銀鼠の霊薬師

八神生弦

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18 殺し屋の素顔

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 御影みかげ一門。


 殺しを生業なりわいとする一族。くろはそこの頭首とうしゅの三男だった。

 御影の一族には特徴がある。

 赤い眼。

 その眼の赤さが深ければ深い程殺しの才能があるとされ、深紅の瞳を持って産まれてきた玄は、一族からの期待は高かった。


 もちろん頭首からの期待も相当なもので、三人の兄弟の中でも特に玄は幼い頃から力を入れてその技術を叩き込まれた。
 玄もそれに応えるように吸収していったが、辛い、苦しい顔をすると容赦なくむちが飛んで幼い玄の身体に傷を作った。


 いつからだろう、痛い思いをしないように常に薄ら笑いを張り付けた子供になっていたのは……。









 眩しさで目が覚める。
 昔の夢を見ていたようで、少し気分は憂鬱だ。
 玄は軽く伸びをし、身体を起こした。夕べ飲んだ薬湯のおかげなのか息苦しさも全く感じないし、突然の咳で起こされる事も無かった。
 こんなに睡眠をとれたのはいつぶりだろうか。

 地面に直に寝たせいで若干身体は痛むが……。




白銀しろがねっ!!」


 突然、叫び声が聞こえそちらに目を向ける。
 素っ裸の白銀が川に入り魚を捕っているようだった。


「人前で裸になるなと言っているだろうっ!!」

「何でだよ。身体も綺麗になるしいいぞ。桔梗ききょうも服脱いで一緒に捕ろうぜっ」

「ばっ……!!馬鹿者っ!!人前で裸になれるかっ」

 真っ赤になりながら、白銀を見ないように手で顔を覆っていた桔梗は、玄が目覚めたのに気がついて赤い顔を手で冷やしながら歩いてきた。


「朝から騒がしいねえ」

「すまない、起こしてしまったか?」

「お構い無く。それより彼、中々の野生児ぶりだね。いい身体してるし、白鬼びゃっきって身体能力高いんでしょう?きたえれば相当いいところまで行けると思うよ」

 魚とたわむれる白銀を眺めていると、玄の前に湯飲みが差し出された。

「定期的に飲んだ方がいいぞ」

 手渡された薬湯を玄はまじまじと眺めると、その視線を桔梗に移す。彼女は消えかけている焚き火に、拾ってきた薪をくべている。

「桔梗ちゃんさ、僕が君達を危険なめに合わせた人物って事忘れた訳じゃ無いよね?何で僕を助けてくれるのさ?」

「……さあな」

「お人好し過ぎない?」

「そうかもな」

 危害を加えようと思えばいつでも出来た筈だ。だが、彼はそれをしなかった。今の玄は安全だと桔梗の勘は告げていた。


「玄」

「ん?」

「どうせ付いて来るなと言っても聞かないだろう?これからは私達と同行しろ。その方が薬も飲ませやすい」

「ふーん……。いいの?僕、いつ君らに何するか分からないよ?」

 そう言った途端、先端が焼けたまきを玄の目の前に突きつけ、桔梗が鋭い眼差しで玄を真っ直ぐ見据えた。


「あいつに何かしでかしたら、許さんぞ」

 玄は一瞬目驚いた表情をした後、両手を上げて肩をすくめる。

霊薬師れいやくし様の怒りを買ったらどんな天罰を受けるか分からないからね、大人しくしてるよ」

 しかし……と玄は続ける。

「君、すっかり白君の保護者だねえ」

「あいつの祖父に頼まれたからな、責任があるんだ。いずれはあいつが安心して住める場所を探してやるつもりだ」

「……へえ」

 そこに白銀が大漁の魚を抱えて戻って来た。

「玄、仕方ないからお前の分も捕って来てやったぞ」

「それはどうも」

「いいからさっさと服を着ろっ!!」

 怒る桔梗に、白銀は意味が分からないと首を傾げる。その様子に玄は声を出して笑った。









青葉あおば


 青葉と呼ばれた女が振り返ると、村の若者が立っていた。

「これ、うちの畑で採れた野菜だ。貰ってやってくれ」

「あら、助かるわ。いつもありがとう」

 青葉は猫なで声で男にすり寄り、野菜の入ったかごを受け取った。

「また宜しくね」

 上目使いで男を見つめると、彼は頬を染めて「じゃあ……」と言いその場を後にした。
 去っていく若者の後ろ姿を暫く見送っていた青葉は「ふん」と鼻を鳴らす。子持ちとはいえ村一番の美人の自分の気を引くのに野菜ひと籠なんて、安く見られたものだ。


「まあ、暫く野菜には不自由しなさそうね」

 そう言って我が家へと帰る。


 その様子を村娘達が見ていた。

「ほら、見て。青葉がまた何か貰ってるよ」

「働きもしないで、男の貢ぎ物だけで暮らしてるなんて」

「まあ、でもあの見た目だしねえ。村の男が舞い上がるのも無理無いよ」

「なんでも庄屋様のとこの啓一郎けいいちろう様もあの女に惚れてるとか……」

「お金はあるんだろうけどねえ。あの人はちょっとねえ……」

「それに、あの女と所帯を持ったら漏れなくあの悪餓鬼わるがきも付いて来るんだろう?ろくに働きもしない金食い女と悪餓鬼の面倒見るのなんて、私だったら嫌だけどねえ」




 遠くで村娘がこちらを見ながら何やら話をしている。おおかた、自分の噂話でもしているのだろう。それも悪い方の。


───何とでも言うがいいさ。もてない女のひがみなんて、痛くも痒くもないよ。

 優越感の笑みを浮かべながら歩いていると、村の老婆が青葉に近づいてきた。

「あんたんとこの勇太が、うちの猫に石鉄砲で怪我させたんだよっ!!どうしてくれるんだいっ!!」

「なあに?たかが猫じゃないの?大袈裟ねえ」

 気にもせず、けらけら笑う青葉に老婆は額に青筋を作りながら怒鳴った。

「それだけじゃ無いよっ。村の子達もあの悪餓鬼に何度も怪我させられてんだっ!!親ならしっかり躾とくれ!!」

「子供の喧嘩でしょう?いちいち親が出るものでもないでしょうよ。あたし忙しいの。じゃあね」

 老婆が背後で何か文句を言っているが、青葉は気にせず歩きだした。

───まったく、うるさい婆さんだねえ。勇太はちょっと元気がいいだけじゃないか。

 勇太はひとり息子である。
 父親は青葉の男に対する自由奔放さに呆れて、村を出ていってしまった。
 少しの男遊びも許さないなんて、器の小さい男だ。


 そろそろ勇太の為にも新しい父親が欲しいところだが、この村の男はいまひとつだった。
 不自由なく暮らせるのは庄屋の息子の啓一郎だが、小太りの冴えない見た目と女癖の悪さで村でも評判が悪い。性格も我が儘で傲慢なところがある。きっと甘やかされて育ったのだろう。


 どこかに金持ちのいい男はいないだろうか。
 金が無くても見た目のいい、逞しい男でもいい。その辺にいる平凡な男ではつまらなすぎる。

 太陽が山に落ちかけている。朱い空を見上げて青葉はため息をついた。
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