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16 孤独と不安
しおりを挟むいつも泊まっていた宿まで辿り着くと、桔梗の肌水のおかげで艶々した顔の女将が驚いて声をあげた。
急に現れた傷だらけの半裸の白銀と、それに抱き抱えられ気を失っている桔梗を見て、女将は驚きつつも何も聞かず部屋を用意してくれた。
その日白銀は、布団に横になる桔梗の傍らから離れなかった。正座の体勢のままずっと血の気の引いた白い顔を見ていた。
目を離すとそのまま呼吸が止まってしまうのではないかと気が気ではなかったから。
東の空が明るくなり始めた。
眠い頭を覚醒させようと窓から空を見上げる。
まだ朝だというのにすでに日差しは肌を刺すようだ。
今日も暑くなりそうだと思いながら、白銀は伸びをした。
※
町の外れの川沿いで、穏やかな流れを白銀はボーっと眺めていた。
朝早く、女将が部屋に入ってきて着替えをさせたいから男は出ていけと言われ部屋から追い出された。
行くあても無く歩いて、気づいたらこの場所に居た。
川面を見ていると、不意に背後に気配がして振り返る。
「やあ」
玄が相変わらず張り付けたような笑顔で白銀を見下ろしていた。
「気配殺して近づくの止めろ」
白銀は無愛想に言い、再び顔を川へ戻すと玄は肩をすくめその隣にしゃがむ。
「なんだよ」
明らかに迷惑そうな白銀の態度は気にもせず、「桔梗ちゃんは?」と尋ねてきた。
「…………」
答えずにいると、白銀の様子で察しがついたのか「そっか」とそれ以上詮索はしてこなかった。
「彼女、あの城で囚われている時君の心配ばかりしてたよ」
「…………」
「そのうちお見舞いに行くよ。桔梗ちゃん甘いものは好き?」
「見舞いなんていらねえよ」
「まあまあ、そう言わずに。これでもちょっとは責任感じちゃってるんだよ?」
「嘘つけよ」
「うん。あはは、ほんとちょっとだけだけどね」
恨めしそうに睨む白銀に、玄はまた少し肩をすくめ。
「大丈夫。少し力を使いすぎただけだから、明日、明後日には目覚めるよ」
玄は立ち上がると、膝を抱え神妙な顔で目の前の川を見続ける白銀の肩をポンと叩くとその場から立ち去った。
その日の夜も同じように桔梗の横でじっと座っていた。
たまに布に含ませた水を口元まで持っていく。水分補給は大事だと女将に言われたからだ。
心なしか血色が戻ってきている気がする。
玄が言っていた事は、気休めではなく案外本当なのかもしれないと思った。
ウトウトと船を漕いでいた白銀は、ガクッと力が抜けた拍子に目覚めた。
部屋が明るくなっている。いつの間にか夜が明けていたようだ。
外を見ると雲ひとつ無い青空が見える。
眩しさに顔をしかめた白銀は、目の前の布団へ目を落とした。
桔梗はまだ目覚めない。
その日も早くに女将に追い出されまた川辺に来ていた。
このまま、桔梗が目覚めなかったら……。
一瞬そんな思いが頭をよぎる。
目の前の水の流れを眺めていると、不意に強烈な不安が襲ってきた。
考えてみると、今まで完全に独りになったことが無かった。
生まれて初めての“孤独”という感覚。
膝を抱える腕に無意識に力が入る。
その時だった。
川上の方から悲鳴が聞こえてきた。
反射的に目を向けると向こうの川面に、パシャパシャと小さな水しぶきが上がっている。目を凝らして良く見ると子犬が流されている。その後を子供が必死に追いかけていた。
白銀は咄嗟に立ち上がると川へと飛び込んだ。
川は意外と深く、胸の辺りまで水に浸かった。飛び込んでみて分かったが見た目より流れが速い。気がつくと子犬はもうそこまで流されて来ている。
必死で前足を動かし、何とか泳ごうとしている子犬に白銀が腕を伸ばした。間一髪で手で受け止める。
子犬を抱えたまま岸に上がると、子犬はずぶ濡れの身体をぶるぶると震わせ水気を切った。
「おい、大丈夫か?」
白銀が心配そうに子犬を抱き上げると、そこに子供が駆け寄って来た。
「ハチっ!!」
息を切らせ走り寄る男児に「ほら」と子犬を手渡す。男児は白銀の髪の色に気が付き「あっ」と声をあげた。
まずいと思った。
人間は白鬼を恐れているという事を忘れていた。いたずらに子供を怖がらせる事は本意では無い。
「薬屋のお兄ちゃんっ!!」
だが、男児は白銀の予想とは逆に笑顔を向けてきた。そして、その子の顔に見覚えがある事に気がつく。
この町に来てすぐ。隣で店を開いていた薬屋に騙されそうになっていた所を、桔梗が助けた子供だった。
「あの薬を飲んだら母ちゃんの病気、すぐ治ったんだ!!どうもありがとう」
ニコニコと嬉しそうに話しかけてくる男児に、白銀はその場にしゃがんで目線を合わせた。
「……そうか、良かったな」
「あんなに効く薬、初めてだって言ってたよ」
そりゃあそうだ。この子が母親に持って行ったのは霊薬なのだから。
「お前、俺が怖くないのか?」
言われた男児はきょとんという顔をした。
「兄ちゃん怖い人なの?」
「……だって、ほら。髪の色こんなだし……」
自分の銀色の髪の毛を、手でくしゃりと掴みながら眉をハの字にして言うと男児は首を傾げた。
「怖い人は、ハチを助けるために川に飛び込んだりしないよ」
「…………」
「自分がずぶ濡れになるのに、兄ちゃん迷わず飛び込んだよね。俺、兄ちゃんはいい人だと思うな」
────“お前、いい奴だな”
不意に、あの山で桔梗に言われた事を思い出した。
あの時は気恥ずかしくて否定したが、本当は嬉しかった。そんな事を言われたのは初めてだったから。
「そうか、俺はいい人か……」
白銀は「ありがとな」と言うと男児の頭をわしわしと撫でた。
※
覚醒していく意識の中で、初めに感じたのは手に伝わる温かさだった。
それが誰かの手の温もりだと理解すると同時に、うっすらと目を開ける。
最初に飛び込んで来たのは、銀色の頭頂部。
それは桔梗の傍らで静かに寝息をたてていた。
「しろ……がね?」
掠れた声で彼の名を呼ぶと、桔梗の左手に添えられた白銀の手がピクリと跳ねた。
「んぅ……?」
「白銀」
もう一度名を呼ぶと、白銀はガバリと跳ね起きた。
「き……きょ……?」
金色の目を大きく開いてこちらを見る白銀の顔は、あまり寝ていなかったのだろうか目の下にうっすらと隈が出来ていた。
「世話をかけたみたいだな」と笑いかけると、白銀は眉をハの字に下げるとぽすんと顔を桔梗の寝ている布団に埋めた。
「良かった……」
左手を握る白銀の手が微かに震えている。
桔梗は自由なもう片方の手を彼の頭に添え、子供をあやすようにポンポンと優しく叩いた。
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