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最終巡 結ノ章 ― 天道 ―
第四十一話 戦支度
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目を開ければ、そこは本殿の中だった。
目の前には、静かに座すましろの姿がある。
「……ましろ?」
名を呼ぶと、震えるような息遣いが聞こえた。
「……お前さま……」
不安でいっぱいな朱い瞳は、涙に濡れているようにも見える。
膝の上で震える手を握り締め、額に口付けた。
「大丈夫だよ。きっと、大丈夫」
私の言葉で少しは安心できたのか、強ばった身体が、ゆっくりと弛緩していく。
「まずは、社務所に行かねば……皆の無事を確認せねば……」
……と、ましろが立ち上がろうとしたところで、襖が勢いよく開いた。
「蛇神さま! 大丈夫ですかっ!!」
凛と響いたおりんさんの声に、ましろの瞳が確かに潤む。
続いて、他の巫覡達もぞろぞろと本殿の中に入ってきた。「蛇神さま、すみません……! 油断しちまいました!」「蛇神さま、怪我は無いっすか!? 何もされてませんか!?」……と、皆、口々に「蛇神さま」を案じるような言葉で話していて、ましろが本当に慕われていることを再確認させてくれる。
「……本当に、大事ないか……!?」
「はい……! ……でも……あんまり、時間はないかもです。あの『術』……本当に、誰も気が付かなかったのが怖くて……」
「……そうじゃな。それだけ、覚范が力をつけていることの証じゃ」
ましろは静かに頷き、立ち上がる。
「時間がないようじゃ。儀式の準備を頼む」
「……! わかりました!」
「みんな、キビキビ働くよ!」
「おおーっ! やってやろうじゃねぇか!」
「ついに……この時が来たんすね……!」
巫覡たちは一斉に駆け出し、掛け声や足音が本殿に反響する。
その様子を少しの間眺め、ましろは、私の方へと向き直った。
「秤、次は蔵じゃ。刹鬼に、刀を渡さねば」
「……うん。一緒に行こう!」
私が手を差し出すと、ましろはおずおずと手を重ねてくれる。
不安はある。恐怖もある。……それでも、先に進もう。
私たちの希望は、潰えていないのだから。
***
蔵の鍵を開けると、白い子蛇達がみんなで出迎えてくれる。
そういえば、刹鬼が取り乱した時。この子達が体当たりして助けてくれたんだよね……。
「よく、忍び込んで遊んでおるのじゃ。ここで産まれた子も多いゆえな、落ち着くのじゃろう」
立てかけてある刀を手にし、ましろは慈しむように言う。
……可愛いよね。この子達。単為生殖ってことはましろのクローンみたいなものだし、それも当たり前か。
ましろ本人が可愛いからね。うんうん。
「……お前さま、何か変なことを考えておらぬか」
「そ、そんなことないよ! ほら、刹鬼に渡しに行こう!」
まずい。雑念に気付かれかけてしまった。
話を逸らし、門番の詰所の方角に足を向ける。……と、足元に子蛇ちゃん達が次々と擦り寄ってきた。
「え、な、何?」
「手伝いたいそうじゃ。連れて行ってやってくれぬか」
ましろが翻訳してくれる。私が「そうなの?」と聞くと、子蛇ちゃんたちは胸を張るような仕草を見せてくれる。ほんとに可愛い。
眷属を引き連れ、刀を持ったましろと共に門番の詰所へと向かう。
詰所の入口で、髑髏と刹鬼は既に待機してくれていた。面を外した佇まいは「異形の怪異」そのものだけれど、その表情からは、どこか静謐な覚悟が漂っている。
「……! ギリギリまで寝てて良かったのに」
「こっちにも、心構えってもんがあるからな」
「吾らのことは、気にせずとも良い」
髑髏はいつものように飄々としているし、刹鬼もいつものように落ち着いては見えるけれど……大丈夫かな。二人とも、無理してないかな。
「……確かに、少しは回復しておるようじゃ」
