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序章 鬼の棲む処
第一話 木下小兵衛
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「なぁてめぇら、知ってるか? この山には、鬼が棲んでるらしいぜ」
夜営中、一人の足軽が語り始めた噂話がある。
月は高く昇っていて、おれ達身分の低い足軽は奇襲の警戒にと寝ずの番に駆り出されていた。
戦局は膠着状態。怪しい動きがありゃ、別の陣地から狼煙が上がる手筈になっている。気になる動きは特になく、夜は静かに更け始めていた。
「冗談じゃねぇや。敵兵だけじゃなく、鬼にまで気を付けなきゃならねぇってのか?」
気の小せぇ別の足軽が、真っ青な顔で身震いをする。
おれはすっからかんになったひょうたんを地面に投げ捨てながら、「その話、知ってるぜ」と、首を突っ込んだ。
兵糧の尽きかけた現実から、半ば目を逸らしての軽口だった。
「昔、惚れた女に聞いた話だ」
「はぁー、さすがは小兵衛だ。色男だねぇ」
「よせやい、こちとらフラれた側だぜ?」
静まり返る夜闇の中に、ひりつく死の気配を感じていたからこそ……誰もが、取り留めのないホラ話を求めていた。
「土佐に犬上って国衆がいるが……元は、この行暁山の土地を賜っていたらしい。その国衆は呪われていてな……一族の誰もが『人じゃなくなって死ぬ』と伝えられてるんだとか」
「……それじゃまさか、行暁山の鬼って……」
「ああ。元は、犬上の武者だそうだぜ? 血筋の呪いで鬼になっちまったって話だ」
脳裏に、おれに「鬼」の話をした女――かつて惚れた女の姿が浮かぶ。
透き通るような白い素肌に、凛とした高貴な立ち居振る舞い。……おれに釣り合う女じゃなかったのは確かだ。
――さる武家から縁談を持ちかけられました。側室ではありますが……家格はそれなりです。父上も、母上も喜んでおられました
――これは乱世に生まれし女の役目。我が家もかつては、名のある豪族でした。私が嫁ぐことで、再興の目も見えましょう
……案の定、「役目だ」とか何とか言って、それなりに良い武家の側室になった。
好き嫌いで婚姻を結べるほど、この世は甘くねぇと。おれにも、いずれ「役目」を果たさなきゃならねぇ時が来ると。立派な男として、強く生きろと……
別れ際に、言い聞かせられたことを覚えている。
――「血」からは、逃げられぬということです
「行暁山の鬼」の話をした時も、彼女……お貴は、そう言っていた。
反吐が出るぐらい気高くて、腹が立つくらい美しい女だった。
対し、今のカミさんは口が悪いわ目の前で屁はこくわ……品の欠片もありゃしねぇ。
貧乏足軽は貧乏足軽の家どうし、婚姻も主君の顔を立ててやらなきゃならねぇ。ガキを拵えるのだって同じだ。……おれ達の生き様は、産まれた時から決まっていやがる。
「……どうした? 小兵衛」
「いいや、何でもねぇ。ちなみにその武者、話によりゃかなりの美形だったそうだぜ。衆道の相手にも引く手あまただったとか?」
「えー、興味ねぇなぁ。女のがいい」
「そうかい? おれはツラが良けりゃ男でも構わねぇがな」
もっとも、こんなむさ苦しい貧乏足軽だらけの場じゃ、好みの相手なんざいるわけがねぇ。
どいつもこいつも臭いし汚ぇし、品もなけりゃ頭も悪い。……向こうだって、おれのことを似たように思っていやがるだろう。
「衆道は武士の嗜みっつうけど、おいら達にゃ縁遠い話だしなぁ……小姓になるにせよ小姓を持つにせよ、遠い世界の話さね」
別の足軽がぼやく。
雑兵から見出されて成り上がった話だって聞かねぇでもないが、そんなのは限られたヤツらの遠い夢物語だ。
よっぽどの幸運でもなけりゃ、使い捨てられるのが関の山。
……その日だって、そうだった。
「おい、おい! とっとと支度しろ! 敵襲だ!」
「はぁ……!? そんな報せ、どこにも……!」
「それが来てんだよ! 早く武器をとれ!」
狼煙は上がらなかった。
……が、山を挟んで逆方向に、本隊が陣を構えているのはおれも知っている。
松明の光が見当たらない時点で、気付くべきだった。
本隊はおれ達雑兵を囮にして、敵の背後を突くつもりでいやがる――!
