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第九章 戦役
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シーレッド王都のその最も中心というべき場所に置かれた王座の前では、一人の青年が膝を突き頭を下げていた。
「ゼンよ、今回も良くやってくれた」
「ハッ! お褒めの言葉光栄です」
ゼンはシーレッド王シージハードへ頭を下げたまま返事をした。
「お前がいなければ樹国の前線は破れなかったらしいな。メルレインから格別の褒美を出すようにと要請があったぞ?」
「メルレイン将軍は私を持ち上げすぎです。私は数か所の攻略をしたに過ぎません。メルレイン将軍が全体の指揮を完璧にこなしたからこそ、樹国に勝利できたのです」
「ふははは、全くお前は謙遜が過ぎるぞ。報告では敵の主要な砦を全て落としたらしいではないか。これだけの武功を立てたのだ。もっと自分を主張すればよいではないか。既にバイロンの武も超えたお前ならば、多少の事であれば、我は何も言わんぞ?」
機嫌良く微笑みながらゼンを見るシージハードには、どこか父性のような物が浮かんでいた。
実際に彼は、十代前半から頭角を表し、近年晴らしい活躍を見せてるゼンの事を実の息子のように可愛がっている。この事は、王に近い者であれば誰でも知っている事実だった。
「ところで……うむ、話を切り出そうとしたら、本人も来た。セラフィーナ、入いれ」
とある話を切り出そうとシージハードが口を開くと、その時謁見の間を覗き込む一人の女性が見えた。彼は今からする話に丁度良いと、自分の娘であり戦姫と呼ばれているセラフィーナへ手招きをして呼び寄せた。
「ち、父上申し訳ありません……。ゼンが帰ってきたと聞いて……」
「良い、良い。今からお前にも関係する話をするところだったのだ」
「はて、私もですか?」
セラフィーナは謁見の間を覗いた行為を叱られると思っていたのだが、シージハードは予想とは違いにこやかな表情で彼女を迎えた。彼女は最近の父は本当に機嫌が良い日ばかりだと思いながらも、自分に関係する話と聞いて気を引き締める。
セラフィーナは王の前立つと、その隣で真っすぐに王を視線を向けるゼンを見た。
彼女はじーっとゼンに向かって視線を送ってみた。
だが、ゼンは気付いているはずなのに、シージハードから視線を外さず相手にしなかった。
「……セラフィーナ、良いか?」
「は、はいっ!」
「全く……最近のお前は落ち着きがないな。まあ、その原因も分かってるのだがな……」
「ち、父上っ! 何かお話があったのでは!?」
シージハードは狼狽えるセラフィーナに苦笑をしながら話を切り出した。
「さて、今回樹国の前線を落とした事で、後はメルレインとヴォロディア、それにレキウスの三将軍に任せておけば平野部の侵攻は成せるだろう。ゼンが大方の敵将を討ってくれたからな。それとな、旧カフベレ領にはジョアンナとリースを向かわせる。ゼンからの提案であった、旧王族を象徴として祭り上げ、それを勇者が支えるという動きが功を奏した。あの地では今、勇者リースは絶大な人気を得るようになったからな」
シージハードの話を聞いて、ゼンは一つ息を吸うと口を開いた。
「他の将軍をその配置にするという事は、予てお考えのエゼル攻めを?」
「うむ、良く分かったな。本来ならばあの地は、嫁がせた我が娘の夫を王に仕立て上げ、その後掌握するつもりだったのだが予定が狂った。流石のメルレインも、前王の息子が勝つとは予想できなかったな」
一年ほど前に、シーレッドの西部にあるエゼル王国では、武力による王座の奪取が行われた。
