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第三巡 業ノ章 ― 地獄道 ―
第十七話 巫女
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蛇神が去り、その場には私とおりんさんだけが残される。
おりんさんは一言「……よし!」と言うと、私に手を差し出した。
「行こ! あたしは味方だからね!」
緋袴に、手を差し出す少女。……「味方」という言葉。
……もしかして、あのおぼろげな「記憶」は、おりんさんに関係しているの?
足元で、眷属の子蛇が心配そうに私たちを見上げている。おりんさんは「心配しなくていいよー。この中で待っときな~」なんて言いながら、子蛇たちを手早く衣装箱の中に誘導し、ひらひらと手を振りながら蓋を閉じてしまった。
「あの人……あの神さまについては、あたしが話すよ」
おりんさんはそう言うと、私の手を引いて廊下の方に引っ張っていく。
「連れていきたいところもあるしね!」
快活に笑う表情からは、何の曇りも感じられない。
……何かを心から信じ、頼りにしている人の顔だ。
「うん……分かった」
蛇達が隠れた衣装箱から、りん、りんと音が鳴る。
……あれ、鈴。一緒に中に入れちゃったのかな……?
「ほらほら、早く早く!」
「え、でも」
「良いから! 積もる話もあるしさ!」
おりんさんはそう言って、襖をぱたんと閉めてしまう。
断りきれないまま、手を引かれて駆け出すしかなかった。
***
少し走ったところで、おりんさんははたと足を止め、くるりと私の方を振り返った。
「……よし! ここにしよう!」
何が? どういうこと?
なんて私の疑問を見透かしたのか、おりんさんはにっこりと笑って問うてくる。
「蛇神さまのこと、知りたいんだよね? ここなら、大丈夫だよ」
……なるほどね。
子蛇ちゃん達を置いて行ったのは、やっぱりわざとだったんだ。
「蛇神さまはねぇ、決して悪神ではないんだよ。……ただ、力が足りないの」
悪神ではない。
その言葉に、どこかほっとしてしまう私がいた。
信じられない、不気味だと思いながらも、私は蛇神に期待してしまっていたんだろう。
……向けられた優しさを、真実だと思いたかったんだ。
「力が、足りないって言うのは……?」
「土地神は、信仰が尽きれば途端に弱っちゃうからね。……幸い、蛇神さまはかつて人柱に捧げられたり口減らしにあった子たちを拾って巫覡として雇ってるから、それなりの力は担保されてるんだけど」
社務所で働いている人たち、そんな事情があったんだ。性別に縛りがないのも、みんなが等しく巫覡で「神主」がいないのも、そういうことなのかな。
確かに、捨てられたところを助けられたら、感謝もするし働こうとも思うかも……。
「……感謝の気持ちが信仰に……って、ことだね」
「そうそう。大半の巫覡は蛇神さまに感謝してるよ。本来は子供のころに死ぬしかなかったあたし達が、少なくとも大人になることはできたんだ。……もちろん、医者にも行けないし食糧だってたかが知れてるから、さすがに長生きするには難しかったけどね」
寂しそうに笑うおりんさん。
……そもそも、昔の農村の平均寿命は30歳から40歳だと聞いたことがある。若くして亡くなるのが、当たり前の時代があったんだ。
思えば、髑髏も刹鬼も、見た目はそれなりに若く見えた。「鬼」になってしまった刹鬼は例外にしても、髑髏も若くして戦死してしまった「亡者」なんだ。
「まあ、でも……看取ってくれたのは、やっぱり嬉しかったよ」
でも、それは……逆に言えば、蛇神はずっと、見送ってきたってことじゃないのかな。
