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序章 鬼の棲む処
第六話 呪われた武者
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「はぁ……っ、ハァ……ッ」
爪は虚空を切り裂き、刹鬼の表情に確かな恐怖と焦燥が宿る。
……敵を斬った手応えはなさそうだ。
「おい、何してやがる。何もいねぇぞ」
おれの言葉に、刹鬼は息を乱しながら苦しげに訴えてくる。
「しかし……居るのだ……! 悪鬼が其処に……!」
「あぁ?」
そこまで言うなら仕方がねぇ。目を凝らしてよく見てやるか。……と、思ったが、やっぱり何もねぇ。
こちらの五感を撹乱する化生だって存在はするだろうが、おれの方もそれなりに場数を踏んでいる。ここまで何も感じねぇのなら、その線は薄いだろう。
「どこだよ。おれには何も――」
その瞬間。
黒い爪が、おれの間合いに入ってくるのが見えた。
「……おっと」
骨の腕で、難なく弾き返す。
おれだって数多の魂を喰った化け物だ。こんな錯乱した攻撃、簡単に見切れる。刀ほど硬くも鋭くもねぇしな。
「どうしたよ。鬼の血が騒いだか?」
軽口混じりに問うて……思わず、その瞳の悲痛さに息を飲んだ。
「……来るな……」
じりじりと後退る足。
ひゅうひゅうと漏れる呼息は、悲鳴のようにも聞こえた。
「あ……ァア……」
おれを見る目が大きく見開かれ、黒々とした涙を零す。……明らかに、様子がおかしい。
「……おい」
おれが再び声をかけた、その時だった。
刹鬼の黒い爪が、ためらいもなく刹鬼自身の喉を突き破ったのは――
「……ッ!? 馬鹿野郎ッ! 何してやがる!」
思わず駆け寄り、倒れかけた身体を支える。
貫かれた喉の傷は、だらだらと鮮血を溢れさせてはいるが、ゆっくりと塞がっていくのが見て取れた。
「ぅ……ウゥ……」
食いしばった歯の隙間から漏れる呻き声は、明らかに正気を失っている。
……ああ、こいつは、昔のままだ。
おれがまだ、貧乏足軽だった頃に出会った「鬼」のままだ。
狂った化生のくせをして、放っておけねぇ悲痛さを纏っていやがる。
「いったん引っ込むぞ」
背負おうとすると抵抗してきたので、仕方なしに殴って気絶させる。暴れる力は強かったが、おれだって力には自信がある。血を流した後の相手に負けるほど、落ちぶれちゃいねぇ。
……もっとも、こいつが狂っていなきゃ――見た目通りの切れ者だったなら、相当な強敵だっただろうがな。
***
「誰かいるか! 診てやってくれ!」
社務所に刹鬼を担ぎこみ、声を張り上げる。
確か、ここには蛇神に使える巫覡がいたはずだ。
巫はそのまんま巫女で、覡は男の巫女のことらしい。
「はいはい、どうしたんです?」
「……刹鬼さんに何かあったんですか?」
ちょうど手が空いていたのか、巫と覡がそれぞれ一人ずつ現れる。
……男の巫女を覡っていうのはここに来て初めて知った。そもそも、男の巫女なんているんだな。
「突然悪鬼が居るって言い出して、終いにゃ自分の喉をぶっ刺しやがった。よっぽど錯乱してるみてぇだ」
「……あー、いつものですかぁ……」
「初日から災難でしたね、髑髏さん……」
巫覡は顔を見合わせ、二人ともが困ったように眉根を下げる。
おい、なんだよ「いつもの」って。
……錯乱して自害するのが、いつも通りだってのか?
「刹鬼さん、不死身なので……いやまあ、痛くはあると思いますけど……怪我の方はすぐ治りますし、心配しなくて大丈夫ですよ」
覡の方がそう言ってくるが、冗談じゃねぇ。思わず声を荒げちまった。
「そういう問題じゃねぇだろ!」
他に仕事をしていた巫覡たちも、一斉にこっちを見てきやがる。
……ああ、糞ったれ。何やってんだ。
おれが感情的になったって、なんの意味もねぇのによ。
「……そうですよね。自害しちゃうこと自体が、心配ですよね」
巫女の方が、宥めるように声をかけてくる。
「でも……仕方ないんです。あたし達にはどうしようもないんですよ。刹鬼さんの心は壊れてしまってます。呪いに蝕まれて、死ぬこともできなくて……とっくに、おかしくなっちゃってるんです……」
おかしくなっちまってるのなんて、見りゃわかる。
呪いで鬼になっちまったってのは、おれだって知ってたことだ。
……それでも、腑に落ちねぇことがある。
あの、怯えた顔は……なんだ?
「悪鬼が居る」ってのは、どういう意味だ?
