【完結済】蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―

譚月遊生季

文字の大きさ
49 / 56
最終巡 結ノ章 ― 天道 ―

第四十二話 決戦開始

しおりを挟む
「お前さま」

 宮寺に向かう直前。ましろに呼び止められる。

「わらわは……これより、わらわの為すべきことを為すつもりじゃ。されど……」

 ふっと、朱い瞳が伏せられる。

「村を浄化した『先』に何が起こるかは、分からぬ。それが恐ろしくないといえば、嘘になるのじゃ」

 神にさえ、分からない未来。
 怖いのは当たり前だ。……私だって、本当は怖いんだから。

「大丈夫。……その『先』でも、私はそばにいるから」

 亡者のままでは存在が保てないなら、今度は、以前とは違う覚悟を持って眷属に生まれ変わろう。
 もし、それすら叶わなかったとしても、今度は忘れない。転生したって、覚えていてみせる。もし離れ離れになったって、探し出してみせる。

 もう、ましろに寂しい思いなんかさせない。

「また何か怖いことがあっても、一緒に乗り越えよう」

 今にも崩れ落ちそうな身体を抱き締め、そっと囁く。
 ましろは「……うむ」と柔らかく返事をし、ゆっくりと身体を離した。

「ありがとう、秤」

 大輪の花が咲くような、満面の笑みだった。
 この神域に来て、私は初めて、彼女の心からの笑顔を見た。……ようやく見れた、とさえ思う。

「わらわは、必ずや成し遂げよう。……その時は、お前さま。わらわを、たくさん褒めてくれるか?」
「うん。いっぱい褒める。嫌になるくらい褒める」

 唇にひとつキスをして、背中に回した腕をゆっくりとほどく。
 まだまだ名残惜しいけれど、時間は限られているし、仕方がない。

 本殿に向かうましろの背を見送り、私、髑髏、刹鬼は、数匹の子蛇たちを連れて宮寺へと向かう。

「……もう少しぐらい、欲張っても良かったんじゃねぇか? 舌入れるとか」
「髑髏の、余計なことは言わずとも良い」

 横から夫婦漫才が聞こえてきたので、にやりと笑って言い返しておいた。

「その辺は……頑張ったご褒美ってことで」
「言うねぇ。蛇神様も、良い伴侶を見つけたもんだ」
「……。吾は何も言うまい」
「なんだい? 刹鬼のもご褒美に欲しいってか」
「い、要らぬわ……!」

 
 
 ***



 宮寺に辿り着くと、子蛇ちゃんが一匹、ぴょんと肩に乗ってくる。
 不思議に思っていると、脳内に、具足を着た足元の映像が流れ込んできた。

「……お? 二人の足元が見える……?」

 私の疑問には、刹鬼が答えてくれた。

「秤殿は確か、霊媒師の才があるゆえ……今は、眷属殿の視界が見えておるのでは?」
「はぁー、便利だねぇ。離れた場所にいても、おれ達の様子が分かるってこったろ?」

 髑髏の補足に、なるほど、と頷く。
 この子達はクローンだから、視界の共有ができているってことか。……というか、視界が共有できるから、ましろが遠くの様子を見るのにも役立ってたんだっけ。

「……うん。何かの役に立ちそう! ありがとね」

 子蛇ちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに頭を擦り付けてくれる。本当に可愛いなぁ。……蛇だった頃のましろも、こんなふうに懐いてきた気がする。
 ……なんて、戯れている間に、髑髏が宮寺に違和感を見いだしたらしい。

「……っと、結界を貼ってやがるな。警戒してんのはあちらさんも同じってこった」

 辺りに、ひりつくような緊張感が漂う。

「されど……此処を守るということは、すなわち。此処が、弱点だと申しておるに同じ」

 刹鬼の声に、髑髏は「そうさな」と頷き、骨の腕を宙に翳した。

「『餓者髑髏』散華さんげ――『斬骸ざんがい』」

 そう呟いたかと思うと、地面に大きな裂け目が現れる。黒々とした裂け目から、白骨の欠片が吐き出されるように飛び散り、髑髏の顔や身体に鎧のようにまとわりつく。
 骨の手の中には白骨で組み上げられたような槍が現れ、髑髏は身の丈より大きなそれを片手でくるくると回した。 

「自分で槍を振るわなきゃならねぇのは面倒だが、節約には持って来いだ」

 そのままあっさりと結界を斬り裂き、髑髏は先導するように宮寺の中へと足を踏み入れる。

「吾らも行くぞ」
「うん……!」

 私も、刹鬼と共に髑髏の後に続いた。
 境界を超えた途端、息苦しいまでの禍々まがまがしい空気が私を押し潰す。鼻が曲がりそうな血の臭いに、肌を焦がすような熱気……それでも、どうにか耐えて踏ん張った。

「……早速、出迎えか」
「景気がいいこった」

 刹鬼と髑髏の視線の先には、うごめく亡者たち。
 血塗れの亡者、焼け爛れた亡者、身体に穴の空いた亡者……様々な亡者が、宮寺の入口を埋め尽くすように立ち塞がっている。

「……みんな、それじゃ覚范の味方してるのと一緒だよ……!  本当にそれでいいの!?」

 私の問いかけに呼応するように、一斉に歪な声が沸き上がる。

 ――ダマレ!
 ――奴ニハ責メ苦ガ足リヌダケ
 ――奴ニ復讐スルハ我ラダ!
 ――神ノ慈悲ナド要ラヌ
 ――地獄ハ地獄デナケレバナラヌ……!!

 怨嗟の叫びを聞いて、理解した。
 ……もはや、話の通じる相手じゃない。
 もちろん、彼らは本来被害者だ。怨みすら利用されてしまって、哀れだとも思う。

 だけど、このままにはしておけない。

「……髑髏、刹鬼。お願い」
「ハッ……言われなくても分かってらぁ!」
「『哀哭あいこく』よ。……出番ぞ」

 髑髏は骨の槍を構え、刹鬼は愛刀に手を伸ばす。
 刹那。
 両断された亡者たちの凄まじい悲鳴とともに、道が開けた。

「行け。『依代』を探し終えるまで、吾らが持ちこたえよう」

 刹鬼の腕の先で、抜き身の「哀哭」がぎらりと輝き、私の進むべき道を指し示す。
 
「おうおう……はりきっちまって……」

 髑髏はへらへらと笑いながらも、刹鬼の斬撃が届かなかった亡者を、槍の一閃でなぎ倒していた。

「……ありがとう! 二人とも、また後でね!」
 
 そうしている間にも、宮寺の中からは際限なく亡者が溢れ出す。
 怯えている暇なんかない。意を決し、道を塞がれる前に内側へと飛び込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...