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しおりを挟む村の危機を救い、且つ怪我人の世話や燃えた家の片付けをしてくれた桔梗達を、村長でもある庄屋の宗次郎はご馳走を振る舞ってもてなしてくれた。
桔梗達と対面に座る宗次郎は何度も感謝の言葉を繰り返す、その隣でひとり息子の啓一郎がじぃっと桔梗を見つめていた。
たまに浮かべるにやけ顔が桔梗は少し不快だった。
皿にたくさん盛られた天ぷらを満面の笑みで頬張る白銀。
その横では、玄が姿勢よく座っている。箸の使い方が綺麗なところを見ると、案外いい家の出なのかもしれないと桔梗は思った。
「桔梗様は長いこと旅をしておられるとか……」
「ええ、もう五年程になります」
「ほう、どういう理由があって旅を? いや、女性の旅は中々大変でしょう」
「……生き別れた弟を探しております」
「弟さんを?」
白銀は箸を止めて桔梗を見た。その横で玄は奥方に酒を注がれている。
「まだ、何も手がかりは掴めていませんが……」
「そうですか、そんな理由が……。いえねえ、この村は規模はそこそこ大きいのですが薬の知識がある者が少ないものでして……できればこのままこの村に住んでは貰えないだろうかと、村の皆と話していたんですよ」
それを聞いた桔梗は持っていた箸を膳に置き、かしこまる。
「村長、申し訳ないが……」
「それでですね、もし良ければうちには年頃の息子がおりますし。どうでしょう、啓一郎と夫婦になるというのは……? 本人もかなり乗り気でしてね、なあ啓一郎」
酒を口元まで運んでいた玄の手がピタリと止まる。
白銀は何の話をしているのかと首を傾げた。
それまでずっと桔梗を見つめていた啓一郎が、口を歪めニヤーと笑ったので、桔梗は石のように固まる。
「親の私が言うのも何ですが、息子は少々頼りないところはありますが優しい性格でして、きっと大事にしてくれます。それに、うちに嫁げば何の不自由もさせません。どうか前向きに……」
「申し訳ないがっ!!」
宗次郎の言葉を遮るように桔梗が声をあげる。その場に居た者は驚いて桔梗を見た。
「申し出は有り難いが、ご子息には私のような者よりもっと相応しい方が居るかと……。それに、そもそも私は誰とも所帯を持たないと決めている。なので今の話は無かった事にして貰いたい」
そう言って、ひと呼吸置いた後。
「もう休ませてもらう。ご馳走さまでした」
桔梗はスッと立ち上がると「失礼」と言って部屋から出ていった。
彼女の去った後の部屋はしんと静まり返った。
「ちょっと話を急ぎすぎたかなあ……」
と呟く主人は、奥方に「あんたは昔から人の気持ちを考えられないんだから」と言われ項垂れてしまった。当の啓一郎は話がうまく進まなかった事に不服そうにむくれている。
一部始終を見ていた玄は愉しそうに肩で笑いながら酒を呷った。
※
「それ、向こうに運んどいてくれ」
「わかった」
桔梗達がこの村に来て数日が過ぎた。
この日も白銀は燃えた家の片付けの手伝いをしていた。
はじめは白銀の見た目に訝しげな態度だった村人達も、数人がかりではないと運べないような木材を、ひとりで運んでしまう白銀を重宝がるようになっていた。
この頃になると、村の女達の間で“白銀派”と“玄派”で度々話が盛り上がっているのを村のあちこちでよく耳にするようになっていた。
中々他所から人が訪れないこの村では、村の危機を救った彼らの訪問は刺激的な出来事だったのだろう。
「ねえ、見てよ白銀さんのあの逞しい身体つき」
「ちょっと無愛想で、女慣れしてないところもいいのよねえ」
「玄さんの目見た事ある? すごく綺麗な紅い色してるの」
「あの謎めいてちょっと怖い感じもいいわよねえ」
働く白銀を遠巻きに眺めながらそんな話をしている女達を、青葉が横目で鼻で笑いながら横切っていった。
────あんたたちはそうやって、遠くから眺めていればいいわ。どうせ、あんたたちみたいな地味な女は相手にもされないでしょうし。
「おい、また青葉が来てるぞ」
「白銀、どうせお前に会いに来たんだろうよ」
この色男と、男達にからかわれ白銀が額の汗を拭いながらそちらの方へ目を向けると、包みを抱えた青葉がにこにこしながら歩いて来ている。
「白銀さん!!」
大袈裟に手を振りながら自分の名を呼ぶ青葉に、白銀は顔を曇らせた。
事あるごとに自分の身体を擦り寄せて来る青葉が正直苦手だった。
桔梗に会って以来、様々な人間との交流で他人に対する警戒心もだいぶ薄れてきてはいたのだが……。
暑さの為か、上半身裸で作業をしている白銀の身体を見て青葉はうっとりと見つめる。
無駄な肉のついていない筋肉質な身体、毎日の炎天下での作業で褐色に焼けた肌に映える銀色の髪の毛。
青葉が今まで出会った事の無い野性的な美しさが彼にはあった。
青葉はその腕に自身の腕を絡め、今まで他の男達にも使っていた上目使いで白銀を見上げる。
「もうすぐお昼でしょ? あっちの木陰で一緒にご飯食べましょう?」
白銀の嫌そうな顔に気づいているのかいないのか、青葉は強引に腕を引っ張っていった。
「ふう……」
村の男達の世間話から逃げ出した桔梗は、村の外れを流れる川の橋の下に腰を下ろし、一息ついた。ここならあまり人目も届かないし少しだが涼める。
そろそろ昼時かと何気なく辺りを見回した時、桔梗の目にひとりの男児の後ろ姿が目に入った。
あれは、確か青葉という女の息子だったか……?
男児は何かをじっと見つめてる様子。
桔梗は気になって男児の傍まで歩み寄ってみると、何を見ているのかが分かった。
その視線の先には、木陰の下に座る青葉とその横に座る……。
「白銀……?」
胸がドクンと鳴った。
いつのまにふたりで昼食を食べる程仲良くなったのか、ちょうど青葉の差し出す握り飯を白銀が受け取っているところだった。
出会った時は自分以外の人間には警戒心を露にしていた白銀が、女とふたりで昼食を食べている。
良い傾向なのだろうが。
「…………」
例えようの無い、複雑な感情が桔梗の胸にじんわりと広がった。
「勇太……だったか?」
名を呼ばれ、男児はびくりと振り返る。
桔梗は勇太の隣に立ち、男児を見下ろした。
「お前の玩具のせいで、白銀が怪我をしたそうだな」
勇太が握る石鉄砲に視線を移しながら言うと、桔梗を見上げていた勇太はふいと目を逸らした。
この男児がチュイに石をぶつけようとした一件は玄に聞いていた。
そのせいで白銀が手に怪我を負った事も。怪我自体は軽いもので、すぐに治ったようだった。
それ以来、勇太は玄を見ると怯えた顔をするのが気になるが……。
「村の動物達にも、それを使って傷つけていると聞いたぞ。なぜそんな事を……」
そこまで言うと、勇太の腹の虫が大きな音をたてた。勇太は顔を赤くして自分の腹に手をあてる。
「お前、まだ昼飯食べてないのか?」
俯く勇太から、青葉に視線を移す。彼女は白銀の横で愉しそうに握り飯を頬張っている。
それを見る桔梗の顔はみるみる険しくなっていった。
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