「……糞ったれが……!」
槍を手にし、おれは精一杯の鬨の声を上げる。
時は戦国乱世。
名だたる武将が肩を並べた群雄割拠の時代。
おれは、生きるのがやっとの、貧乏足軽でしかなかった。
夜営中、一人の足軽が語り始めた噂話がある。
月は高く昇っていて、おれ達身分の低い足軽は奇襲の警戒にと寝ずの番に駆り出されていた。
戦局は膠着状態。怪しい動きがありゃ、別の陣地から狼煙が上がる手筈になっている。気になる動きは特になく、夜は静かに更け始めていた。
「冗談じゃねぇや。敵兵だけじゃなく、鬼にまで気を付けなきゃならねぇってのか?」
気の小せぇ別の足軽が、真っ青な顔で身震いをする。
おれはすっからかんになったひょうたんを地面に投げ捨てながら、「その話、知ってるぜ」と、首を突っ込んだ。
兵糧の尽きかけた現実から、半ば目を逸らしての軽口だった。
「昔、惚れた女に聞いた話だ」
「はぁー、さすがは小兵衛だ。色男だねぇ」
「よせやい、こちとらフラれた側だぜ?」
静まり返る夜闇の中に、ひりつく死の気配を感じていたからこそ……誰もが、取り留めのないホラ話を求めていた。
「土佐に犬上って国衆がいるが……元は、この行暁山の土地を賜っていたらしい。その国衆は呪われていてな……一族の誰もが『人じゃなくなって死ぬ』と伝えられてるんだとか」
「……それじゃまさか、行暁山の鬼って……」
「ああ。元は、犬上の武者だそうだぜ? 血筋の呪いで鬼になっちまったって話だ」
脳裏に、おれに「鬼」の話をした女――かつて惚れた女の姿が浮かぶ。
透き通るような白い素肌に、凛とした高貴な立ち居振る舞い。……おれに釣り合う女じゃなかったのは確かだ。
――さる武家から縁談を持ちかけられました。側室ではありますが……家格はそれなりです。父上も、母上も喜んでおられました
――これは乱世に生まれし女の役目。我が家もかつては、名のある豪族でした。私が嫁ぐことで、再興の目も見えましょう
……案の定、「役目だ」とか何とか言って、それなりに良い武家の側室になった。
好き嫌いで婚姻を結べるほど、この世は甘くねぇと。おれにも、いずれ「役目」を果たさなきゃならねぇ時が来ると。立派な男として、強く生きろと……
別れ際に、言い聞かせられたことを覚えている。
――「血」からは、逃げられぬということです
「行暁山の鬼」の話をした時も、彼女……お貴は、そう言っていた。
反吐が出るぐらい気高くて、腹が立つくらい美しい女だった。
対し、今のカミさんは口が悪いわ目の前で屁はこくわ……品の欠片もありゃしねぇ。
貧乏足軽は貧乏足軽の家どうし、婚姻も主君の顔を立ててやらなきゃならねぇ。ガキを拵えるのだって同じだ。……おれ達の生き様は、産まれた時から決まっていやがる。
「……どうした? 小兵衛」
「いいや、何でもねぇ。ちなみにその武者、話によりゃかなりの美形だったそうだぜ。衆道の相手にも引く手あまただったとか?」
「えー、興味ねぇなぁ。女のがいい」
「そうかい? おれはツラが良けりゃ男でも構わねぇがな」
もっとも、こんなむさ苦しい貧乏足軽だらけの場じゃ、好みの相手なんざいるわけがねぇ。
どいつもこいつも臭いし汚ぇし、品もなけりゃ頭も悪い。……向こうだって、おれのことを似たように思っていやがるだろう。
「衆道は武士の嗜みっつうけど、おいら達にゃ縁遠い話だしなぁ……小姓になるにせよ小姓を持つにせよ、遠い世界の話さね」
別の足軽がぼやく。
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「おい、おい! とっとと支度しろ! 敵襲だ!」
「はぁ……!? そんな報せ、どこにも……!」
「それが来てんだよ! 早く武器をとれ!」
狼煙は上がらなかった。
……が、山を挟んで逆方向に、本隊が陣を構えているのはおれも知っている。
松明の光が見当たらない時点で、気付くべきだった。
本隊はおれ達雑兵を囮にして、敵の背後を突くつもりでいやがる――!
「……糞ったれが……!」
槍を手にし、おれは精一杯の鬨の声を上げる。
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