ゼンと同年代の青年とその妹が、エゼル王国前王に縁のある諸侯や、多くの民を引き連れて電撃的に王都を攻めたのだ。勝敗の決め手は、南部最大の力を持つレイコック侯爵を中心とした南部軍と、北部最大の力を持つフラムスティード侯爵軍がほぼ同時に侵攻を始め、その対応に兵を二分された王軍が一気に蹴散らされた事だった。
「エゼルの新王は有能みたいですね」
「むっ? 何だゼン、他者を気にするなど、お前にしては珍しい。エゼルの新王に何かあるのか?」
「そうですね、まだ若いながら王の座についた男です。当然気になります」
「なるほどな、確かゼンと同い年だったか。良い好敵手になれるかもしれんが……それは戦いが長引くという事だな。うむ、我は望まんぞ。機会があれば一撃で葬れ」
「ハッ! 仰せのとおりに」
ゼンが引き締まった表情でそう言うと、シージハードは満足気に頷き、話を続けた。
「ゼンが察した通り、次はエゼルを攻める。バイロンッ!」
シージハードが名前を呼ぶと、その人物がシージハードの前に瞬時に現れた。
隣接された部屋で護衛を兼ねて控えていた、大将軍バイロンが加護の力を使い、一瞬で現れたのだ。
「お呼びでしょうか?」
「今二人にエゼル攻めの話をしていたのは聞いていたな?」
「はい。それでは二人を連れて行く事を認めて頂けるので?」
「あぁ、お前がどうしてもゼンを使いたいというから、わざわざ樹国から呼び戻したのだぞ?」
「有難うございます。この御恩はエゼルの地を手に入れる事でお返しいたしましょう!」
シーレッドにおいて王の次に力を持つと言われるバイロンは、予てからエゼル攻めの戦略を立てていた。国の全体的バランスや個々の力を考え至った結果、今一番勢いがあり唯一自分を破った男であるゼンを、激戦になるエゼルとの戦に参戦させると決めていた
「エゼル攻めでは、バイロンに全権を与える。二人はその副官として同行しろ」
「ハッ!」
「はいっ!」
シージハードの言葉にゼンが即座に応じると、セラフィーナも凛とした表情でそれに続いた。
「セラフィーナはいつも通り、バイロンに学べ」
「分かりました。叔父様、今回もお願いしますね」
セラフィーナが微笑みながらバイロンに声をかけると、彼は穏やかな表情を見せて頷いた。
「次にゼンだが、お前にはここでもう一つ上に上がってもらうつもりだ。エゼル攻めはバイロンが全権を持つ。だが、初戦はお前が全体の指揮をとってみろ。その後も敗北しない限り、ゼンが全軍を指揮しろ」
「ハッ! お任せくださいッ!」
初の全軍指揮を任されたゼンだったが、彼は動揺する様子も見せずに返事をした。
シージハードはそれを頼もしく思いながら、次の話に切り替えた。
「それでな、ゼンよ。樹国攻めの褒美だが、これは少し保留しても良いか?」
「結構ですが、何か不備がありましたか?」
「いや、誤解なきよう言っておくが、お前に否はない。……うむ、言っておくか。今回エゼル攻めでお前が大きな成果を見せれば、あの土地を当分お前に任せようかと思ってな」
シージハードの言葉に、誰よりも早くセラフィーナが反応した。
「そ、それではゼンが北の土地に行ったきりになってしまうのですか!?」
「慌てるでないセラフィーナ……。話はまだ続くのだ」
「も、申し訳ありません……」
慌てるセラフィーナを見て、シージハードは笑いながら続けた。
「ゼンよ、もしエゼルの地を平定出来れば、エゼル北部をお前の領地にしてよい。言っている意味は分かるな? その地を拠点として、まずはフェルニゲ、そして以前からお前が渇望していた、教国攻めの足掛かりとせよ」
「ッ!? 必ずやご期待に添えてみせます!」
「良い返事だ。さて、樹国攻めの褒美だが、それはまた別でな、その時に渡そうと思っている」
「ハッ!」
「……何故か聞かぬのか?」
