零ちた詩人に永久の愛を

譚月遊生季

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第一章 巴里の憂鬱

第4話「対話」

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 それからしばらく、おれはドミニクとの対話を試みた。

「僕、貴方の手記であればページ数を言ってもらうだけで暗誦あんしょうできますよ」
「……そうか」
「僕、貴方に憧れて詩人になりました。聞きます? 僕の詩」
「私は、詩人ではない」
「あと……ラザール・セルヴェにシャトーエルヴェ……何となく響きが似ていませんか?」
「だから、なんだ」

 ダメだ。何を話しかけても反応が鈍い。
 目隠しのせいでどこを見ているのかはわからないが、少なくともおれを見ていないのはよく分かる。

「僕がどうやって此処に来たのか、興味はないんですか?」
「ない。長居は勧めないと言った」

 うーん……取り付く島もない、とはこのことだ。
 ジャン=バティストへの愛が消えていないあたり、感情が消え失せたわけではない……はずだけれど、残念ながらおれはまったく興味を持たれていないらしい。
 ここまで素っ気ないと、さすがに辛くなってくる。どうしたものかな……。

「おれは、貴方の足跡そくせきを辿って此処にちたんです」

 それならば、と、更に深く踏み込む。

「……どういう、意味だ」

 くびの角度がわずかに動く。……間違いない。今、彼はおれの「声」に反応している。

「貴方は、『獄中死』と言われていますが……死体は、遺らなかったんじゃないですか」

 歴史の闇に葬られた真実。
「科学」が台頭たいとうし始めた19世紀末さっこんであれば、「時代遅れだ」とわらわれるような仮説。

、此処に零ちたから」

 けれど、おれはその仮説を信じ、見事、真実だと証明することができた。
 他ならぬおれ自身が、彼の目の前に辿り着いたことで。

「貴方が書いた最後の詩。それがヒントになりました」

 手記の最後のページ。
 その「詩」は、「死」の暗喩あんゆとされていた。

『空に穴が開き、いざなう。闇は口を開け、導く。
 いざ、見果てぬ闇の底へ。光届かぬ奈落の果てへ。願わくば、ちた夢に永久とわの安息を』──

「1799年12月31日……貴方は、零ちたのでしょう?」

 1899年12月31日に、おれがように。

「……ほう」

 ひび割れた唇が、わずかに弧を描く。

「なかなか、面白い」

 どきりと心臓が跳ねる。
 目隠しの奥。彼は間違いなく──「おれをた」。

「聞かせてもらおう。貴殿のる『ドミニク=ド・シャトーエルヴェ』を」
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