32 / 32
第1章 Come in the Rain
31. 発端
しおりを挟む
さて……ややこしくなってきてるみたいだし、話を整理させてもらうぜ?
お前さん達は既に死を迎えたがそれぞれ強い未練がある。……そんでもって、気が付いたらこの訳が分からない空間にいた。
ここまではいいかい?
俺が誰かって? ま、それはおいおい分かっていくだろうさ。今は……そうさな。「レニー」って名前だけ覚えてくれりゃいい。
なぁに、怯えるこたねぇ。お前さん達と同じく、この空間に活路を見出して飛び込んだ亡者だ。仲良くしようじゃねぇか。
……それはそうとして、お前さんの「名前」は何だい? 言ってみな。
***
そこまで聞いて、「俺」の意識は途絶えた。
ぐちゃぐちゃになった記憶が悲鳴を上げる。
名前? ナマエ?
「俺」は、誰だ?
骨と化した指が目に入る。
「俺」は……「私」は、「ロジャー・ハリス」だったか。
かつての旧友が何を企んでいようが、「私」は敗北するわけにはいかない。断じて、「私」の存在を消させるわけにはいかない。
違う。この身体は「僕」のものだ。「キース・サリンジャー」として、「僕たち」には真実を追求する義務がある。
協力してくれないか。「僕」が果たして何者であったって、正義を貫くことに意味があるんだ。そうだろう?
──なんだって、いいでしょう?
暗闇の中、人の形すら成さない影が嗤う。
血溜まりに沈んだ「誰か」を指さして、「何か」は語る。
可哀想なお人形さん。
自分を見失った愚かな亡霊。
僕たち、私たち、俺たちと同じモノ。
こっちにおいで。一緒に怨んで嘆いて、大きくなり続けよう。
そうすれば、許してあげるよ。
甘美な響きが「誰か」を誘う。
その先にあるのは「死」? いいや、もっと楽で、魅力的な「終着点」。
どうして、苦しんでいたんだっけ。
いったい、何に縋りついていたんだっけ。
──兄さん
ああ、そうだ。「俺」は……
あの日、自分の身体がどうなってるか見て、ようやく終わると思った。
あいつらがどんな顔するだろうって思ったら、そこそこ愉快ですらあった。
俺は──
家族が嫌いだ。人間が嫌いだ。世の中が嫌いだ。神なんてものがいるならそいつも嫌いだ。何もかも嫌いだ。
だけど、
「ロー兄さん……!!!」
人じゃなくなった俺に抱きついて泣く、まだ13歳の弟に、心の底から申し訳なく思った。
俺はたくさん嫌いだったけど、
「……ただいま」
その居場所だけは、好きだった。
大っ嫌いな世界の中で、たった一つ、それだけ好きだった。
***
いつの間にか、見覚えのある部屋に立っていた。
ああ、そうだ。見覚えのある部屋だ。
ロッドがいる。ロブがいる。いつかと同じ、懐かしい光景。失われたはずの、過去の続きがそこにある。
「……行くべきだと思う。メール見せてもらったけど、僕には何かを伝えたがってるように見えるし」
ロブが、神妙な顔をして語る。
張りぼての「兄」が、言葉を紡ぐ。「ロー兄さん」として、言うべき言葉を、「必要とされている」言葉を、空虚な偶像が語る。
「ロッド、キースくんは大事なお友達なんだよね?」
「……一番メールしてたし、一番勇気くれたのはあいつ」
「じゃあ、俺とロブで行ってくるから、ロッドはここで待機しててくれる?」
当たり前のように、求められた日常を演じる。
……それが欲しかったんだろ、ロブ。
終わらせたくなかったんだろ。先に、進みたくなかったんだろ。分かるよ、俺だってそうだ。
「で、でも怖いな。俺は幽霊苦手だし」
「……僕がついてる」
「……無理は、すんなよ」
ロッド、お前は、安寧に沈んでいたかったんだろ。
停滞した時間の中にいたかったんだろ。世界が怖いから、閉じこもっていたかったんだろ。
それも、分かるよ、俺だってそうだ。
「じゃあ、僕は準備してくる。……兄さんも来て」
「あっ、うん。またね、ロッド!」
……ああ。この「先」に進めば、きっと、もう戻れない。
停滞した、継ぎ接ぎの「日常」が終わる。
「……俺は……」
立ち去る間際、ロッドの声に、一瞬だけ振り返る。
「……ここらで、ちゃんとしないとかもな」
溢れ出しそうな感情が、声にならない。
ズタズタに切り裂かれた「俺」自身は、もう言葉を操れない。
楽になりたい。でも、死にたくない。
この関係は負担だ。でも、離れたくない。
終わらせたい。でも、消えたくない。
ブレーキの音が脳裏に響く。記憶が俺を過去に引き戻す。線路に押し付けられた身体は、動かせない。……迫り来る「死」から逃げられない。
激痛と、血みどろの地面と、手足に絡みつく「何か」……
ああ、声が、聞こえる。
──みんな、同じだよ。
──君と、同じだよ。
──死にたくなかった。消えたくなかった。
──だから、「同じ」になって欲しかった。
お前さん達は既に死を迎えたがそれぞれ強い未練がある。……そんでもって、気が付いたらこの訳が分からない空間にいた。
ここまではいいかい?