「……聞いても良いのですか?」
「聞いてもらわぬと、お前の隣で涙目になっている娘が、今夜は眠れなくなりそうだ」
そう言われてゼンがはじめて隣に視線を送ると、そこにはシージハードが言った通り、涙目のセラフィーナがゼンを見つめていた。
ゼンは王の前だというのに思わず声を潜めてセラフィーナに話しかけた。
「ッ! な、なんで泣くんだよ……」
「だ、だって……ゼンが……」
二人のそんな様子を見たバイロンが、シージハードにしみじみと話しかけた。
「ゼンを捕まえてからの姫は全く可愛らしくなりましたな」
「うーむ、お転婆だったセラフィーナが女らしくなったと思えば良いのだが、あれほど弱々しい姿を見せられると、戦場に出してよいのか悩む」
ゼンがシーレッド王国内でナディーネを奴隷商から救い、その後エゼル王国への移動を開始したのは、今から約七年ほど前の事だった。
ある日、ゼン達は本来は立ち寄るつもりがなかった大きな街に、天候の悪化により宿泊を余儀なくされた。
その時、国内を周遊していたセラフィーナと出会い、当時槍術を習い始めていた彼女と手合わせをした。すると、はじめて年下に敗北したセラフィーナが癇癪を起こし、ゼン達を強制的に王都へ連れ去った。
ゼンは抵抗をしたが、セラフィーナの護衛をしていたバイロンには刃が立たず、アルンとアニア、それにナディーネ一家もろとも拐われた。
ゼンとしては貴族殺しの件があり、発覚すればただではすまないとビクビクしながら生活をしていたのだが、それも一月もすれば慣れるもので、セラフィーナの遊びや稽古相手としての日々を過ごし、その後は才覚を買われシーレッド軍へと自ら志願したのだった。
ゼンはそんな日々を思い出しながら、濡れた銀色の瞳を見せるセラフィーナに向かって言った。
「セラ、心配をするな。シージハード様はちゃんと分かってくれている」
ゼンはそう言うと、シージハードに顔を向け微笑みながら口を開いた。
「シージハード様、姫が本格的に泣き出してしまう前に、褒美の件をお聞きしても?」
「うむ、そうだな。では告げよう。ゼンよ、エゼルを落とした暁には、セラフィーナを褒美としてお前にやろう。政治を学ばせたセラフィーナならば統治の役に立つだろう。少々我儘なところがあるが、貰ってくれるか?」
「はっ、喜んでお受けいたします!」
シージハードの考えが読めていたゼンは、力強く返事をすると、口を開けて目を見開くセラフィーナに言った。
「ほら、言っただろ?」
「な、な、なっ! 知ってたのですか!?」
「いや、そんな気がしただけ。ほら、王の御前だぞ。ちゃんと前――ッ!」
「ゼーンッ!」
突然セラフィーナがゼンに飛びついた。体を完璧に密着させてくる彼女に、ゼンは戸惑いを見せている。
それを見てシージハードはニヤつきながら言った。
「では、話は終わりとしよう。次の戦まで体を休めるが良い。そうだ、お前の鬼人軍に与える食料や嗜好品は、今日にでも出させよう。あれらにも体を休めるよう伝えてくれ」
「ハッ! ……このような姿で申し訳ありません」
「よい、よい、早く部屋に戻って励め」
笑いながらそう言ったシージハードが手で早く下がれと促すと、ゼンはセラフィーナに抱きつかれたまま立ち上がり、そそくさと王の間から立ち去った。
ゼンは自室に戻る廊下で立ち止まると、まだ体に絡みついてくるセラフィーナに言った。
「おいおい、セラ。いい加減離れろよ」
「黙りなさい、ゼン。まだ私は貴方の物になったわけじゃないのよ。だから、私の勝手なの」
立場的には彼女の言った事は間違っていない。だが、公然の仲とはいえ、人前で見せる姿ではない。ゼンはその事を気にしつつも、王の間を出てから付きそうセラフィーナの専属侍女が、微笑むだけで何も言わないので黙って従った。
