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23 憎悪
しおりを挟むもう少しで白銀をその気にさせる事ができたのに……。
その夜、青葉は悔しさで寝付けずにいた。
────あの女、偉そうに私に説教までしやがって……!!
怒りが込み上げ、ますます寝られなくなったので隣で寝息をたてている勇太に気付かれないようにそっと外へ出た。
きれいに半分に欠けた月がぽっかりと空に浮いている。頬をなでる夜風がさわさわと草を揺らす。近くの水田では雨蛙がせわしなく鳴いていた。
怒りを静めるために深呼吸をすると、青臭い空気が肺を満たす。
ふと、丘の上に目をやる。
そこには村を見渡せるように庄屋の家が建っている。
「あ……」
白銀が浴衣姿で丘の上に立っていた。
月明かりに照らされ銀色の髪が風に揺れているのが分かる。
反射的に青葉は走った。
風呂から上がり、火照った身体を涼めようと外に出ていた白銀は夜空を見上げていた。
雲に隠れていた半月が再び姿を現した時。
「白銀さんっ!!」
聞き覚えのある声が自分の名を呼んだ。
ギクリと声のした方を見ると、青葉が息を切らせながらこちらに走って来ていた。
「あ、あんた!!何でここに?」
「し……白銀さんの、姿が見えたから……」
白銀の前で立ち止まり、息を整えた青葉はそう言うと潤んだ瞳で見る。
「会いたかったから……」
青葉はタッと駆け寄り白銀に抱きついた。
両腕を背にまわし、その胸元に顔を埋める。
「え? お、おい」
焦る声が上から聞こえる。
白銀は明らかに動揺しているようだ。
青葉は密かに唇の端を吊り上げた。これでなびかなかった男はいない。
背にまわした両腕にぎゅっと力を込めた。
「私、白銀さんの事が好きなの。ずっとこの村にいてよ」
青葉が顔を上げると、困ったような金色の目が見下ろしている。
「私と夫婦になって、ずっと一緒に暮らして欲しいの……」
青葉の細い手が、白銀の両頬を優しく包む。
身動きできずに硬直している彼の唇に、自分の唇を寄せながら囁くように言った。
「お願い……」
決まった。と、青葉が思ったその時だった。
ぐっと両肩を掴まれ、白銀は青葉を突き放した。
「そういうの、もう止めてくれ!!」
驚いた青葉は目を大きく見開いた。目の前に真剣な眼差しの白銀が青葉を真っ直ぐ見ていた。
「俺はこの村に残るつもりは無い、あいつが旅を続けるかぎり、俺は一緒に行くつもりだ」
白銀は、何かに気がついたような顔で青葉の肩から両手を離す。
「そうだ……俺は」
そのまま自分の両手のひらを見つめながら、呟く。
「ずっと……桔梗の傍に居たいんだ……」
グッとその両手を握る。
が、白銀は青葉の存在に気がついたように「あ……」と言い、気まずそうに自分の銀色の髪をくしゃりとかきあげた。
「もう、夜も遅いからあんたも帰ったほうがいい」
白銀は背を向け肩越しに青葉を見ると「おやすみ」と小さく言い屋敷へと戻っていった。
こんな屈辱的な事は無い。
初めて男に拒絶されて青葉の自尊心は酷く傷ついていた。
乱暴に歩きながら、桔梗への憎悪を募らせる。
────あの女さえ居なければっ……!!