「ちっとばかし賭けにはなりましたけど、精気の交換を試してみましてね。……上手くいって良かったな、刹鬼」
「……ッ、わざわざ言うことでもあるまい……!」
にやりと笑う髑髏に、耳まで真っ赤になる刹鬼。
ましろは「ふむ……?」とピンと来ない様子だけど、私には何となく分かる。
「精気」の交換ね。体液を使うとか、そういう感じかな。なるほどね。
「刹鬼。いよいよ最後の大いくさじゃ。……これを」
ましろに刀を差し出され、刹鬼の表情が強ばる。
「……! 『哀哭』……!」
哀哭。……きっと、それが、あの刀の名前だ。
「己の愛刀じゃ。今の己であれば、正しく振るえるじゃろう」
ましろの言葉には静かに頷き、刹鬼は両手で恭しく刀を拝領する。
「……ありがたき、お言葉にございます」
緊張した面持ちからは、不安も感じられる。……けれど、それ以上に、誇らしさの方が大きいように見えた。
「行くぜ、相棒。暴れてやろうじゃねぇか」
髑髏の表情は晴れやかだけれど、どこか、憂いも感じられる。……やっぱり、不安だよね。力も万全ではないわけだしさ。
「ああ。……これが、吾らの最後の仕事となろう」
対し、刹鬼は刀を返されたことで、しっかりと覚悟を決めたように見えた。
武士としての矜恃ってことかな。……髑髏からすると、複雑かもね。そもそも、本当なら怪我の一つもして欲しくないだろうし。
とはいえ、その辺は一晩でしっかり話し合ったのだと思う。表情にも発言にも、後悔の色はなさそうだった。
「秤も、頼んだぜ。お前さんなら、『依代』を見つけられるさ」
「時間は吾らが作るゆえ、心配なされるな」
……そう。私にも果たすべき役割がある。
宮寺の中から覚范の「依代」を探し出さないといけないんだ。
本当に見つけられるのか、不安がないわけじゃない。
でも。
ここにいる、みんなもきっと同じ気持ちだ。
「やるしかない」……そう思って、ここに立っている。
「行こう、みんな。悔いがないように、やり切ろう!」
「「応!」」
髑髏と刹鬼の声に呼応するようにして、子蛇ちゃん達もキリッと私の方を向く。
……さぁ、ここからが正念場だ。
目の前には、静かに座すましろの姿がある。
「……ましろ?」
名を呼ぶと、震えるような息遣いが聞こえた。
「……お前さま……」
不安でいっぱいな朱い瞳は、涙に濡れているようにも見える。
膝の上で震える手を握り締め、額に口付けた。
「大丈夫だよ。きっと、大丈夫」
私の言葉で少しは安心できたのか、強ばった身体が、ゆっくりと弛緩していく。
「まずは、社務所に行かねば……皆の無事を確認せねば……」
……と、ましろが立ち上がろうとしたところで、襖が勢いよく開いた。
「蛇神さま! 大丈夫ですかっ!!」
凛と響いたおりんさんの声に、ましろの瞳が確かに潤む。
続いて、他の巫覡達もぞろぞろと本殿の中に入ってきた。「蛇神さま、すみません……! 油断しちまいました!」「蛇神さま、怪我は無いっすか!? 何もされてませんか!?」……と、皆、口々に「蛇神さま」を案じるような言葉で話していて、ましろが本当に慕われていることを再確認させてくれる。
「……本当に、大事ないか……!?」
「はい……! ……でも……あんまり、時間はないかもです。あの『術』……本当に、誰も気が付かなかったのが怖くて……」
「……そうじゃな。それだけ、覚范が力をつけていることの証じゃ」
ましろは静かに頷き、立ち上がる。
「時間がないようじゃ。儀式の準備を頼む」
「……! わかりました!」
「みんな、キビキビ働くよ!」
「おおーっ! やってやろうじゃねぇか!」
「ついに……この時が来たんすね……!」
巫覡たちは一斉に駆け出し、掛け声や足音が本殿に反響する。
その様子を少しの間眺め、ましろは、私の方へと向き直った。
「秤、次は蔵じゃ。刹鬼に、刀を渡さねば」
「……うん。一緒に行こう!」
私が手を差し出すと、ましろはおずおずと手を重ねてくれる。
不安はある。恐怖もある。……それでも、先に進もう。