二人がゼンの部屋へと戻ると、侍女によって扉が開かれた。
「あっ、おかえりなさいなのよ、主人!」
部屋に入ったゼンとセラフィーナに声をかけたのは、ソファーに座り胸に小さな赤子を抱えた片腕の少女だった。年の頃十五歳ぐらいだろうか、白に近い銀髪の所々にカラフルな色彩が加えられたストレートが腰まで伸び、白いワンピースと合わさり清潔感のある雰囲気をまとっている。
「ただいまポッポちゃん。リリのお世話をしてくれてたのか、偉いな!」
「そうなのよ! あたしは、すごーいからお世話をしてたのよ!」
見た目と比べて若干幼く感じるその仕草は愛らしい。満面の笑顔を見せた彼女は、胸に抱いている子供を大事そうにしている。
「喜びすぎて忘れてたけど、そうだったわ。この子がいたんだったわ」
元は大鳩という種族だったポッポは、三つの神の加護を得た事により、神の粋な計らいか人の姿を取れるようになっていた。
セラフィーナが笑顔を振りまくポッポを見て、二人っきりの時間は取れないのだと、ため息混じりにそう言うと、それと同じタイミングで部屋の奥から一人の女性が姿を現した。
「おかえりなさい、旦那様。セラフィーナ姉様もいらっしゃい」
現れたのはゼンの奴隷だった少女アニアだ。
「ただいま、アニア。洗濯物でもしてたのか?」
「はい、リリのオシメを洗ってたのです」
そう言ったアニアの手には、洗濯の済んだオシメがある。
セラフィーナはそれを見て、少し表情を引き締めて言った。
「そういうのは、侍女にさせなさいと言ってるでしょ? アニア」
「それは申し訳ないのです。ほら、こんな少ないのですから」
「あのね……貴方は時期シーレッド王国将軍の妻なのですよ? 雑用は侍女にやらせるぐらいではないと、舐められてしまいますわ」
「もう、セラフィーナ姉様は心配しすぎなのです。誰も私の事をいじめたりしないのです」
「そういう事じゃ……まあ良いわ。それより、貴方に言う事があるの。ようやくゼンと一緒になる予定になったからよろしくね」
「おぉ~、おめでとうございます! やっと旦那様が言ってくれたのですかー」
セラフィーナの報告を聞いて、アニアは素直に喜びの表情を浮かべた。
「ありがとう、アニア。これで私は貴方と姉妹同然ね。リリも私の娘みたいなものだし、二人して今まで以上に可愛がってあげるわ」
セラフィーナにとってアニアは妹分であり、唯一と言って良い同年代の親友だった。
ポッポの胸に抱かれていた赤子を受け取ったゼンが言った。
「リリ、良かったなー。新しいママも可愛がってくれるらしいぞ」
この赤子はアニアとゼンの娘だ。アニアが成人をして奴隷契約を解除したその日に関係を持ち、それから間もなくしてすぐに出来た子だ。
娘をあやし、緩みきっていた表情を見せていたゼンだが、顔を上げてアニアを見ると、真剣な表情をして言った。
「アニア、エゼル攻めが決まった。その後はフェルニゲを落とし、教国を攻めるぞ」
「ッ! という事は、ポッポちゃんの腕を治せるのですね!?」
「あぁ、教国のアーティファクトを手に入れれば、それも可能だからな。長かったがようやく道が開けてきた。アルンにまた戦だと伝えないとな」
アニアにそう言ったゼンは、ポッポに振り向いた。
「ポッポちゃん、今の話で分かっただろ?」
「ん~? よく分からないけど、わーいなのよ!」
ゼンは人化してからのポッポのIQが低下している事を、若干心配しながらも彼女の頭を撫で、新たな戦の心構えをしたのだった。
その後、エゼルを攻め落とし、続けてフェルニゲ、教国と瞬く間に攻め落としたゼンは、周辺国も纏め上げ、大陸北西部を支配する大公爵となる。
そして、シージハードの死去によりはじまった大陸を巻き込んだ大戦を制すのは、数十年後の話だった。