……どんな想いで、「神」で在り続けて来たのだろう。
きっと、私には想像もつかないほどの時間と、想像もつかないほどの想いが、そこにはあったはずだ。
……。やめよう。あまり、肩入れしすぎるのは良くない。まだ、わかっていないことだって、たくさんあるんだから。……冷静になれ、秤。
「それで……『それなりの力』って、どれくらい?」
あえて、話題を変えてみる。
この世界について、この社について、情報を集めておかないと。
「少なくとも、この社の中――『神域』では最強だよ。誰も勝てないし、誰も逆らえない」
逆に言えば、土地神とはいえ、「最強」でいられる場所は限られている……ってことかな。
で、この社の中が、権能を最も発揮できると……。
「でも、蛇神さまは自分の力じゃ到底及ばないことをしようとしてる」
その瞬間。
いつも朗らかなおりんさんの声が、明らかにトーンを落とした。
「な……何を、しようとしてるの?」
「犬首村を、救おうとしてるんだよ」
救おうとしてる。
これ以上ないほど前向きな言葉だ。……それなのに、おりんさんの表情は沈んでいる。
「犬首村は『蛇神さまが喰らってしまった』――なんて言われているけれど、真相はもっと救いがない。……土砂災害に巻き込まれちゃったんだよ」
「……! あの村の様子……!」
柱がひしゃげた家屋。屋根が潰れた家屋。砂と泥に埋まり、原型を留めていない家屋……
あれは、土砂に飲み込まれた後だったんだ。
「生き残った人たちも村から避難する術がなくて……あえなく滅びちゃった。……時代も時代だったからね。救助も難しかったんだ」
道が塞がれてしまえば、街へ出るのも、助けを呼ぶことさえ難しくなる。
もし、土砂災害の理由が大雨だったのなら、なおさらだ。
「蛇神さまは、自分の無力を嘆いた。……土地神としての至らなさを嘆いた。だから……自分を信仰してくれたあの村を、復活させようと躍起になってるの」
おりんさんの語る「蛇神さま」の姿は、私が見てきた姿と矛盾しない。
……けれど、なぜだろう。何かが引っかかる。なんだろう、この、胸につっかえる違和感……。
曰く。
「犬首村」の因習が廃れた結果、血に飢えた土地神がすべてを喰らいつくしてしまった──
この話。土砂災害が神の仕業とされてしまったのは誤りだとしても。
信仰は、「廃れていた」んじゃなかったの……?
おりんさんは一言「……よし!」と言うと、私に手を差し出した。
「行こ! あたしは味方だからね!」
緋袴に、手を差し出す少女。……「味方」という言葉。
……もしかして、あのおぼろげな「記憶」は、おりんさんに関係しているの?
足元で、眷属の子蛇が心配そうに私たちを見上げている。おりんさんは「心配しなくていいよー。この中で待っときな~」なんて言いながら、子蛇たちを手早く衣装箱の中に誘導し、ひらひらと手を振りながら蓋を閉じてしまった。
「あの人……あの神さまについては、あたしが話すよ」
おりんさんはそう言うと、私の手を引いて廊下の方に引っ張っていく。
「連れていきたいところもあるしね!」
快活に笑う表情からは、何の曇りも感じられない。
……何かを心から信じ、頼りにしている人の顔だ。
「うん……分かった」
蛇達が隠れた衣装箱から、りん、りんと音が鳴る。
……あれ、鈴。一緒に中に入れちゃったのかな……?
「ほらほら、早く早く!」
「え、でも」
「良いから! 積もる話もあるしさ!」
おりんさんはそう言って、襖をぱたんと閉めてしまう。
断りきれないまま、手を引かれて駆け出すしかなかった。
***
少し走ったところで、おりんさんははたと足を止め、くるりと私の方を振り返った。
「……よし! ここにしよう!」
何が? どういうこと?