村の男達も、白銀もなぜあんな小娘なんかに。なぜあの小娘ばかり──。
自分がこんな思いをしなければならないのも、全部あの女のせいだ。
悔しさのあまり唇の端を噛み締めると、微かに血の味がした。
※
「桔梗」
翌朝、庄屋に借りた籠を背負い出掛けようとする桔梗に白銀が声をかけた。
「どこに行くんだ?」
「ああ、白銀。薬草を調達にそこの山にな。色々使いきってしまった物があるんだ」
歩きだす桔梗の背中を白銀は何か言いたげに見送っていると、ふと桔梗の足が止まる。
振り返り、白銀の顔をじっと見つめた。
「……?」
どうしたのかと首を傾げる白銀に、桔梗はゆっくりと歩み寄った。
「お前、一緒に行くか?」
「え?」
「提案なんだが、これからの事を考えると薬草の種類と薬の煎じ方を覚えておいた方がいいと思うんだ」
白銀の目がみるみる輝きだす。
「いずれ、字の読み書きも教えよう。身に付けておいて損は無いはずだ」
需要が高い割りに、薬の知識を持っている人間は少ない。薬草と薬の知識を身に付けるにはそれなりの年月を要し、生活に余裕のある裕福な家でなければ薬師を生業にするのは現実的では無いからだ。
────そうすれば、私と離れた後もなんとかひとりで生きていける。
突然の思い付きだったが、よい考えだと思った。白狼山から連れ出した責任をこれで少しでも果たせられるなら。
「そうか、俺が薬草を覚えれば桔梗の役に立つもんな」
「え? ……ああ、そうだな」
そういうつもりは無かったが……。それでやる気が出るならそれに越したことはない。
「俺、頑張って覚えるよ!!」
「ふふ、期待してるぞ」
嬉しそうに笑う白銀に、桔梗も頬を緩ませた。
「……信じられん」
白銀は一度教えた薬草を間違える事なく持ってきた。
白鬼の特性なのか、白銀独自の能力なのか……鼻がよく利く。種類によっては毒草と良く似ている薬草も少なくない。それを白銀はその嗅覚で見分ける事ができるようだった。
それに、一番驚いたのはその記憶力だ。
「お前、意外と頭が良かったんだな」
「誉めてるのか? それ」
白銀の持ってきた薬草を確認しながら、ふたりは木陰で休んでいた。
「誉めてるんだ。初めてなのにひとつも間違えないのは中々出来る事じゃない」
「ふーん……」
誉めれれて少しいい気分になった白銀は、桔梗を見る。
隣で薬草を確認する桔梗のこめかみから一筋の汗が’流れ、首筋に流れた。風が絹糸のような黒髪をなびかせ、その気持ちよさに桔梗が顔を上げ目を瞑る。
「…………」
そんな何でもない事に白銀の視線が釘付けになる。
自分の心臓の音が何故か早くなるのを感じて、胸の辺りの着物をぎゅっと握った。
「白銀? どうした、顔が赤いぞ」
急に桔梗の白い手が伸びて、白銀の額にあてられた。
白銀が驚いてその手を掴むと、その勢いで桔梗の身体が引っ張られる。
「──っ!!」
あっという間の出来事だった。
気がつくと桔梗は白銀の胸の中にいた。
そこだけ時間が止まったように、ふたりはそのまま動かない。
「ぅあっ!!すまんっ!!」
先に動いたのは桔梗だった。
慌てて両手を白銀の胸に当て、離れようと力を入れた。
だが、びくともしない。
白銀が桔梗の肩を押さえているからだとすぐに分かった。
「し、白銀っ!?」
驚いて白銀を見上げると、彼もまた桔梗を見下ろしていた。あまり間近で見ることの無い金色の目にどきりとする。
その顔は耳まで真っ赤だ。
きっと自分も赤くなっているだろう事は、早鐘を打つ自分の心臓で容易に想像できた。
「しろ……がね?」
桔梗の桜貝色の唇が自分の名を呼ぶ。
何だろうこの衝動は。
このまま力まかせに桔梗を抱き締めたい。
白銀がグッと腕に力を入れると、桔梗の眉が不安げに下がった。
「っ!!」
咄嗟に手を離し、その身体を解放した。桔梗は慌てて白銀から離れる。
気まずい空気がふたりの間に流れ、桔梗は荷物を背負うと「もう帰ろう」と立ち上がった。
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