「ゼンよ、今回も良くやってくれた」
「ハッ! お褒めの言葉光栄です」
ゼンはシーレッド王シージハードへ頭を下げたまま返事をした。
「お前がいなければ樹国の前線は破れなかったらしいな。メルレインから格別の褒美を出すようにと要請があったぞ?」
「メルレイン将軍は私を持ち上げすぎです。私は数か所の攻略をしたに過ぎません。メルレイン将軍が全体の指揮を完璧にこなしたからこそ、樹国に勝利できたのです」
「ふははは、全くお前は謙遜が過ぎるぞ。報告では敵の主要な砦を全て落としたらしいではないか。これだけの武功を立てたのだ。もっと自分を主張すればよいではないか。既にバイロンの武も超えたお前ならば、多少の事であれば、我は何も言わんぞ?」
機嫌良く微笑みながらゼンを見るシージハードには、どこか父性のような物が浮かんでいた。
実際に彼は、十代前半から頭角を表し、近年晴らしい活躍を見せてるゼンの事を実の息子のように可愛がっている。この事は、王に近い者であれば誰でも知っている事実だった。
「ところで……うむ、話を切り出そうとしたら、本人も来た。セラフィーナ、入いれ」
とある話を切り出そうとシージハードが口を開くと、その時謁見の間を覗き込む一人の女性が見えた。彼は今からする話に丁度良いと、自分の娘であり戦姫と呼ばれているセラフィーナへ手招きをして呼び寄せた。
「ち、父上申し訳ありません……。ゼンが帰ってきたと聞いて……」
「良い、良い。今からお前にも関係する話をするところだったのだ」
「はて、私もですか?」
セラフィーナは謁見の間を覗いた行為を叱られると思っていたのだが、シージハードは予想とは違いにこやかな表情で彼女を迎えた。彼女は最近の父は本当に機嫌が良い日ばかりだと思いながらも、自分に関係する話と聞いて気を引き締める。
セラフィーナは王の前立つと、その隣で真っすぐに王を視線を向けるゼンを見た。
彼女はじーっとゼンに向かって視線を送ってみた。
だが、ゼンは気付いているはずなのに、シージハードから視線を外さず相手にしなかった。
「……セラフィーナ、良いか?」
「は、はいっ!」
「全く……最近のお前は落ち着きがないな。まあ、その原因も分かってるのだがな……」
「ち、父上っ! 何かお話があったのでは!?」
シージハードは狼狽えるセラフィーナに苦笑をしながら話を切り出した。
「さて、今回樹国の前線を落とした事で、後はメルレインとヴォロディア、それにレキウスの三将軍に任せておけば平野部の侵攻は成せるだろう。ゼンが大方の敵将を討ってくれたからな。それとな、旧カフベレ領にはジョアンナとリースを向かわせる。ゼンからの提案であった、旧王族を象徴として祭り上げ、それを勇者が支えるという動きが功を奏した。あの地では今、勇者リースは絶大な人気を得るようになったからな」
シージハードの話を聞いて、ゼンは一つ息を吸うと口を開いた。
「他の将軍をその配置にするという事は、予てお考えのエゼル攻めを?」
「うむ、良く分かったな。本来ならばあの地は、嫁がせた我が娘の夫を王に仕立て上げ、その後掌握するつもりだったのだが予定が狂った。流石のメルレインも、前王の息子が勝つとは予想できなかったな」
一年ほど前に、シーレッドの西部にあるエゼル王国では、武力による王座の奪取が行われた。
ゼンと同年代の青年とその妹が、エゼル王国前王に縁のある諸侯や、多くの民を引き連れて電撃的に王都を攻めたのだ。勝敗の決め手は、南部最大の力を持つレイコック侯爵を中心とした南部軍と、北部最大の力を持つフラムスティード侯爵軍がほぼ同時に侵攻を始め、その対応に兵を二分された王軍が一気に蹴散らされた事だった。
「エゼルの新王は有能みたいですね」
