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7 白銀
しおりを挟む「世話になったな」
「寂しくなります……」
翌朝、桔梗が旅立つ準備をしていると、すっかり歩けるようになった道雄とさえが部屋を訪ねて来た。
「もしかしたら、また同じ症状が出て来るかもしれん。その時はまたヒノキ油を直接塗るといい。油の作り方はさえに教えてある。その他の簡単な薬の処方もな」
そう言って桔梗がさえを見る。少女は照れながらも頷いて見せた。
「これを、桔梗様に……」
さえが何かが入った竹の皮の包みを桔梗に手渡す。
「これは?」
「胡桃を入れた餅を乾燥させたものです。乾燥させてあるので日持ちします。火で炙って食べてください」
言われて桔梗はハッとした。
「まさか、あの山に入ったのは……」
「桔梗様、旅で一番困るのは食べ物だって言っていたから……。これ、私の好物なんです」
桔梗はさやの傍までいくと、その身体をそっと抱き寄せた。
「ありがとう、大事にいただくよ」
さやは、へへ、と小さく笑う。
「皆、外で桔梗さんを待ってますよ」
桔梗が霊薬師だということは、昨日のうちに里中に知れ渡ってしまったらしい。ここを去る良い言い訳ができた。
同じ場所に長居はするものではない。長くなるだけ別れも惜しくなってしまう。
外へ出ると、里の者が皆地面にひれ伏し頭を下げていた。
「ほらな、これが嫌なんだ」
げんなりと道雄にだけ聞こえるように言うと、彼は、あはは、と困ったように笑う。
「霊薬師様とは知らず、数々のご無礼申し訳ありませんでした」
「気軽に話しかけてしまって……お許しくださいっ‼」
皆、口々に謝罪の言葉を口にする。
その中で、最も世話になった者の前に行き、その肩にそっと触れた。
「長老」
「は、はいっ‼」
「世話になった。達者でな。長生きしてくれ」
その言葉にハッと老婆は顔を上げた。その目は僅かに潤んでいる。
「もったいないお言葉。桔梗様も、どうか達者で」
「道雄」
「はい」
桔梗は道雄を振り返る。
「孝行しろよ」
「はいっ‼ありがとうございました‼」
出発しようとすると、長老が「桔梗様」と呼び止めた。
「何かお礼をしたいところですが……なにせ貧しい里です。私たちに出来る事があれば……」
「礼ならもう貰った」
そう言って、胡桃餅の入った包みを掲げて見せると桔梗は振り向く事も無く歩き出した。
里を出た時は低かった太陽も今はすっかり真上に昇っている。遠くの方に白雪の里の一部が木々の間から見えていた。
最後に別れの挨拶でもすれば良かったなと、あの銀色の髪を思い出しながら汗を拭った時だった。
「挨拶も無しに行くのかよ」
突然、頭上から言葉が降って来た。
驚いて見上げる。
「──お前っ」
「よお」
そこには、あの白鬼が木の枝に腰掛けこちらを見下ろしていた。「よっ」という掛け声と共に目の前に飛び降り「人間ってのは薄情な生き物なんだな」と少し怒ったように腕を組んだ。
「なんだ、わざわざ挨拶に来たのか」
「……いや、それなんだけどさ」
彼は言いづらそうに頭をがしがしと掻いた後、桔梗を見る。
「俺を一緒に連れっててくれ」
「…………」
無言で自分を見つめる桔梗に、白鬼は慌てて両手を振った。
「俺の意思じゃないぞ、爺さんがあんたに付いて行けって……もうここには帰って来るなって……」
「追い出されたってことか?」
「そんなんじゃねえよっ‼……ただ、お前ももう大人だから外に出て色々見て来いって……」
────夢じゃなかったのか?
広い世の中を見せてやりたいとあの山犬は言っていた。
正直、従者は必要としていない。それどころか、白鬼を連れて歩くなんて目立ってしょうがないだろう。普通に考えて正気の沙汰では無い。……だが。
目の前でこちらを見つめる金色の目が、少し寂しそうでなんだか彼が不憫に思えた。
「お前、人間は嫌いだったんじゃ?」
「爺さんがあんたは信用できるって」
「ほう……」
「俺もそう思う」
こういう事を照れずに言えるのは人間社会と遮断されていたせいだろうか?擦れていないというか正直というか、年齢よりはだいぶ幼く感じた。
「帰る場所が無くなったのでは仕方が無い。お前の安住の地が見つかるまでだぞ」
「うん、それでいい」
「では、道中宜しく頼む」
桔梗が姿勢を正し、頭を下げると白鬼も慌ててぺこりとお辞儀をした。
「ああ、それからお前に名前をつけよう」
「名前?」
「名が無いと、色々と不便なんだ人間の社会は」
「ふーん……」
桔梗が顎に手を添え、じっと白鬼を見つめる。白鬼は緊張した表情で身動き出来ずにいた。
不意に、強い風が二人の間を通る。風に煽られ彼の白銀の髪が横に流れた。
「白銀」
「しろ……がね?」
「ああ、どうだ?」
彼は、桔梗がつけた名前を何度も確かめるように小さく呟くと、目を輝かせて桔梗を見た。
「うん、いい。気に入ったっ‼」
「では、今からお前は白銀だ。そういえば歳を訊いていなかったな」
「今年で十九になるって爺さんが言っていた」
「ふうん、私のひとつ下か。なら敬え」
桔梗の言葉に、白銀は露骨に嫌な顔する。
その時、頭上で「チチチチ」と一羽の小鳥が鳴きながら二人の周りを飛び回った。
「なんだ?」
「チュイ、戻っていたか」
桔梗が右手を高く上げると、小鳥はその手に止まる。
「あんたの鳥か?」
白銀はその小さな鳥を覗き込んだ。どうやら燕のようだ。
「ああ、山燕のチュイだ。雛の時に巣から落ちたのを拾ってな、何度巣に戻しても落ちてしまう。獣に食われでもしたら夢見も悪いと思って育てたら懐いてしまった。今は手紙のやり取りを手伝ってもらっている」
見ると、足に細い紙のようなものが結ばれている。桔梗はそれを燕の脚から外すと、そこに書かれた小さな文字を読み始めた。
「随分短い文だな。これでわかるのか?」
「長い文は書ききれないからな。暗号化してあるんだ」
白銀がチュイを見ると、その小さな黒い眼も白銀を見た。
「今日から俺も仲間になった。宜しくな」
言うと、チュイは何やらけたたましく白銀に向かって鳴きはじめる。
「なっ‼おまえチビのくせに生意気だぞっ」
「どうした?」
急に怒り出した白銀に、驚いて桔梗が訊くと。彼は呆れたようにチュイを見た。
「“自分の方が先輩だから敬語を使え”だと」
聞いて桔梗は目を丸くした。
「チュイが?そう言ったのか?」
桔梗も手にちょこんと乗る燕に目をやる。
当のチュイは胸を張り、ふんぞり返って白銀を睨んで……いるように見えた。
途端に噴き出してしまう。
「何が可笑しいんだよっ‼」
怒る白銀と桔梗の笑い声は、うるさく鳴く蝉の声に混ざり辺りの山に響いた。
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