【完結済】『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』

譚月遊生季

文字の大きさ
7 / 57
序章 その物語について

0-5. 生物教師の本棚 Part2

しおりを挟む
 さて、次も妹の知人についてだ。
 ……まあ、先ほどと同じ部屋の話なのだがね。



 ***



「じろちゃーん! またチャーハン作って!」

 仕事の同僚が無理やり家に押し掛けてくるというのは恒例行事だし、食事をねだるのもよくあることだった。

「よし。ならまた本棚でもあさっていてくれ」
「じろちゃんの本棚面白いのあんまなくない?」

 殴ってもいいだろうか。とりあえず受け流し、冷やしてある米飯を取り出す。

「読みづらいのとかばっかだし……」
「文学とサイエンス系統と辞書と……まあそんなものばかりだからな。漫画でも置くか」
「エロ本とか置く気ないの?」
「……晃一、そういうプライバシーは尊重するものじゃないか?」

 米を炒めていると、後ろの本棚でガサガサと音がする。漁っても出ないぞ。そもそもそういうものは本棚に入れない。

「……あ、これ」
「ん? 何かあったか?」
「この前軽く読んだファンタジー小説。ほら、じろちゃんが好きなやつ」
「あー……。……そうだな。遺伝と人種の比喩として少し気になるところはなくもないな!」

 とはいえ、俺はまだ途中までしか読んでいない。というか流し読みしかしていない。

「後天的に付与ってどうやんだろな?」
「……戦闘能力がどうこうなら、薬物とかじゃないのか?」
「こわっ! それファンタジーじゃなくてSFだろ!」
「悪いが違いはよくわからないな!」

 SFはサイエンス・フィクションだから……科学によって現代から超越した物事を描く……のか。
 ヨーロッパがどうこうなら、確かにSF感はない……気もしなくもない。いやでも、どの時代にも怪しい薬物はあるような……?

「生物学的見解から言えば魔術と髪色ってどう」
「それだ!! それこそ遺伝が関係するのだろう。魔術を行使する遺伝子が生まれつき組み込まれているかどうかが重要というのなら、髪色イコール魔術が使える使えないという表現は実にわかりやすい! 魔術がなんの比喩かさっぱりだが、優性遺伝か劣性遺伝かで言うとおそらく劣性遺伝だな! 人口比がおそらく」
「うん、よくわかんないけど使える人がレアって感じか」
「その通りだ。希少価値といえるな」

 そんなことを話していたらチャーハンが少し焦げた。美味しそうだから問題はない。
 皿に盛り付けて持っていくと、ベッドに寝転がりながら下を覗かれていた。

「…………なにこれ」
「……俺の論文だが……恥ずかしいから隠しておいてくれないか?」



 ***



 と、言うわけで晃一が今日も家に来た。チャーハンは美味そうに食ってもらった。
 兄さん、晃一は結構いいやつなんだ。確かにちょっと不真面目だけど……。

 1981/3/31
(本棚の奥に仕舞われたノートより)



 ……ふむ、やはり対照的な兄弟だ。
 兄と比べて、弟は物語にそこまで興味を示していないらしい。
 しかし、この物語に秘められた「喩え」についての見解は興味深い。
 魔術を使える方がレアリティが高く、そして……国を動かす。
 遺伝、または血に関係があるのなら、答えは自ずと出てくるだろう。

 この物語における「魔術」とはすなわち「権力」だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...