「むっ? 何だゼン、他者を気にするなど、お前にしては珍しい。エゼルの新王に何かあるのか?」
「そうですね、まだ若いながら王の座についた男です。当然気になります」
「なるほどな、確かゼンと同い年だったか。良い好敵手になれるかもしれんが……それは戦いが長引くという事だな。うむ、我は望まんぞ。機会があれば一撃で葬れ」
「ハッ! 仰せのとおりに」
ゼンが引き締まった表情でそう言うと、シージハードは満足気に頷き、話を続けた。
「ゼンが察した通り、次はエゼルを攻める。バイロンッ!」
シージハードが名前を呼ぶと、その人物がシージハードの前に瞬時に現れた。
隣接された部屋で護衛を兼ねて控えていた、大将軍バイロンが加護の力を使い、一瞬で現れたのだ。
「お呼びでしょうか?」
「今二人にエゼル攻めの話をしていたのは聞いていたな?」
「はい。それでは二人を連れて行く事を認めて頂けるので?」
「あぁ、お前がどうしてもゼンを使いたいというから、わざわざ樹国から呼び戻したのだぞ?」
「有難うございます。この御恩はエゼルの地を手に入れる事でお返しいたしましょう!」
シーレッドにおいて王の次に力を持つと言われるバイロンは、予てからエゼル攻めの戦略を立てていた。国の全体的バランスや個々の力を考え至った結果、今一番勢いがあり唯一自分を破った男であるゼンを、激戦になるエゼルとの戦に参戦させると決めていた
「エゼル攻めでは、バイロンに全権を与える。二人はその副官として同行しろ」
「ハッ!」
「はいっ!」
シージハードの言葉にゼンが即座に応じると、セラフィーナも凛とした表情でそれに続いた。
「セラフィーナはいつも通り、バイロンに学べ」
「分かりました。叔父様、今回もお願いしますね」
セラフィーナが微笑みながらバイロンに声をかけると、彼は穏やかな表情を見せて頷いた。
「次にゼンだが、お前にはここでもう一つ上に上がってもらうつもりだ。エゼル攻めはバイロンが全権を持つ。だが、初戦はお前が全体の指揮をとってみろ。その後も敗北しない限り、ゼンが全軍を指揮しろ」
「ハッ! お任せくださいッ!」
初の全軍指揮を任されたゼンだったが、彼は動揺する様子も見せずに返事をした。
シージハードはそれを頼もしく思いながら、次の話に切り替えた。
「それでな、ゼンよ。樹国攻めの褒美だが、これは少し保留しても良いか?」
「結構ですが、何か不備がありましたか?」
「いや、誤解なきよう言っておくが、お前に否はない。……うむ、言っておくか。今回エゼル攻めでお前が大きな成果を見せれば、あの土地を当分お前に任せようかと思ってな」
シージハードの言葉に、誰よりも早くセラフィーナが反応した。
「そ、それではゼンが北の土地に行ったきりになってしまうのですか!?」
「慌てるでないセラフィーナ……。話はまだ続くのだ」
「も、申し訳ありません……」
慌てるセラフィーナを見て、シージハードは笑いながら続けた。
「ゼンよ、もしエゼルの地を平定出来れば、エゼル北部をお前の領地にしてよい。言っている意味は分かるな? その地を拠点として、まずはフェルニゲ、そして以前からお前が渇望していた、教国攻めの足掛かりとせよ」
「ッ!? 必ずやご期待に添えてみせます!」
「良い返事だ。さて、樹国攻めの褒美だが、それはまた別でな、その時に渡そうと思っている」
「ハッ!」
「……何故か聞かぬのか?」
「……聞いても良いのですか?」
「聞いてもらわぬと、お前の隣で涙目になっている娘が、今夜は眠れなくなりそうだ」
そう言われてゼンがはじめて隣に視線を送ると、そこにはシージハードが言った通り、涙目のセラフィーナがゼンを見つめていた。
ゼンは王の前だというのに思わず声を潜めてセラフィーナに話しかけた。
「ッ! な、なんで泣くんだよ……」