俺が誰かって? ま、それはおいおい分かっていくだろうさ。今は……そうさな。「レニー」って名前だけ覚えてくれりゃいい。
なぁに、怯えるこたねぇ。お前さん達と同じく、この空間に活路を見出して飛び込んだ亡者だ。仲良くしようじゃねぇか。
……それはそうとして、お前さんの「名前」は何だい? 言ってみな。
***
そこまで聞いて、「俺」の意識は途絶えた。
ぐちゃぐちゃになった記憶が悲鳴を上げる。
名前? ナマエ?
「俺」は、誰だ?
骨と化した指が目に入る。
「俺」は……「私」は、「ロジャー・ハリス」だったか。
かつての旧友が何を企んでいようが、「私」は敗北するわけにはいかない。断じて、「私」の存在を消させるわけにはいかない。
違う。この身体は「僕」のものだ。「キース・サリンジャー」として、「僕たち」には真実を追求する義務がある。
協力してくれないか。「僕」が果たして何者であったって、正義を貫くことに意味があるんだ。そうだろう?
──なんだって、いいでしょう?
暗闇の中、人の形すら成さない影が嗤う。
血溜まりに沈んだ「誰か」を指さして、「何か」は語る。
可哀想なお人形さん。
自分を見失った愚かな亡霊。
僕たち、私たち、俺たちと同じモノ。
こっちにおいで。一緒に怨んで嘆いて、大きくなり続けよう。
そうすれば、許してあげるよ。
甘美な響きが「誰か」を誘う。
その先にあるのは「死」? いいや、もっと楽で、魅力的な「終着点」。
どうして、苦しんでいたんだっけ。
いったい、何に縋りついていたんだっけ。
──兄さん
ああ、そうだ。「俺」は……
あの日、自分の身体がどうなってるか見て、ようやく終わると思った。
あいつらがどんな顔するだろうって思ったら、そこそこ愉快ですらあった。
俺は──
家族が嫌いだ。人間が嫌いだ。世の中が嫌いだ。神なんてものがいるならそいつも嫌いだ。何もかも嫌いだ。
だけど、
「ロー兄さん……!!!」
人じゃなくなった俺に抱きついて泣く、まだ13歳の弟に、心の底から申し訳なく思った。
俺はたくさん嫌いだったけど、
「……ただいま」
その居場所だけは、好きだった。
大っ嫌いな世界の中で、たった一つ、それだけ好きだった。
***
いつの間にか、見覚えのある部屋に立っていた。
ああ、そうだ。見覚えのある部屋だ。
ロッドがいる。ロブがいる。いつかと同じ、懐かしい光景。失われたはずの、過去の続きがそこにある。
「……行くべきだと思う。メール見せてもらったけど、僕には何かを伝えたがってるように見えるし」
ロブが、神妙な顔をして語る。
張りぼての「兄」が、言葉を紡ぐ。「ロー兄さん」として、言うべき言葉を、「必要とされている」言葉を、空虚な偶像が語る。
「ロッド、キースくんは大事なお友達なんだよね?」
「……一番メールしてたし、一番勇気くれたのはあいつ」
「じゃあ、俺とロブで行ってくるから、ロッドはここで待機しててくれる?」
当たり前のように、求められた日常を演じる。
……それが欲しかったんだろ、ロブ。
終わらせたくなかったんだろ。先に、進みたくなかったんだろ。分かるよ、俺だってそうだ。
「で、でも怖いな。俺は幽霊苦手だし」
「……僕がついてる」
「……無理は、すんなよ」
ロッド、お前は、安寧に沈んでいたかったんだろ。
停滞した時間の中にいたかったんだろ。世界が怖いから、閉じこもっていたかったんだろ。
それも、分かるよ、俺だってそうだ。
「じゃあ、僕は準備してくる。……兄さんも来て」
「あっ、うん。またね、ロッド!」
……ああ。この「先」に進めば、きっと、もう戻れない。
停滞した、継ぎ接ぎの「日常」が終わる。
「……俺は……」
立ち去る間際、ロッドの声に、一瞬だけ振り返る。
「……ここらで、ちゃんとしないとかもな」
溢れ出しそうな感情が、声にならない。
ズタズタに切り裂かれた「俺」自身は、もう言葉を操れない。
楽になりたい。でも、死にたくない。
この関係は負担だ。でも、離れたくない。
終わらせたい。でも、消えたくない。
ブレーキの音が脳裏に響く。記憶が俺を過去に引き戻す。線路に押し付けられた身体は、動かせない。……迫り来る「死」から逃げられない。
激痛と、血みどろの地面と、手足に絡みつく「何か」……
ああ、声が、聞こえる。
──みんな、同じだよ。
──君と、同じだよ。
──死にたくなかった。消えたくなかった。
──だから、「同じ」になって欲しかった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる