そして悪魔も夢を見る

譚月遊生季

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第1章 欲望と大罪

14. 愚者

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「やっぱり、あなただったのね。テレーズ・マーモット」

 凛とした声音が、屋根の上から響く。

「うっそ! 隠れてたのに!?」

 拍子ひょうし抜けするほど明るい声が、呼応するように響いた。

「あちゃー。バレちゃったんなら仕方ないか。でもさ、銃使いのあんたがアタシの前に立っちゃっていいわけ?」

 ポキポキと骨を鳴らす音を響かせ、テレーズと呼ばれた女は明るく、ハキハキとした口調を崩さない。

「わたしは近接戦闘も可能よ。あなたが知らなかっただけ」
「はぁ? 何それズルくない!? 良いなぁ良いなぁ! アタシも銃とかカッコよく使ってみたーい!」

 淡白な声と明朗な声が言い合っていたかと思えば……
 重い、肉を潰すような音が辺りにこだまする。

 ドスッ、ガスッと、その明るい声に似つかわしくない音が、二度三度と辺りに反響する。
 そこで、リチャードは手を掴んでいた男性の様子を見た。

「……ッ、アイリスさん……」

 固唾かたずを飲む彼が、自らの死よりも勝負の行く末を見届けることを選んだと判断し、リチャードはその手から銃を掠めとる。

「あっ」
「ごめんな、これ、護身用に使うから」

 そのまま、アイリス達の姿が見えそうな位置へと移動を始めた。戦闘に参加するつもりはないし、自分が戦ったところで足でまといにしかならないとは理解している。
 あくまで、経過を観察し、より適切に動くための移動だ。

「ま、アタシは『これ』が得意だから……これからもブン殴ってぶっ殺すんだけどさぁ」

 楽しそうな女の声は、相変わらず「処刑」や「殺し合い」の場に似合わない軽さを持っていた。

「人工骨格は簡単に砕けないし、人工皮膚は、後からいくらでも継ぎ足しできるのよ。……人間と違ってね」

 対峙するアイリスの声も、相変わらず淡々としていて、冷静だ。

「すぐに忘れるのは、あなたの悪い癖だわ」
「なっ……! なんでアタシがバカだって分かっちゃってるのさぁ! まだそんなに会ったことないのにっ!!」
「……バカだって自覚はあるようで何よりよ」
「言ったなぁ!!」

 轟音が鳴り響き、廃墟の屋根がみしりと軋む。
 リチャードの胸ポケットの中で、端末が着信を知らせる。画面を覗くと、セドリックから「まだ辿り着きそうにない」とのメッセージが届いていた。

 リチャードは見よう見まねで指を滑らせ、了解のむねを伝える。
 胸ポケットに端末をしまい直し、アイリスの姿が見える位置に辿り着くと、短い茶髪の女性がグローブで銃撃を防いでいるのが目に入った。

「えっ、マジ? これ一人も殺させてくれない感じ? やだぁー! またフランシスに煽られるしケビンに嫌味言われるー!!」
「……この感じなら、大丈夫そうだけどな……」

 リチャードがぼやいたのも束の間、テレーズの拳が空を切り、コンクリート造りの建物にみしりとめり込んだ。

「……ちぇっ、また避けられた」
「……まずいわね」

 テレーズはアイリスに狙いを定めていたため「外した」と認識しているが、建物に攻撃を加えられるのはまずい。テレーズのグローブにはおそらく仕掛けが施されているし、そもそも避難先の建物は耐久性の怪しい廃墟だ。……倒壊してしまえば、避難しているフリー達にも犠牲が出かねない。
 かと言って建物の外に避難誘導した場合、他の「処刑人」が追いついた時に守りにくくなってしまう。

