【完結済】『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』

譚月遊生季

文字の大きさ
12 / 57
序章 その物語について

0-10. Strivia-Ⅱ

しおりを挟む
・賢者はどんな嘘でも見抜きました。そして、一通り問答が終わると、今度は旅人の方に問いを投げかけました。
「お前さん、この世で一番怖い言葉は何か知ってるかい?」
 考え込む旅人に、賢者はにやにやと笑いながら言いました。
「時間切れ。答えはね、「当たり前」さ」
(とある童話より抜粋)



 レヴィは、何でも器用にこなす青年であった。
 彼が語る半生は聞く度に内容の変わるでまかせばかりではあったが、ホラ話だったとしても人を惹き込む巧みな弁舌だと評価している。

「おい!  楽器の手入れぐらいちゃんとしろ!」
「しろー!」
「してるっつの。めんどくせぇんだよこれ細かくて」
「スナルダさんに言いつけるぞ!」
「ぞー!」
「それは勘弁な!  後で菓子奢るから」
「約束な!!」
「やくそくー!」
「おう。俺が嘘ついたことあったか?」
「嘘しかつかないくせに」
「うん、だよな。俺も今そう思った」

 旅芸人の子供たちと戯れている様は、賢者と呼ばれるほどの切れ者とは思えない。それどころか、如何にも庶民的な姿である。

「何してる」
「あー、ルイン?  だったか。お前仕事は?」

 ふらりと現れた癖毛の青年。ルインと呼ばれた彼は、仏頂面で子供たちとレヴィを見比べ、淡々と語る。

「ルマンダが大方やっていたから僕は暇だ。それよりチェロ、この前の続きが聞きたいか?」

 真面目な顔で問うルインに、チェロと呼ばれた少年も興味津々といった様子で返す。

「聞きたい。とりあえず英雄と赤いドラゴンの戦いの続き!」
「よし、ならば聞かせよう。かの英雄は賢者から授かった秘宝の剣であたりの岩を砕き」
「待って、なんでドラゴンに向けないの」
「ドラゴンに当たって一本目は溶けていた」
「えっ、秘宝の剣2本あったの」
「違う。3本だ」
「多いね!?」

 重ねて述べるが、ルイン本人は真面目な表情である。

「そして、砕いた岩から賢者の予言通り女神が現れ」
「待って!?  女神様なんでそんなとこいたの!?」
「悪さをして封印されていたらしい。何でもお菓子の食べすぎだとか」
「それで封印されちゃうんだ!?」

 ……信じられぬ話だが、ルインは至って真面目に語っている。
 突っ込みを入れながらも楽しそうなチェロを横目で見ながら、レヴィも笑いを堪えるのに必死なのが見て取れる。

「……あ」
「ん? あー……」

 足音が聞こえてくる。どうやら、何やら情勢に動きがあったらしい。
 ルインは饒舌に語っていた口を閉じ、不穏な空気に怯えた子供たちは、レヴィの背後に隠れる。


 何事か告げる兵士。場を震わせる声が響く。

「キサマら、それでも王に忠誠を誓った身か!  失態を晒しておいてそのように緩んだ態度とは……恥を知れ!!」

 王の参謀、ルマンダの剣幕に思わず縮こまる子供たちを撫でながら、レヴィは平然と成り行きを見守る。

「申し訳ありません、けれど……」
「……弁解など無用」

 その場が瞬時に凍てつく。ルマンダは、先天的に氷を操る魔術を身につけている青年であった。
 ……そして

「がっ、は……」

 冷たい刃が、兵士の首元に深々と突き刺さる。鮮血を吹き出して倒れゆく兵士を、灰色の瞳が冷淡に見下ろす。

「その非礼、あの世で存分に悔いるがいい」

 鮮血が廊下に流れ、庭に通じる石段も赤く染め上げられていく。見ていたルインは思わず眉をひそめ、小声で呟いた。 

「……やりすぎだ」

 その言葉を鼻で笑うかのように、ルマンダは告げた。

「この男は王に背く行為を過去に2度行っている。そして此度の失態……死をもって贖うのには充分というもの」
「……お前、最近カリカリしすぎだぜ。ちゃんと寝てんのか?」

 レヴィをキッと睨みつけ、ルマンダは敵意を隠しもせずにカツカツと歩み寄る。

「私はキサマが気に食わん。どのような手口で取り入ったか知らぬが、その胡散臭い仮面、いずれ引き剥がしてくれよう」

 まるで呪詛のように響き渡る言葉を残し、ルマンダは去っていく。
 ガタガタと震える子供たちをよそに、賢者は独り言のように呟いた。

「……おもしれぇな、アイツ」

 それを聞いたルインは、静かに呼応する。

「僕は……怖い」

 沈んだ空気の色を、賢者の声がわずかに変える。

「なんで、世の中どこもこんな荒れてるか分かるか?」

 思わず、注視したくなる声だった。向けられた視線に答えるよう、賢者は唇に弧を描いた。……深刻な様子など、欠片も見せない。

「面白くねぇからだよ。この、世界がな」

 軽い口調で言い放つと兵士の死体のそばに屈み、見開かれた目を閉じさせる。そのまま指を鳴らして炎を生じさせ、凍えるような冷たさを、わずかに溶かした。

 彼の、臆することなく気ままに振る舞う様子を、私は静かに見ていた。



 ***



 この書き手の場合、「私」が誰のことなのか……。
 まあ、答えはすぐにわかるだろう。次のページに進もう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...