「だ、だって……ゼンが……」
二人のそんな様子を見たバイロンが、シージハードにしみじみと話しかけた。
「ゼンを捕まえてからの姫は全く可愛らしくなりましたな」
「うーむ、お転婆だったセラフィーナが女らしくなったと思えば良いのだが、あれほど弱々しい姿を見せられると、戦場に出してよいのか悩む」
ゼンがシーレッド王国内でナディーネを奴隷商から救い、その後エゼル王国への移動を開始したのは、今から約七年ほど前の事だった。
ある日、ゼン達は本来は立ち寄るつもりがなかった大きな街に、天候の悪化により宿泊を余儀なくされた。
その時、国内を周遊していたセラフィーナと出会い、当時槍術を習い始めていた彼女と手合わせをした。すると、はじめて年下に敗北したセラフィーナが癇癪を起こし、ゼン達を強制的に王都へ連れ去った。
ゼンは抵抗をしたが、セラフィーナの護衛をしていたバイロンには刃が立たず、アルンとアニア、それにナディーネ一家もろとも拐われた。
ゼンとしては貴族殺しの件があり、発覚すればただではすまないとビクビクしながら生活をしていたのだが、それも一月もすれば慣れるもので、セラフィーナの遊びや稽古相手としての日々を過ごし、その後は才覚を買われシーレッド軍へと自ら志願したのだった。
ゼンはそんな日々を思い出しながら、濡れた銀色の瞳を見せるセラフィーナに向かって言った。
「セラ、心配をするな。シージハード様はちゃんと分かってくれている」
ゼンはそう言うと、シージハードに顔を向け微笑みながら口を開いた。
「シージハード様、姫が本格的に泣き出してしまう前に、褒美の件をお聞きしても?」
「うむ、そうだな。では告げよう。ゼンよ、エゼルを落とした暁には、セラフィーナを褒美としてお前にやろう。政治を学ばせたセラフィーナならば統治の役に立つだろう。少々我儘なところがあるが、貰ってくれるか?」
「はっ、喜んでお受けいたします!」
シージハードの考えが読めていたゼンは、力強く返事をすると、口を開けて目を見開くセラフィーナに言った。
「ほら、言っただろ?」
「な、な、なっ! 知ってたのですか!?」
「いや、そんな気がしただけ。ほら、王の御前だぞ。ちゃんと前――ッ!」
「ゼーンッ!」
突然セラフィーナがゼンに飛びついた。体を完璧に密着させてくる彼女に、ゼンは戸惑いを見せている。
それを見てシージハードはニヤつきながら言った。
「では、話は終わりとしよう。次の戦まで体を休めるが良い。そうだ、お前の鬼人軍に与える食料や嗜好品は、今日にでも出させよう。あれらにも体を休めるよう伝えてくれ」
「ハッ! ……このような姿で申し訳ありません」
「よい、よい、早く部屋に戻って励め」
笑いながらそう言ったシージハードが手で早く下がれと促すと、ゼンはセラフィーナに抱きつかれたまま立ち上がり、そそくさと王の間から立ち去った。
ゼンは自室に戻る廊下で立ち止まると、まだ体に絡みついてくるセラフィーナに言った。
「おいおい、セラ。いい加減離れろよ」
「黙りなさい、ゼン。まだ私は貴方の物になったわけじゃないのよ。だから、私の勝手なの」
立場的には彼女の言った事は間違っていない。だが、公然の仲とはいえ、人前で見せる姿ではない。ゼンはその事を気にしつつも、王の間を出てから付きそうセラフィーナの専属侍女が、微笑むだけで何も言わないので黙って従った。
二人がゼンの部屋へと戻ると、侍女によって扉が開かれた。
「あっ、おかえりなさいなのよ、主人!」
部屋に入ったゼンとセラフィーナに声をかけたのは、ソファーに座り胸に小さな赤子を抱えた片腕の少女だった。年の頃十五歳ぐらいだろうか、白に近い銀髪の所々にカラフルな色彩が加えられたストレートが腰まで伸び、白いワンピースと合わさり清潔感のある雰囲気をまとっている。