こいつが受けたのは、肉体を変質させるだけの呪いじゃねぇってことか……?
爪は虚空を切り裂き、刹鬼の表情に確かな恐怖と焦燥が宿る。
……敵を斬った手応えはなさそうだ。
「おい、何してやがる。何もいねぇぞ」
おれの言葉に、刹鬼は息を乱しながら苦しげに訴えてくる。
「しかし……居るのだ……! 悪鬼が其処に……!」
「あぁ?」
そこまで言うなら仕方がねぇ。目を凝らしてよく見てやるか。……と、思ったが、やっぱり何もねぇ。
こちらの五感を撹乱する化生だって存在はするだろうが、おれの方もそれなりに場数を踏んでいる。ここまで何も感じねぇのなら、その線は薄いだろう。
「どこだよ。おれには何も――」
その瞬間。
黒い爪が、おれの間合いに入ってくるのが見えた。
「……おっと」
骨の腕で、難なく弾き返す。
おれだって数多の魂を喰った化け物だ。こんな錯乱した攻撃、簡単に見切れる。刀ほど硬くも鋭くもねぇしな。
「どうしたよ。鬼の血が騒いだか?」
軽口混じりに問うて……思わず、その瞳の悲痛さに息を飲んだ。
「……来るな……」
じりじりと後退る足。
ひゅうひゅうと漏れる呼息は、悲鳴のようにも聞こえた。
「あ……ァア……」
おれを見る目が大きく見開かれ、黒々とした涙を零す。……明らかに、様子がおかしい。
「……おい」
おれが再び声をかけた、その時だった。
刹鬼の黒い爪が、ためらいもなく刹鬼自身の喉を突き破ったのは――
「……ッ!? 馬鹿野郎ッ! 何してやがる!」
思わず駆け寄り、倒れかけた身体を支える。
貫かれた喉の傷は、だらだらと鮮血を溢れさせてはいるが、ゆっくりと塞がっていくのが見て取れた。
「ぅ……ウゥ……」
食いしばった歯の隙間から漏れる呻き声は、明らかに正気を失っている。
……ああ、こいつは、昔のままだ。
おれがまだ、貧乏足軽だった頃に出会った「鬼」のままだ。
狂った化生のくせをして、放っておけねぇ悲痛さを纏っていやがる。
「いったん引っ込むぞ」
背負おうとすると抵抗してきたので、仕方なしに殴って気絶させる。暴れる力は強かったが、おれだって力には自信がある。血を流した後の相手に負けるほど、落ちぶれちゃいねぇ。
……もっとも、こいつが狂っていなきゃ――見た目通りの切れ者だったなら、相当な強敵だっただろうがな。
***
「誰かいるか! 診てやってくれ!」
社務所に刹鬼を担ぎこみ、声を張り上げる。
確か、ここには蛇神に使える巫覡がいたはずだ。
巫はそのまんま巫女で、覡は男の巫女のことらしい。
「はいはい、どうしたんです?」
「……刹鬼さんに何かあったんですか?」
ちょうど手が空いていたのか、巫と覡がそれぞれ一人ずつ現れる。
……男の巫女を覡っていうのはここに来て初めて知った。そもそも、男の巫女なんているんだな。
「突然悪鬼が居るって言い出して、終いにゃ自分の喉をぶっ刺しやがった。よっぽど錯乱してるみてぇだ」
「……あー、いつものですかぁ……」
「初日から災難でしたね、髑髏さん……」
巫覡は顔を見合わせ、二人ともが困ったように眉根を下げる。
おい、なんだよ「いつもの」って。
……錯乱して自害するのが、いつも通りだってのか?
「刹鬼さん、不死身なので……いやまあ、痛くはあると思いますけど……怪我の方はすぐ治りますし、心配しなくて大丈夫ですよ」
覡の方がそう言ってくるが、冗談じゃねぇ。思わず声を荒げちまった。
「そういう問題じゃねぇだろ!」
他に仕事をしていた巫覡たちも、一斉にこっちを見てきやがる。
……ああ、糞ったれ。何やってんだ。
おれが感情的になったって、なんの意味もねぇのによ。
「……そうですよね。自害しちゃうこと自体が、心配ですよね」
巫女の方が、宥めるように声をかけてくる。
「でも……仕方ないんです。あたし達にはどうしようもないんですよ。刹鬼さんの心は壊れてしまってます。呪いに蝕まれて、死ぬこともできなくて……とっくに、おかしくなっちゃってるんです……」
おかしくなっちまってるのなんて、見りゃわかる。
呪いで鬼になっちまったってのは、おれだって知ってたことだ。
……それでも、腑に落ちねぇことがある。
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こいつが受けたのは、肉体を変質させるだけの呪いじゃねぇってことか……?
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