【R18】刹鬼譚 幽世修羅道奇譚 ― 堕ちた武者の誓い ―

譚月遊生季

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序章 鬼の棲む処

第六話 呪われた武者

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「はぁ……っ、ハァ……ッ」

 爪は虚空こくうを切り裂き、刹鬼の表情に確かな恐怖と焦燥が宿る。
 ……敵を斬った手応えはなさそうだ。

「おい、何してやがる。何もいねぇぞ」

 おれの言葉に、刹鬼は息を乱しながら苦しげに訴えてくる。

「しかし……居るのだ……! 悪鬼が其処そこに……!」
「あぁ?」

 そこまで言うなら仕方がねぇ。目を凝らしてよく見てやるか。……と、思ったが、やっぱり何もねぇ。
 こちらの五感を撹乱かくらんする化生だって存在はするだろうが、おれの方もそれなりに場数を踏んでいる。ここまで何も感じねぇのなら、その線は薄いだろう。

「どこだよ。おれには何も――」

 その瞬間。
 黒い爪が、おれの間合いに入ってくるのが見えた。

「……おっと」

 骨の腕で、難なく弾き返す。
 おれだって数多の魂を喰った化け物だ。こんな錯乱した攻撃、簡単に見切れる。刀ほど硬くも鋭くもねぇしな。

「どうしたよ。鬼の血が騒いだか?」

 軽口混じりに問うて……思わず、その瞳の悲痛さに息を飲んだ。

「……来るな……」

 じりじりと後退ずさる足。
 ひゅうひゅうと漏れる呼息は、悲鳴のようにも聞こえた。

「あ……ァア……」

 おれを見る目が大きく見開かれ、黒々とした涙を零す。……明らかに、様子がおかしい。

「……おい」

 おれが再び声をかけた、その時だった。
 刹鬼の黒い爪が、ためらいもなく刹鬼自身の喉を突き破ったのは――

「……ッ!? 馬鹿野郎ッ! 何してやがる!」

 思わず駆け寄り、倒れかけた身体を支える。
 貫かれた喉の傷は、だらだらと鮮血を溢れさせてはいるが、ゆっくりと塞がっていくのが見て取れた。

「ぅ……ウゥ……」

 食いしばった歯の隙間から漏れる呻き声は、明らかに正気を失っている。
 ……ああ、こいつは、昔のままだ。
 おれがまだ、貧乏足軽せいじゃだった頃に出会った「鬼」のままだ。

 狂った化生のくせをして、放っておけねぇ悲痛さを纏っていやがる。

「いったん引っ込むぞ」

 背負おうとすると抵抗してきたので、仕方なしに殴って気絶させる。暴れる力は強かったが、おれだって力には自信がある。血を流した後の相手に負けるほど、落ちぶれちゃいねぇ。
 ……もっとも、こいつが狂っていなきゃ――見た目通りの切れ者だったなら、相当な強敵だっただろうがな。



 ***

 

 「誰かいるか! 診てやってくれ!」

 社務所に刹鬼を担ぎこみ、声を張り上げる。
 確か、ここには蛇神に使える巫覡ふげきがいたはずだ。
 はそのまんま巫女で、げきは男の巫女のことらしい。

「はいはい、どうしたんです?」
「……刹鬼さんに何かあったんですか?」

 ちょうど手が空いていたのか、巫と覡がそれぞれ一人ずつ現れる。
 ……男の巫女を覡っていうのはここに来て初めて知った。そもそも、男の巫女なんているんだな。

「突然悪鬼が居るって言い出して、終いにゃ自分の喉をぶっ刺しやがった。よっぽど錯乱してるみてぇだ」
「……あー、いつものですかぁ……」
「初日から災難でしたね、髑髏さん……」

 巫覡は顔を見合わせ、二人ともが困ったように眉根を下げる。

 おい、なんだよ「いつもの」って。
 ……錯乱して自害するのが、いつも通りだってのか?

「刹鬼さん、不死身なので……いやまあ、痛くはあると思いますけど……怪我の方はすぐ治りますし、心配しなくて大丈夫ですよ」

 覡の方がそう言ってくるが、冗談じゃねぇ。思わず声を荒げちまった。

「そういう問題じゃねぇだろ!」

 他に仕事をしていた巫覡たちも、一斉にこっちを見てきやがる。
 ……ああ、糞ったれ。何やってんだ。
 おれが感情的になったって、なんの意味もねぇのによ。

「……そうですよね。自害しちゃうこと自体が、心配ですよね」

 巫女の方が、なだめるように声をかけてくる。

「でも……仕方ないんです。あたし達にはどうしようもないんですよ。刹鬼さんの心は壊れてしまってます。呪いに蝕まれて、死ぬこともできなくて……とっくに、おかしくなっちゃってるんです……」

 おかしくなっちまってるのなんて、見りゃわかる。
 呪いで鬼になっちまったってのは、おれだって知ってたことだ。
 ……それでも、に落ちねぇことがある。

 あの、怯えた顔は……なんだ?
「悪鬼が居る」ってのは、どういう意味だ?

 こいつが受けたのは、肉体を変質させるだけの呪いじゃねぇってことか……?
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