【完結済】蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―

譚月遊生季

文字の大きさ
36 / 56
第?巡 縁ノ章 ― 人間道 ―

第三十一話 友

しおりを挟む
「人柱とか口減らしとか、まあ、昔はよくある話だしねぇ」
「むしろ、何かあった時の生贄が人間じゃなく『犬の首』なだけで、結構優しい方じゃ? 昔は人柱だったけど、変わっていったんだろ?」
「それ、そもそも変えてくれたのが蛇神さまだよ。犬上家の領地になった段階で、頑張って働きかけたんだってさ。……狗神いぬがみの供養も兼ねてね」

 普通の村。
 よくある話。
 ……人間が積み重ねてきた悲劇の歴史も、昔は「有り触れたもの」だった。
 それが、「当たり前」の時代があったということだ。

「山の怪異もまあ……髑髏と刹鬼っすからね。話が通じる時点で、ずいぶん穏当っすよね……」
「むしろ、人間に敵意がある『神』だったりすると、怪異がいるよりよっぽど怖いよ。……暮越山くれこしやまの大神みたいに」
「でも、決して『いい村』でもないんだよねぇ。良くも悪くもありがちって言うか、人間ってそんなもんっていうか?」
「それはそう」

 人間ってそんなもん。
 その呟きは、諦めのような、悟りのような――それでいて、「赦し」のような響きをしていた。

「土砂災害とかは、結局のところ運でしかないからね。……蛇神さまは、かなり気にしてたみたいだけど」

 ……今なら、蛇神あのこの立ち尽くす姿が、容易に想像できる。雨に濡れたまま、滅びた村の惨状を見ていることしかできなかった姿が、見てきたかのように浮かぶ。
 どれだけ、「神」としての無力を嘆いたのか。「契り」を守れなかった自分を責めたのか――

「……『朱乃』って、巫女のことは……何か、知ってますか?」

 おそらく、「朱乃」はここにいる巫覡たちと同じような存在――蛇神に救われて仕えていた巫女で、何らかの理由で死後に仕える道でなく輪廻のことわりに戻ることを選んだ……と、私は推測したのだけれど。
 皆の反応はかんばしくなかった。

「……朱乃?」
「知ってる?」
「さあ……」

 もちろん、彼らが歴代の巫覡の名前を覚えていない可能性は十分にある。
 時代が被っていない人の方が大半だろうし……
 と、思っていると。

「あ、鈴の人じゃない? 蛇神さまの友達!」

 おりんさんの言葉が、ざわめきの中で凛と響いた。

「あー……蛇神さまが大切にしてる、お守りの鈴かい?」
「そうそう! 『朱乃という――かけがえのない友からもらったものじゃ』って言ってた気がする」

 かけがえのない「友」。
 「配下」である巫覡たちとは、はっきりと扱いが異なる表現だ。

「あたしからすると、『友情』よりはもっと別の感情に見えたけど……」
「へぇー、そんな人がいたんすか」

 おりんさんと彦五郎さんの話し声が遠くなる。
 鈴を渡してきた時の、蛇神の言葉が、はっきりと脳裏に蘇る。

 ――気に食わんか? 儂にとってはお守りのようなものじゃが……

 凝った意匠いしょうの木箱に、大切に入れられていた鈴。
 あの鈴は、「朱乃」――かつての「私」に、もらったものだったんだ。

 ちりん。
 何かを訴えるように、聞き覚えのある鈴の音が響く。

 そうだ。あの鈴。
 今回の「巡り」では、持ったままなんだ。

 しゅるりと、真っ白な子蛇がそでの隙間から顔を覗かせる。
 どこにいたの? もしかして、隠れていたの? なんて疑問も浮かぶけれど、小さな口にくわえられた鈴が私の視線をさらう。

 ちりん。また、鈴の音が鳴る。
 おもい出して、と、言わんばかりに。

「……その鈴、蛇神さまがだいぶ前から持ってたような……」
「じゃあ、ここじゃなくて、『旧やしろ』の方が良いんじゃねぇ?」
「ええ、あそこは行くの危ないよ……」

 ……「旧社」と聞き、刹鬼の言葉を思い出す。
 程なくして、覡の彦五郎さんも「あ!」と声を上げた。

「あの伝言、そういうことっすか!」

 刹鬼は、どこかで察していたんだろう。
 真実にたどり着くには、「旧社」に行くしかない、と。

「……彦五郎さん。門番の代役、お願いしていい?」
「わかりました! ……あの二人ほどは強くないし、代わりになれるかわからないっすけど……」

 恐縮したように言いつつ、彦五郎さんは少し照れたように頭を掻く。

「……なるべく、早く帰ってきてね」

 ……と、そこで、おりんさんが、珍しく沈んだ声で語りかけてきた。

「た、たぶん大丈夫です! 髑髏も刹鬼も、二人一組でいれば心強いことこの上ないし……」
「そうじゃなくて……」

 おりんさんの表情は、どこか、思い詰めているようにも見えた。

「あたし、最近なんだか怖いの」

 震える声で、言葉が紡がれる。

「……自分が、自分でなくなっちゃいそうな、そんな予感がして……」

 どうしてか。
 揺らぐその瞳の奥に、あの「外法僧正」の影が見えたような気がした。


 
 ***


 
 門番を彦五郎さんに任せ、ボディーガード兼案内役の髑髏と刹鬼を連れて、旧社に向かう。

「……怨嗟が根付いてるっていうけど、悪霊の気配はそんなにしないね」
「そりゃ、おれが喰ったからな」

 けろっとした顔で言う髑髏。
 え、それ、いいの……? と、私が問う前に、刹鬼が答えてくれた。

「悪霊のたぐいは、喰っても構わぬことになっている。……無論、蛇神さまが裁定した後に、ではあるが」
「溢れてもろくなことにゃならねぇからなぁ。まとめて『餓者髑髏』に収まってくれた方が扱いやすいだろうよ」
「……髑髏の。その『餓者髑髏』の魂を鎮めてくださっているのも、蛇神さまぞ」
「わぁってるよ。蛇神様のおかげで制御できてんだ。ちゃあんと感謝してますよ」

 髑髏の口調は軽いけれど、しっかりと蛇神への信頼を感じる。
 刹鬼は言わずもがな、蛇神の「忠臣」であることが疑いようもないくらい、その口ぶりからはっきりと伝わってくる。

「それに、おれの相棒に巡り逢わせてくれたのも蛇神様だしなぁ?」
「……それは、吾も同じ気持ちだが……。……無駄口を叩かず、先へ進むぞ」

 照れたように口をつぐむ刹鬼に、口笛を吹いて「な、可愛いだろ?」となぜか私に向けて得意げにしてくる髑髏。
 仲良しだなぁ。……なんだかちょっと、羨ましいかも。

「油断は禁物きんもつぞ。悪霊の類はほとんどおらずとも、残留思念ざんりゅうしねんは残っておろう」

 刹鬼の言葉に、思わず背筋がピンと伸びる。
 ……そうだね。魂としてはっきりとした形がなくとも、「想い」はそれだけで、強い力に成り得るんだ。
 だからこそ、蛇神は私を匿ってくれた。……それはきっと、滅びた村に残された怨嗟が、それだけ凄まじいということでもある。

 門番二人に守られていたおかげか、道なき道を進んでいたのにもかかわらず、山を登るのは難しくなかった。
 次第に、古びた鳥居が遠目で判別できるようになる。朽ちかけ、色せた鳥居にたどり着くと、心細いくらいの静寂が私たちを包んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...