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第百六十九話 こ、この香りは…(※挿絵あり)
セルデア公国の魔女の噂は、いつの間にか貴族たちの間に広がり、ラウル様は皇宮に泊まり込む日が増えるなど、多忙を極めた。
私もエルザさんからの情報を元に魔女について再び調べ始めたものの、書物から得られる知識には限りがあった。
行き詰まりを感じ始めていた時、皇女様から知らせが届いた。
イザークさんの南部の友人が、例の魔女を研究する学者を首都に連れてきてくれたのだ。
その学者が皇宮に招かれたと聞き、私も会いに行くことになった。
翌日の午後、私は少し緊張しながら皇女様の待つ皇宮の一室へ向かった。
約束の時間の少し前だったが、部屋からはすでに話し声が聞こえてくる。
部屋の中には、40代後半ぐらいに見える男性と、20代後半ぐらいに見える男性がいた。
イザークさんの姿もある。
「シャーレット、あなたが会いたがっていた学者のエトガルよ」
皇女様が紹介してくれたのは、40代ぐらいに見える男性のほうだった。
もう一人の若い男性は、エトガルさんをここまで連れてきてくれたイザークさんの友人だろう。
エトガルさんは、学者という雰囲気にふさわしく、少し気難しそうな人だった。
お世辞にも人当たりが良いとは言えない風貌だけど、その瞳の奥には深い知性と探求心が宿っているように感じられた。
「初めまして。シャーロット・ファーレンハイトと申します」
「よろしく…」
緊張しているのか、それとも元々口数が少ないのか、エトガルさんは口を閉ざしてしまった。
「あ、ええと、こっちの男性はアヒムよ。イザークの友達の」
気まずい雰囲気を察知したのか、皇女様が私にもう一人の男性のほうを紹介した。
「初めまして。イザークさんにはいつもお世話になっています」
「閣下の奥様ですね。閣下が結婚したと聞いて、いつかお会いしたいと思ってました」
「ラウル様をご存じなのですね」
「はい。皇宮警察の警官として働いていたとき、一時的に閣下の部下だった時期がありました」
(ラウル様の…皇宮警察時代の部下の人…)
ラウル様にとっては、懲罰として配属されていた時のことだから、ほとんど話を聞いたことがない皇宮警察時代。
前陛下によるラウル様への執着心もあって、当人にとっては思い出すのも辛い時期でもあると思う。
ラウル様から前皇帝陛下から受けた仕打ちのことを聞いてから、私自身もその時代のことを考えないようにしてきた。
あまりにも胸が痛くて、辛くなってしまうから…。
そんな時代のラウル様を、アヒムさんは知っているのだ。
アヒムさんはイザークさんと同じように、ラウル様に好意的な感情を抱いている警官だったのだろう。
「エトガルさんは学者ですので、口数は少ないですが…魔女の情報に関しては、専門ということもあり、かなり詳しいです。どのようなことがお聞きになりたいのでしょうか?」
アヒムさんは、エトガルさんの代わりに話を前に進めてくれた。
「シャーレットが、聞きたいことがあるのよね?」
皇女様が話を振ってくれたので、私はうなずいた。
「魔女の契約について、そして…もしもそ魔女に対抗できる方法があるなら教えてほしいです」
私の言葉に、エトガルさんの眉がぴくりと動いた。
「魔女に対抗できる力?」
「はい。ご存知のことがあれば教えてください」
エトガルさんは、少し驚いたように私の顔をまじまじと見つめた。
「魔女の契約は、代償を伴う。たとえば、手や足、目、耳などだ」
「はい、それは知識として知っています」
「魔女が代償を求める理由は?」
「それは、知りません」
「魔女はこの世界の人間ではないという。よって、魔女の存在には不安定さがある。その不安定さを補うのが、代償として手に入れる人間の体の部位だ」
「そうなんですね…では、魔女は、この世界にとどまるために、人間の…たとえば目や手や足を『代償』として手に入れているということなのですか?」
