夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸

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第四十三話 もう少しだけ…一緒にいてくれませんか?

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夢を見ていた。
景色が違う。
これは、前世の記憶だ。
結婚して、子どもが生まれることも想定して購入した3DKのマンション。
それなのに、私には子どもができず、旦那の浮気相手に子どもができた。
旦那の浮気相手が家にやって来てそれを知らされたとき、離婚することを決めた。
子どもの幸せが、一番だと思ったから。
担当していた園児たちの母親にも、シングルマザーは多かった。
働いて子どもを育ててということを一人でするということは、相当に大変なことだ。
それでも愛情深く子どもを育てている母親もいたが、中にはネグレト状態になっている園児も少なくなかった。
もしも私が離婚しなければ…生まれて来る子どもはどうなるのだろう。
そう考えると、離婚以外の選択肢はなかった。
私さえ、我慢すればいい……。
でも、本当は別れたくなかった。
大好きだった。
浮気をするような男でも、浮気相手を妊娠させるような男でも。
一緒に年を取って、最後には「いろいろあったけど、幸せだったね」と言いたかった。
旦那と子どもを抱いた彼女が、私に背を向け立ち去っていく。
何もできずにそれを見送っていると、今度はラウル様とカイルも、私に背を向け、立ち去ろうとしていた。

(どうして…世界が違うはずなのに…)

「待って! 行かないで! 一人にしないで!」

私は必死に叫んでいたつもりだけど、声は出ていなかった。
だから二人の姿は、どんどん遠くなっていく。
どうして…みんな私から離れていくの?

「やだ…行かないで!」

その時、強く腕を捕まれる感覚があった。

「シャーレットさん」

聞き覚えのある声がして、私ははっと目を覚ました。
あまりにも辛く苦しい夢を見ていたせいか、息が上がっていた。
気がつくと、ラウル様が心配そうに見つめていた。

「大丈夫ですか…かなりうなされていたので、起こしたほうが良いかと…」
「はい…ありがとうございます…」

そう答えながらも、あまりにもリアルな夢からまだ半分醒めていないような状態だった。
身を引き裂かれるような喪失感が生々しく残っていて、手が震えていた。
それでも、何とか呼吸を落ち着ける。

「すみません、お騒がせしました。もう大丈夫です」
「手が、震えています」

ラウル様が私の手にそっと触れてきた。

「怖い…夢を見たので、そのせいだと思います」

何かに追いかけられたり、襲われる夢ではなかったけれども。
何かを失うというのも、大きな恐怖なのだと思った。

「ちょっと失礼します」

ラウル様の手が、今度は私の額に触れる。

「やはり、熱があるようですね」
「え…」
「熱が出たことで、夢見が悪くなるというのはよくあることですから」
「そっか…熱…」

悪夢を見た理由が納得できて、私は少しホッとする。

「悪夢が現実になることはありません。安心してください」

ラウル様のその言葉に、少し呼吸が楽になる。

「少し待っててください。今、医者を呼んできます」

ベッドから起き上がろうとするラウル様の腕を、私は反射的につかんでいた。

「どうしました?」
「もう少しだけ…一緒にいてくれませんか?」

言ってから、何を言ってるんだろうと後悔した。
でも今は、一人になるのが怖かった。
また、悪夢を見てしまいそうだったから。
ラウル様は起き上がるのをやめ、私を包み込むように抱きしめてくれた。
大きく温かな感触に、安堵感が広がっていくのを感じる。

「すみません…」
「謝る必要なんて、ありません。シャーレットさんは、私にもっと頼って欲しいと言いましたが、シャーレットさんももっと私に頼ってください。特に、こんなに弱っているときぐらいは」
「はい…」

ラウル様の心臓の音が聞こえる。
その音を聞いているうちに、気持ちは落ち着いてきた。
高熱があるときに悪夢を見るのは、熱せん妄というものだ。
子どもにはよくあることだが、大人でもある。
だから、あんな夢を見たことも、何かを暗示しているような可能性はない。
悪夢と現実は、別々のものだ。
ラウル様の言うとおり、悪夢が、現実に起こることはない。
私は自分にそう言い聞かせる。

とくんとくんと、ラウル様の心音が聞こえる。
その音を聞いているうちに、まぶたが重くなってきた。


(きっと、この一週間、気が張っていたせいだろう…)

シャーレットを腕に抱きながら、ラウルは思った。
その体は、驚くほど熱くなっていた。
早く医者に診せたほうが良いのだろうが…。
しかし、悪夢を見たばかりで不安が大きくなっている彼女を、一人おいていくわけにはいかなかった。
普段は自分に厳しく甘えることすらしない彼女が、初めて甘えてきてくれたのだから。

(本当は、いつも無理をしていたのかもしれない…)

そんなふうにも感じた。

(あまり体が丈夫そうな感じでもないし…)

力を強く込めると、折れてしまいそうなほどに華奢な体をしている。
見えないから、想像するしかない部分も大きいけれど。
シャーレットはどんな顔をしているのだろう。
きっと、穏やかでやさしそうな顔をしているに違いない…。
そんなことを今までは考えたこともなかったけれど。
こうして体が密着するほど近くにいると、考えてしまう。
皇女でも治すことのできない目が、もし見えるようになったら…。
そう考えて、ラウルは苦笑する。
あり得ないことを考えるほど、馬鹿馬鹿しいこともない。
気がつくと、シャーレットの穏やかな寝息が聞こえてきた。
名残惜しさを感じつつもラウルはシャーレットからそっと離れ、医者を呼ぶために部屋を出た。
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