「ただいまポッポちゃん。リリのお世話をしてくれてたのか、偉いな!」
「そうなのよ! あたしは、すごーいからお世話をしてたのよ!」
見た目と比べて若干幼く感じるその仕草は愛らしい。満面の笑顔を見せた彼女は、胸に抱いている子供を大事そうにしている。
「喜びすぎて忘れてたけど、そうだったわ。この子がいたんだったわ」
元は大鳩という種族だったポッポは、三つの神の加護を得た事により、神の粋な計らいか人の姿を取れるようになっていた。
セラフィーナが笑顔を振りまくポッポを見て、二人っきりの時間は取れないのだと、ため息混じりにそう言うと、それと同じタイミングで部屋の奥から一人の女性が姿を現した。
「おかえりなさい、旦那様。セラフィーナ姉様もいらっしゃい」
現れたのはゼンの奴隷だった少女アニアだ。
「ただいま、アニア。洗濯物でもしてたのか?」
「はい、リリのオシメを洗ってたのです」
そう言ったアニアの手には、洗濯の済んだオシメがある。
セラフィーナはそれを見て、少し表情を引き締めて言った。
「そういうのは、侍女にさせなさいと言ってるでしょ? アニア」
「それは申し訳ないのです。ほら、こんな少ないのですから」
「あのね……貴方は時期シーレッド王国将軍の妻なのですよ? 雑用は侍女にやらせるぐらいではないと、舐められてしまいますわ」
「もう、セラフィーナ姉様は心配しすぎなのです。誰も私の事をいじめたりしないのです」
「そういう事じゃ……まあ良いわ。それより、貴方に言う事があるの。ようやくゼンと一緒になる予定になったからよろしくね」
「おぉ~、おめでとうございます! やっと旦那様が言ってくれたのですかー」
セラフィーナの報告を聞いて、アニアは素直に喜びの表情を浮かべた。
「ありがとう、アニア。これで私は貴方と姉妹同然ね。リリも私の娘みたいなものだし、二人して今まで以上に可愛がってあげるわ」
セラフィーナにとってアニアは妹分であり、唯一と言って良い同年代の親友だった。
ポッポの胸に抱かれていた赤子を受け取ったゼンが言った。
「リリ、良かったなー。新しいママも可愛がってくれるらしいぞ」
この赤子はアニアとゼンの娘だ。アニアが成人をして奴隷契約を解除したその日に関係を持ち、それから間もなくしてすぐに出来た子だ。
娘をあやし、緩みきっていた表情を見せていたゼンだが、顔を上げてアニアを見ると、真剣な表情をして言った。
「アニア、エゼル攻めが決まった。その後はフェルニゲを落とし、教国を攻めるぞ」
「ッ! という事は、ポッポちゃんの腕を治せるのですね!?」
「あぁ、教国のアーティファクトを手に入れれば、それも可能だからな。長かったがようやく道が開けてきた。アルンにまた戦だと伝えないとな」
アニアにそう言ったゼンは、ポッポに振り向いた。
「ポッポちゃん、今の話で分かっただろ?」
「ん~? よく分からないけど、わーいなのよ!」
ゼンは人化してからのポッポのIQが低下している事を、若干心配しながらも彼女の頭を撫で、新たな戦の心構えをしたのだった。
その後、エゼルを攻め落とし、続けてフェルニゲ、教国と瞬く間に攻め落としたゼンは、周辺国も纏め上げ、大陸北西部を支配する大公爵となる。
そして、シージハードの死去によりはじまった大陸を巻き込んだ大戦を制すのは、数十年後の話だった。
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※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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