なんて私の疑問を見透かしたのか、おりんさんはにっこりと笑って問うてくる。
「蛇神さまのこと、知りたいんだよね? ここなら、大丈夫だよ」
……なるほどね。
子蛇ちゃん達を置いて行ったのは、やっぱりわざとだったんだ。
「蛇神さまはねぇ、決して悪神ではないんだよ。……ただ、力が足りないの」
悪神ではない。
その言葉に、どこかほっとしてしまう私がいた。
信じられない、不気味だと思いながらも、私は蛇神に期待してしまっていたんだろう。
……向けられた優しさを、真実だと思いたかったんだ。
「力が、足りないって言うのは……?」
「土地神は、信仰が尽きれば途端に弱っちゃうからね。……幸い、蛇神さまはかつて人柱に捧げられたり口減らしにあった子たちを拾って巫覡として雇ってるから、それなりの力は担保されてるんだけど」
社務所で働いている人たち、そんな事情があったんだ。性別に縛りがないのも、みんなが等しく巫覡で「神主」がいないのも、そういうことなのかな。
確かに、捨てられたところを助けられたら、感謝もするし働こうとも思うかも……。
「……感謝の気持ちが信仰に……って、ことだね」
「そうそう。大半の巫覡は蛇神さまに感謝してるよ。本来は子供のころに死ぬしかなかったあたし達が、少なくとも大人になることはできたんだ。……もちろん、医者にも行けないし食糧だってたかが知れてるから、さすがに長生きするには難しかったけどね」
寂しそうに笑うおりんさん。
……そもそも、昔の農村の平均寿命は30歳から40歳だと聞いたことがある。若くして亡くなるのが、当たり前の時代があったんだ。
思えば、髑髏も刹鬼も、見た目はそれなりに若く見えた。「鬼」になってしまった刹鬼は例外にしても、髑髏も若くして戦死してしまった「亡者」なんだ。
「まあ、でも……看取ってくれたのは、やっぱり嬉しかったよ」
でも、それは……逆に言えば、蛇神はずっと、見送ってきたってことじゃないのかな。
……どんな想いで、「神」で在り続けて来たのだろう。
きっと、私には想像もつかないほどの時間と、想像もつかないほどの想いが、そこにはあったはずだ。
……。やめよう。あまり、肩入れしすぎるのは良くない。まだ、わかっていないことだって、たくさんあるんだから。……冷静になれ、秤。
「それで……『それなりの力』って、どれくらい?」
あえて、話題を変えてみる。
この世界について、この社について、情報を集めておかないと。
「少なくとも、この社の中――『神域』では最強だよ。誰も勝てないし、誰も逆らえない」
逆に言えば、土地神とはいえ、「最強」でいられる場所は限られている……ってことかな。
で、この社の中が、権能を最も発揮できると……。
「でも、蛇神さまは自分の力じゃ到底及ばないことをしようとしてる」
その瞬間。
いつも朗らかなおりんさんの声が、明らかにトーンを落とした。
「な……何を、しようとしてるの?」
「犬首村を、救おうとしてるんだよ」
救おうとしてる。
これ以上ないほど前向きな言葉だ。……それなのに、おりんさんの表情は沈んでいる。
「犬首村は『蛇神さまが喰らってしまった』――なんて言われているけれど、真相はもっと救いがない。……土砂災害に巻き込まれちゃったんだよ」
「……! あの村の様子……!」
柱がひしゃげた家屋。屋根が潰れた家屋。砂と泥に埋まり、原型を留めていない家屋……
あれは、土砂に飲み込まれた後だったんだ。
「生き残った人たちも村から避難する術がなくて……あえなく滅びちゃった。……時代も時代だったからね。救助も難しかったんだ」
道が塞がれてしまえば、街へ出るのも、助けを呼ぶことさえ難しくなる。
もし、土砂災害の理由が大雨だったのなら、なおさらだ。
「蛇神さまは、自分の無力を嘆いた。……土地神としての至らなさを嘆いた。だから……自分を信仰してくれたあの村を、復活させようと躍起になってるの」
おりんさんの語る「蛇神さま」の姿は、私が見てきた姿と矛盾しない。
……けれど、なぜだろう。何かが引っかかる。なんだろう、この、胸につっかえる違和感……。
曰く。
「犬首村」の因習が廃れた結果、血に飢えた土地神がすべてを喰らいつくしてしまった──
この話。土砂災害が神の仕業とされてしまったのは誤りだとしても。
信仰は、「廃れていた」んじゃなかったの……?
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