の人達に為に動く気はない。俺は全てを救うヒーローじゃないしな。
 あぁ、でもエルフのロロットちゃんだけはもう一度見たかったかも。
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