私が確かめるように聞くと、エトガルさんは神妙にうなずいた。
「では、その魔女に奪われた『代償』を取り戻す方法はあるのでしょうか?」
もしその方法があるのだとすれば、ラウル様の目が再び見えるようになる可能性がある。
しかしエトガルさんは首を横に振った。
「それについては、今のところ分かっていない。そういう事例がないから、ない可能性も高い」
「そうですか…では、魔女に対抗する方法はどうでしょうか?」
「それは、そちらの皇女殿下が一番ご存じなのでは?」
「はい、確かに皇女様は魔女に対抗できる力をお持ちですが、どのようにすれば、魔女の力を封じることができるのでしょうか?」
「魔女の力を封じる、か…そんなことが分かっていれば、歴代の聖女がとっくにやっていただろう」
「そう…ですよね…」
さすがに手っ取り早く魔女をどうにかする方法は、魔女専門の学者でも分からないようだ。
「エトガル、アヒム。遠くから来て疲れているでしょう?お茶の用意をするわ。お母様の故郷から送られてきた珍しいお茶があるの」
皇女様がそう言った瞬間、エトガルさんの瞳がキラリと光った。
先ほどまでとは違い、生気を取り戻したかのようだった。
「ぜ、ぜひ…」
「エトガルさんはお茶に目がないんです。珍しいお茶ならなおさら」
「そう、ちょうど良かったわ。甘いお菓子もたくさん用意するから」
皇女様が侍女に指示をすると、すぐにお茶とお菓子が運ばれてきた。
私も何か手伝うべきなのだろうけど、他の侍女の人たちの手際が良すぎて何もできなかった。
「こ、この香りは…ブリザメア王国の希少なマラガサ茶では?」
「ええ、そうよ。よくご存じね」
「ブリザメア王国まで行ってもなかなか買えないものです…ああ、この香り…」
「そんなに気に入ったのなら、後でお土産に渡すわ。急いでいないなら、皇宮に滞在してはどうかしら?また別の国の珍しいお茶も味だってもらえるけど」
「特に急いで帰る予定はないので大丈夫です!」
先ほどまでのどこかシャッターを閉ざしたような雰囲気はすっかり消えてなくなっていた。
エトガルさんがしばらく皇宮に滞在することになったことで、魔女に関するさまざまな情報を聞き出すことができそうだ。
私もエルザさんからの情報を元に魔女について再び調べ始めたものの、書物から得られる知識には限りがあった。
行き詰まりを感じ始めていた時、皇女様から知らせが届いた。
イザークさんの南部の友人が、例の魔女を研究する学者を首都に連れてきてくれたのだ。
その学者が皇宮に招かれたと聞き、私も会いに行くことになった。
翌日の午後、私は少し緊張しながら皇女様の待つ皇宮の一室へ向かった。
約束の時間の少し前だったが、部屋からはすでに話し声が聞こえてくる。
部屋の中には、40代後半ぐらいに見える男性と、20代後半ぐらいに見える男性がいた。
イザークさんの姿もある。
「シャーレット、あなたが会いたがっていた学者のエトガルよ」
皇女様が紹介してくれたのは、40代ぐらいに見える男性のほうだった。
もう一人の若い男性は、エトガルさんをここまで連れてきてくれたイザークさんの友人だろう。
エトガルさんは、学者という雰囲気にふさわしく、少し気難しそうな人だった。
お世辞にも人当たりが良いとは言えない風貌だけど、その瞳の奥には深い知性と探求心が宿っているように感じられた。
「初めまして。シャーロット・ファーレンハイトと申します」
「よろしく…」
緊張しているのか、それとも元々口数が少ないのか、エトガルさんは口を閉ざしてしまった。
「あ、ええと、こっちの男性はアヒムよ。イザークの友達の」
気まずい雰囲気を察知したのか、皇女様が私にもう一人の男性のほうを紹介した。
「初めまして。イザークさんにはいつもお世話になっています」
「閣下の奥様ですね。閣下が結婚したと聞いて、いつかお会いしたいと思ってました」
「ラウル様をご存じなのですね」
「はい。皇宮警察の警官として働いていたとき、一時的に閣下の部下だった時期がありました」
(ラウル様の…皇宮警察時代の部下の人…)