 つまり、アイリスはある程度テレーズの攻撃をかわすのではなく受け止めながら、応戦しなくてはならないのだ。

 テレーズは鍛えられた小柄な肉体を駆使し、ぴょんぴょんと身軽に移動する。下手に狙撃を狙えば、流れ弾や跳弾ちょうだんが守るべき民を傷つけないとは限らない。……テレーズはアイリスと戦闘面において相性はいいが、状況においてはこれ以上ないくらい厄介な相手と言えた。

「……そうか。わざわざ目の前に出たのは、場所を移させたかったからか……」

 リチャードはアイリスの思惑に勘づくが、テレーズは場所を移動しようとしない。
 浅慮せんりょなように見えて頭が回っているのか、それとも別の理由なのか、リチャードにはまだ判別がつかない。

「このままここで戦っていると、足場が崩れるわ。それで不利なのはあなたの方じゃない?」
「えっ、そうなの!? でもでも、フランシスが『敵が何かやりたがってる時は嫌がることやった方がいい』みたいなこと言ってたしぃ!!」
「……そう」

 アイリスはちらりと足場を確認し、テレーズに足払いを仕掛ける。

「おっとぉお!?」

 テレーズはバランスを崩しながらも、ひょいっと後方に宙返りをして避ける。
 そこにアイリスの銃撃が何発か襲いかかるが、テレーズの纏ったベストが全てを跳ね返した。

「……また、防弾の精度が上がったようね」
「弁償になったら高くつくんだって、コレ」
「聞いてないわよ」

 防護ベストによる跳弾の計算までは、アイリスに搭載されたAIでも難しいのだろう。やりにくそうな様子が遠目でも伝わってくる。
 ……何より、アイリスは感情を持っている。彼女が「無駄な機能」と称した「人間の感情」が、恐れや迷いに繋がっているのだ。

「……せめて、戦闘の場所を移せたらな……」

 セドリックからの連絡に目を通すが、「ロビンが苦戦しているらしい」との情報と共に、「整備中に無理やり動かしたから車の調子が悪い」という泣き言が表示されている。

 ……増援はまだ見込めない。
 と、するなら……

「アイリス! 頼む、移動しないでくれ! ここに居てもらわなきゃ困る!!」

 リチャードは声を張り上げ、屋根の上にいるアイリス……正確には「アイリスの嫌がることをやれと仲間から言われているテレーズ」に伝わるよう叫んだ。

「……! わかったわ」
「えっ、えっ、移動したくないの? じゃあアタシは移動した方が……ああ、もう、フランシスぅ! アタシ一人じゃ分かんないって言ったじゃん!!」

 目を白黒させ、テレーズは露骨に動揺を見せる。

「 『たくさん殺すだけならバカでもできる』ってウソばっか言ってさぁ!!」
「それで? どうするの? このまま動かないでもらえると有難いのだけど」
「ええっとー動かないでもらえると有難くてぇ……でもわざわざ言ってくるってのは怪しくて……」
「別に、移動したって構わないのよ。……わざわざ追いかけたくもないけれど」
「えっ、これどっちぃ!?」

 リチャードとアイリスの言葉に、テレーズは完全に惑わされた。動こうにも正解がわからず、次第に防戦一方になっていく。

「なんで仕事の邪魔するのさぁ! ちょっと『要処置者』の数減らすだけなのに……」
「……話が噛み合いそうにないから、ノーコメントでお願いするわ」

 アイリスは呆れたようにぼやきながらも、鋭い蹴りと手首に隠したナイフでテレーズを追い詰める。

「あーあ。スティーブにお土産持って帰らなきゃなのになぁ」
「……お土産?」
「そそ、新入りのコのために、先輩としては頑張らなきゃじゃん?」

 テレーズは窮地にもかかわらず気の良さそうな笑みを浮かべ、アイリスに向かってずいっと身を乗り出した。

「だからお願いっ! 2~3!」

 唖然とするリチャードを他所に、アイリスの鋭い蹴りが炸裂する。

「ふざけないで」

 その声は、間違いなく怒りに燃えていた。
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