【完結済】蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―

譚月遊生季

文字の大きさ
19 / 56
第三巡 業ノ章 ― 地獄道 ―

第十六話 錯綜

しおりを挟む
 はっと目を覚まし、身体を起こす。
 視界は冴え渡り、どこにも鬼の姿は見当たらない。「犬上」。うちの学校にも、そんな名前の子がいた気がする……けど……今は、よく思い出せない。
 ぐるりと見渡すと、私はまた、伽藍堂がらんどうの本殿の中にいるらしかった。眷属に囲まれ、静かに座す蛇神の姿が目に入る。

「お前さま、どうしたのじゃ」

 優美に微笑む「彼女」。……その姿は、救いの女神のようにも、破滅へ導く悪魔のようにも見えた。

「……何が目的なの」

 信じたい気持ちと、不気味な状況への不信感が同時に膨らむ。
 真剣に問う私に対し、蛇神はふっと目をそらした。

「それは……」

 ただ一言。
 私をここに置く理由を、ただ一言でも話してくれれば、この不安も多少はマシになるはずなのに。現実か幻想なのかも曖昧な「夢」について教えてくれれば、絡みつくような恐怖も少しは消えてくれるかもしれないのに。
 どうして、話してくれないの? ……それとも、答えられないの?

「……違うのじゃ。妾は……妾は、ただ……」

 歯切れの悪い弁解が、消え入るようにこぼれ落ちる。
 どうにも、要領を得ない。

「それなら、私を家に帰してよ。……母親の実家じゃなくて、神奈川県陽岬ひのみさき市の――」

 すべてを言い切る前に、蛇神はぴしゃりと言いきった。
 
「それは、できぬ」

 どうして。そう反駁はんばくする暇もなく、蛇神は、ゆっくりと首を左右に振った。

「すまぬが……今の妾には、お前さまを親元に帰すことも、納得のいくこたえを与えてやることもできぬのじゃ」

 何、それ。
 ……じゃあ、どう信じろっていうの?

 私はあなたのことなんて、何も知らないのに。

「……探索は、許してくれるんだよね?」
「もちろんじゃ! ……ただ……」
「宮寺には近づくな、社の住人に深入りするな、渡した『お守り』を持っておけ。……でしょ」
「……その通りじゃ」

 私の言葉にとげを感じたのか、蛇神はぐっと押し黙る。
 ……その姿はまるで、どうすればいいのか分からずに途方に暮れているように見えて――少しだけ、胸がちくりと痛んだ。

「ねぇ、そんなに言うなら、教えてよ。あなたのこと」

 そう声をかけると、蛇神はわずかに身じろぎ、朱色の瞳をおそるおそる私に向ける。

「わ……わらわは……」

 震える声は、「神」と呼ぶにはあまりにももろくて、頼りなくて……
 黙って耳を傾けようと、姿勢を正す。……その瞬間。

「蛇神さまー!!」

 巫女……おりんさんの、はつらつとした声が響いた。

「あれ? どうしたんです?」

 襖を開け、おりんさんは、きょとんと首を捻る。

「……おりんか。すまぬが、今は話の途中じゃ。後にしてくれぬか」
「ははあ……蛇神さまなりに、とかあるんですねぇ」
「その言い方は止さぬか……!」

 おりんさんの言葉に、蛇神はただでさえ青白い顔をさらに蒼白にする。
 罪悪感。
 ……それって、どういうこと?
 何か、後ろめたいことでもあるの?

「まあいいんですけど。刹鬼さん、なんだか落ち込んでましたよ。『鍛錬が足りぬ……』とかぼやいてたし、髑髏さんの励ましにも上の空だし……また、一人で修業でも始めちゃうんじゃ? ほら、前も庭巡りとかしてましたし……」

 修業……庭巡り……もしかして、大木の洞の中に入ってどうにかしようってことかな。
 確かに、あの「魂を映す庭」を使えばできそうな気はする。

「むむ……。それは困るな。髑髏でも励ませぬとなれば、よほど自分を責めておるのじゃろう……」

 蛇神は眉をひそめ、私の方へと向き直る。

「重ね重ね、本当にすまぬが――後で、必ずすべてを話す。……今はどうか、こらえてくれぬか」

 朱い瞳は、真摯な光をたたえている。 
 どれほど納得できなくても、今は、頷くしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...