【完結済】『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』

譚月遊生季

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第三章 咆哮の日々

17. 労働者

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 時代は変革を必要としていた。
 ……幾度も、幾度も破壊と再生を繰り返し、確かに時代は変わろうとしていた。
 本当に破壊が必要なのか、もっと良い方法があるのではないか、などといくら知恵者が考えようと、聖者が願おうと……
 何を壊しても、誰を殺しても、どれほどの犠牲があろうとも、
「彼ら」は、今よりも良い明日を求めた。それは当然の希求であり……必然の理でもあった。

「水臭いじゃねぇか……! こんなにいい集まりがあるってんなら、もっと早く教えてくれよ」

 ミゲルが遊び半分で所属した結社は、パリで「四季の会」が引き起こした襲撃事件に倣い、武装蜂起すらも視野に入れ始める。
 それは、あくせく働けど明日の保証もない労働者たちプロレタリアートにとっては希望の光そのものだった。

「……どうだかな、フランク」

 上手い話に釣られただけかもしれない……と、口に出すことはできなかった。……自分に言う資格があるとは、到底思えない。
 それに……高揚し、熱に浮かされたフランクがまともに話を聞くとも思わなかった。

 ……それが、いずれは深い後悔の根源になると、どこかで予感はしていた。

「……ジョゼフ?」

 集会のさなか、身を隠すようにして席を立つ亜麻色の髪を、金の瞳が捕える。
 壁際で右から左に言葉を聞き流し、大袈裟にうんうん頷いている相棒を呼び止める。目配せで合図をし、2人も後を追うように席を立った。

「どうしたよ、ジョゼフ」

 日は傾きかけていた。
 振り返ったジョゼフは今にも倒れ込みそうなほど蒼白な面持ちで、翠の瞳を友に向ける。

「僕は、昔……演劇をしていたんだ」

 の口調のまま、ジャンは語る。

「何よりも……劇団の仲間と、彼らと作り上げた演目が大事だった」

 守るために、ジャンは弟を殺した。……けれど、その命は、その存在は、背負うのにあまりにも重すぎた。

「…………後悔は……」

 していない、とすら、言えなかった。
 もし、もし他の方法があれば、ジョゼフを殺さずに済む方法さえあれば……ジャンは、迷わずにそちらを選んだのだから。

「……それで、何が言いてぇんだ?」

 話の内容が何一つ頭に入らないティーグレも、難しそうな顔で宙を仰ぎ、考え込む。
 ミゲルに促されるまま、「ジョゼフ」は優美に笑った。

「……君にもわかってるはずだよ」

 予測していても、分かっていても結局は諦め、蓋をしてきた。カラスの鳴き声がやけに耳に突き刺さる。
 ……なぜか、いつかの孤児院の残骸が脳裏に浮かぶ。

「君たちは知恵を絞り、特性を活かして奪う側になった。……僕も、相応の覚悟を持って奪った。……だけど、フランクたちは違う」

 その続きに耳を塞ぎたくなった。
 聞きたくないと叫びたくなった。
 ……いつかの、女優のセリフを思い出す。「使い捨てられて終わりさね」と……

「……そうだ……力任せの略奪なんざ誰にでもできる。……強引に全て奪う方が、よっぽど……よっぽど、俺らみたいなやり口より簡単だ」

 震える声。……彼はいつだって、ミゲルの弱い部分を引き出してくる。だからこそ恐ろしく、だからこそ……得がたい友だった。

「じゃあ、何とか説得してくるよ。……そういうのは2人とも苦手そうだから」

 ミゲルと、ティーグレを交互に見、ジョゼフは苦笑する。

「よくわかんねぇけど頼んだ!!」
「……ああ……悪ぃな、ジョゼフ」

 気にしないで、とにこやかに笑いながら、はフランクたちの元へ帰っていく。
 流浪の貧民がいくら理屈を捏ねようが意味はなく、さすらいのならず者が拳を振るったところで追い出されるのが関の山だ。
 ……そして何より、わずかにでも情の宿った関係ほど、ミゲルにとってやりにくいものはない。

 日は緩やかに暮れていく。中世を思い起こす街並みを彩るよう、空は茜を抱く。
 これから流される血の代わりか、それとも予告か。……脳裏に掠めた予感を振り切り、無理にでも笑みを作る。

「辛気臭い顔はやめだやめ。こっから面白くすりゃいいんだよ」

 その言葉には「おう」と上の空で返し、ティーグレは、夜空に輝き始めた星を数え始めていた。
 ……星の数を知ることができれば、相棒やジョゼフのように頭が切れるようになれるかと……そんな、半ば献身にも近い心持ちが、普段まともに見ない夜空を視界に写す。
 働きなれない脳みそは、12ほど数えたところで音を上げた。
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