ラウル様にとっては、懲罰として配属されていた時のことだから、ほとんど話を聞いたことがない皇宮警察時代。
前陛下によるラウル様への執着心もあって、当人にとっては思い出すのも辛い時期でもあると思う。
ラウル様から前皇帝陛下から受けた仕打ちのことを聞いてから、私自身もその時代のことを考えないようにしてきた。
あまりにも胸が痛くて、辛くなってしまうから…。
そんな時代のラウル様を、アヒムさんは知っているのだ。
アヒムさんはイザークさんと同じように、ラウル様に好意的な感情を抱いている警官だったのだろう。
「エトガルさんは学者ですので、口数は少ないですが…魔女の情報に関しては、専門ということもあり、かなり詳しいです。どのようなことがお聞きになりたいのでしょうか?」
アヒムさんは、エトガルさんの代わりに話を前に進めてくれた。
「シャーレットが、聞きたいことがあるのよね?」
皇女様が話を振ってくれたので、私はうなずいた。
「魔女の契約について、そして…もしもそ魔女に対抗できる方法があるなら教えてほしいです」
私の言葉に、エトガルさんの眉がぴくりと動いた。
「魔女に対抗できる力?」
「はい。ご存知のことがあれば教えてください」
エトガルさんは、少し驚いたように私の顔をまじまじと見つめた。
「魔女の契約は、代償を伴う。たとえば、手や足、目、耳などだ」
「はい、それは知識として知っています」
「魔女が代償を求める理由は?」
「それは、知りません」
「魔女はこの世界の人間ではないという。よって、魔女の存在には不安定さがある。その不安定さを補うのが、代償として手に入れる人間の体の部位だ」
「そうなんですね…では、魔女は、この世界にとどまるために、人間の…たとえば目や手や足を『代償』として手に入れているということなのですか?」
私が確かめるように聞くと、エトガルさんは神妙にうなずいた。
「では、その魔女に奪われた『代償』を取り戻す方法はあるのでしょうか?」
もしその方法があるのだとすれば、ラウル様の目が再び見えるようになる可能性がある。
しかしエトガルさんは首を横に振った。
「それについては、今のところ分かっていない。そういう事例がないから、ない可能性も高い」
「そうですか…では、魔女に対抗する方法はどうでしょうか?」
「それは、そちらの皇女殿下が一番ご存じなのでは?」
「はい、確かに皇女様は魔女に対抗できる力をお持ちですが、どのようにすれば、魔女の力を封じることができるのでしょうか?」
「魔女の力を封じる、か…そんなことが分かっていれば、歴代の聖女がとっくにやっていただろう」
「そう…ですよね…」
さすがに手っ取り早く魔女をどうにかする方法は、魔女専門の学者でも分からないようだ。
「エトガル、アヒム。遠くから来て疲れているでしょう?お茶の用意をするわ。お母様の故郷から送られてきた珍しいお茶があるの」
皇女様がそう言った瞬間、エトガルさんの瞳がキラリと光った。
先ほどまでとは違い、生気を取り戻したかのようだった。
「ぜ、ぜひ…」
「エトガルさんはお茶に目がないんです。珍しいお茶ならなおさら」
「そう、ちょうど良かったわ。甘いお菓子もたくさん用意するから」
皇女様が侍女に指示をすると、すぐにお茶とお菓子が運ばれてきた。
私も何か手伝うべきなのだろうけど、他の侍女の人たちの手際が良すぎて何もできなかった。
「こ、この香りは…ブリザメア王国の希少なマラガサ茶では?」
「ええ、そうよ。よくご存じね」
「ブリザメア王国まで行ってもなかなか買えないものです…ああ、この香り…」
「そんなに気に入ったのなら、後でお土産に渡すわ。急いでいないなら、皇宮に滞在してはどうかしら?また別の国の珍しいお茶も味だってもらえるけど」
「特に急いで帰る予定はないので大丈夫です!」
先ほどまでのどこかシャッターを閉ざしたような雰囲気はすっかり消えてなくなっていた。
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