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銀鼠の霊薬師 番外編
5 玄の提案
しおりを挟む奉公先を探す必要が無くなったとはどういう意味だろうか。
階段を上る玄の背中を、菖蒲は不安げに見つめた。
「考えたんだけど……」
部屋に入って、座布団を二つ対面で座れるように並べ、座ると同時に玄が口を開いた。
「僕と暮らしてみる……ってのは、どうだろう?」
「え?」
前のめりに座りながら、菖蒲は目を大きく見開き玄を見た。彼は、あぐらをかいたまま両手を軽く組むと自分の口元に添える。伺うような眼差しで菖蒲を見ながら、話を続けた。
「本当に考えたんだ、帰りの道中。……君が、もし奉公先を見つけてそこで世話になる事になったとしても……きっと、僕は君の事が忘れられない」
「…………」
目を伏せた玄の意外と長い睫毛を見つめながら、菖蒲は次の言葉を待つ。
「酷い扱いを受けていないだろうか、叩かれて泣いていないだろうか、ヘマをして追い出されていないだろうか……。きっと心配になる。そして、それを心のどこかに引っ掛けたまま僕はこの先生きる事になるだろう……それならいっそ」
玄は、口元に添えていた手を下ろし再び菖蒲を見た。
「僕が君の面倒を見るのが一番いいんじゃないかって思ったんだ。父親代わりとして」
今までずっと、霞で見えない道をひとり歩いている……そんな感覚で生きてきた菖蒲だったが、彼の言葉を聞いた瞬間、その靄が一瞬で晴れた気がした。
菖蒲は目を大きく見開くと更に前のめりになる。
「い、いいの?」
玄はそんな菖蒲に頷くと、「君さえよければ」と笑った。
※
「ほら、あれが僕が住んでる里だよ」
山道を歩いて半日ほど、眼下には既に色づいた木々の隙間から集落の一部が見えていた。
“白雪の里”と彼は呼んでいた。
「さあ、もう一息だ。足は痛くないかい?」
「平気」
菖蒲は今までこんなに歩いた事が無かったが、これからの新しい場所での生活を思うと多少の足の痛みなんてどうでも良かった。
「玄っ‼」
里に着いてすぐだった。
ふたりの元にひとりの女が駆け寄ってきた。
「随分遅かったな。何かあったのかと白銀と心配していたんだぞ」
真剣な顔で「怪我はしていないだろな?」と彼の身体をくまなく観察するその視線が、玄の後ろに居た菖蒲をとらえる。
「その子は?」
女の切れ長の目が大きく見開かれた。
綺麗な人だというのが菖蒲の第一印象だった。
「ああ、あとでゆっくり話すよ。この子も疲れているだろうし」
「そうだな。今晩の夕飯はうちで食べるといい」
「あ、そうだ」
玄は、荷物から何やらゴソゴソと取り出すと包を彼女に渡した。
「羊羹だよ。なんかここの美味いって評判だったから」
羊羹と聞いた彼女の目が瞬時に輝き出す。どうやら甘味はこの人の好物らしい。
わざわざ玄が、彼女の為に買ったのかと思うと菖蒲の心がチクリと痛んだ。
「早速いただこう」
女は土産がよっぽど嬉しかったのか、軽い足取りで歩きだしたが不意にその足を止め振り返る。
「お帰り、玄」
「……ああ、ただいま」
応える玄の顔を見た菖蒲の心臓が、小さく鳴った。
自分には見せた事のない柔らかい表情。あんな顔もできるのかと驚いた。同時に、彼女の存在が気になりだす。
ふたりは一体どんな関係なんだろうかと……。
※
彼女についていった先は、こじんまりとした家だった。そこまで広くない庭には、何か分からない草や花が茣蓙の上で天日に干されている。
「玄っ‼」
庭先でそれを籠に回収していた男が、玄の姿を確認すると同時に立ち上がる。
その人物を見て、菖蒲はぎょっと目を見開いた。
男は肩より少し長い髪を、横で結い前に垂らしていたのだが、菖蒲が驚いたのはその色だった。
銀色の髪。
こんな髪の色の人間を、菖蒲は見たことが無かった。
銀髪の男はこちらに駆け寄ると、「桔梗と心配してたんだぞ」と眉を下げた。
そんな彼に玄はフフッと笑う。
「うん、桔梗ちゃんも同じこと言ってたよ」
「まあ、何ともないみたいで良かった。……ん? 何だ、このチビ……」
男の目が菖蒲を見つける。菖蒲はビクリと身体を震わせ、サッと玄の後ろに隠れた。
銀色の髪の毛だけでも普通ではないのに、自分を見据えたその金色の瞳にすっかり怯えてしまっていた。
その様子に、桔梗と呼ばれた女は自身の膝に手をつき菖蒲に視線を合わせる。
「怖がらなくていい。私達はお前に何もしない。……名前は?」
「……あ、菖蒲」
「お前も花の名なんだな。私は桔梗だ」
それまで菖蒲の頭を撫でていた手が、菖蒲の手をとる。柔らかく、温かい手だった。
「菖蒲、中に入ろう。……羊羹は好きか?」
菖蒲がコクリと頷くと、桔梗は優しく笑い菖蒲の手を引き家の中へと連れて行く。
その後姿を見ていた玄と白銀だったが。
「ちょっと傷ついてる?」
「……別に」
玄に訊かれ、そっぽを向いた白銀は頭を掻きながら、小さくため息をついた。
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