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第四章【現実と友情】

1 友情の裏切り

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 華はもう、学校にはいない。そんな事実は俺の胸を締め付ける。
 俺は今、華がいる病室にいた。
「学校の友達には言うの…?今日華が学校休んでて、みんな心配してた。」
 余命のことを言えば言ったで、聞いた時に辛いだろう。
 言わなければ言わないで、華がいなくなった時にみんな辛いだろう。
「私は、言わないでほしい。私が死んだ時にみんなが辛い思いをしちゃうのは分かってる。でも、余命のことは言いたくない…。」
「…そっか。」
 俺はあくまで付き添い。華の判断に文句を言える立場ではない。
「入院のことは、一時の体調不良とでも言えば誤魔化せるからさ。」
 確かに心配する人はいても、深掘りする人はいないだろう。上手く誤魔化せば余命のことは隠せる、けど…。
「華はそれでいいのか…?」
「うん、蓮がいたら十分だよ。」
 恥ずかし気もなく言う華に、俺は顔を背ける。真剣で真っ直ぐな華の瞳が、痛くて辛かったから。
「私はずっと孤独だった。だから別に、病室で独りでも大丈夫なの。」
 大丈夫と言う人ほど大丈夫じゃないとはまさにこのことか。
「華には俺がついてるよ。」
「…うん。」
 俺の励ましに嬉しそうに返事をする華は、どこか寂しそうだった。

「あんた、ちょっといい?」
 校門を潜ろうとすると、冷えきった茜の声に呼び止められた。
「なんだ?」
「華が学校休んでるのって、本当に一時の体調不良なの?」
 茜は華の異変に、薄々気づいているのかもしれない。
「なんで俺に聞くんだよ。俺もお前と同じ情報しかもってない。」
「じゃあなんで、華がになる一日前に深刻そうな顔してたの?」
 茜が言っているのは、まさに華が倒れた日のことだ。
「あぁ、身内が亡くなったから、あんまり深掘りしないでもらいたい。」
 架空の身内を殺し、「傷を抉るな」という言い訳をする。
「あっそ。知らないならいいわよ。」
 茜は諦めた様子で俺に背を向ける。
 そういえば、茜の苗字を知らないな。今日の出来事を華に話す時、また嫉妬されそうだから聞いておこう。
「そういえば茜って、苗字何?」
 去ろうとする茜に聞く。
宮崎みやざき。なんでよ?」
「宮崎を下の名前で呼んでると、華が嫉妬しちゃうから。」
 言い方はアレだが、事実だ。
「ラブラブそうで何よりですー。」
 そんな冷たい言葉を放って宮崎は去っていった。
 宮崎は素っ気ないけど友達想いだよな。いわゆるツンデレか?
 これを宮崎に言ったら絶対に腹パンはされるから、黙っておくのだが。

「宮崎が心配してたぞ。」
「そっか…。確かに、茜に秘密なんて初めてだ。」
 華は申し訳なさそうに言う。友達全員に隠すという華の判断は正しいと思うし、自分を責めることないのにな。
「親友に秘密なんて、まるで裏切りだよね。言った方がいいのかな…?」
 問いかけるように語尾を上げる華に、俺は何も返せない。
「俺は、華の意見を優先するべきだと思うよ。」
「そうだよね。アドバイスありがとう。私、やっぱり言わないでおくよ。私は私の意見を貫く。」
 華は強くて凛としている。俺の支えなんて要らないんじゃないかと思うほど真っ直ぐで、でもどこか少し危なっかしくて…。
 でも支えが必要ない人間なんてこの世にいないのだ。世界中のみんなが孤独と戦って、寄り添って、支え合いながら生きている。
 みんな知らぬ間にすれ違った人や目の前の人に支えられている。俺も、目の前の人に支えられている一人だ。
「蓮、私の余命、もう20日しかないんだよ…。いつもこんなに動いてて、笑えてるのに。」
 華は涙を一筋。
「眠るのが恐い。明日が恐い…。未来が恐い……。置いて行かれることが、すごく恐いの……。」
 語彙力を捨てて話す華を、俺は助けられない。それは、俺が無力だからだ。
「嫌だよ…!蓮と離れたくない!死にたくないよ!!」
 華の感情は頂点に達していた。その発言で何かが壊れたように、華は赤子のように泣き始めた。
「俺も華とずっと一緒にいたい…。何もできなくてごめん…。」
 俺は泣きそうになりながらも言う。
 こんな時でも無力な自分が醜い。
「蓮は謝らないでよぉ…うぅ……。」
 華は泣きじゃくっていた。俺を抱きしめながら涙を流して、二人して悲嘆に暮れていた。
 
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