私たちの希望は、潰えていないのだから。
***
蔵の鍵を開けると、白い子蛇達がみんなで出迎えてくれる。
そういえば、刹鬼が取り乱した時。この子達が体当たりして助けてくれたんだよね……。
「よく、忍び込んで遊んでおるのじゃ。ここで産まれた子も多いゆえな、落ち着くのじゃろう」
立てかけてある刀を手にし、ましろは慈しむように言う。
……可愛いよね。この子達。単為生殖ってことはましろのクローンみたいなものだし、それも当たり前か。
ましろ本人が可愛いからね。うんうん。
「……お前さま、何か変なことを考えておらぬか」
「そ、そんなことないよ! ほら、刹鬼に渡しに行こう!」
まずい。雑念に気付かれかけてしまった。
話を逸らし、門番の詰所の方角に足を向ける。……と、足元に子蛇ちゃん達が次々と擦り寄ってきた。
「え、な、何?」
「手伝いたいそうじゃ。連れて行ってやってくれぬか」
ましろが翻訳してくれる。私が「そうなの?」と聞くと、子蛇ちゃんたちは胸を張るような仕草を見せてくれる。ほんとに可愛い。
眷属を引き連れ、刀を持ったましろと共に門番の詰所へと向かう。
詰所の入口で、髑髏と刹鬼は既に待機してくれていた。面を外した佇まいは「異形の怪異」そのものだけれど、その表情からは、どこか静謐な覚悟が漂っている。
「……! ギリギリまで寝てて良かったのに」
「こっちにも、心構えってもんがあるからな」
「吾らのことは、気にせずとも良い」
髑髏はいつものように飄々としているし、刹鬼もいつものように落ち着いては見えるけれど……大丈夫かな。二人とも、無理してないかな。
「……確かに、少しは回復しておるようじゃ」
「ちっとばかし賭けにはなりましたけど、精気の交換を試してみましてね。……上手くいって良かったな、刹鬼」
「……ッ、わざわざ言うことでもあるまい……!」
にやりと笑う髑髏に、耳まで真っ赤になる刹鬼。
ましろは「ふむ……?」とピンと来ない様子だけど、私には何となく分かる。
「精気」の交換ね。体液を使うとか、そういう感じかな。なるほどね。
「刹鬼。いよいよ最後の大いくさじゃ。……これを」
ましろに刀を差し出され、刹鬼の表情が強ばる。
「……! 『哀哭』……!」
哀哭。……きっと、それが、あの刀の名前だ。
「己の愛刀じゃ。今の己であれば、正しく振るえるじゃろう」
ましろの言葉には静かに頷き、刹鬼は両手で恭しく刀を拝領する。
「……ありがたき、お言葉にございます」
緊張した面持ちからは、不安も感じられる。……けれど、それ以上に、誇らしさの方が大きいように見えた。
「行くぜ、相棒。暴れてやろうじゃねぇか」
髑髏の表情は晴れやかだけれど、どこか、憂いも感じられる。……やっぱり、不安だよね。力も万全ではないわけだしさ。
「ああ。……これが、吾らの最後の仕事となろう」
対し、刹鬼は刀を返されたことで、しっかりと覚悟を決めたように見えた。
武士としての矜恃ってことかな。……髑髏からすると、複雑かもね。そもそも、本当なら怪我の一つもして欲しくないだろうし。
とはいえ、その辺は一晩でしっかり話し合ったのだと思う。表情にも発言にも、後悔の色はなさそうだった。
「秤も、頼んだぜ。お前さんなら、『依代』を見つけられるさ」
「時間は吾らが作るゆえ、心配なされるな」
……そう。私にも果たすべき役割がある。
宮寺の中から覚范の「依代」を探し出さないといけないんだ。
本当に見つけられるのか、不安がないわけじゃない。
でも。
ここにいる、みんなもきっと同じ気持ちだ。
「やるしかない」……そう思って、ここに立っている。
「行こう、みんな。悔いがないように、やり切ろう!」
「「応!」」
髑髏と刹鬼の声に呼応するようにして、子蛇ちゃん達もキリッと私の方を向く。
……さぁ、ここからが正念場だ。
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