【完結済】敗者の街 ― Requiem to the past ―

譚月遊生季

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序章 迷い蛾

6. title: a certain sinner’s memory

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 ロバートからの電話を切り、眉間を押さえる。……まだ何が何やらちっとも分からねぇが、俺達の停滞していた日常が、最悪の方向で一変したことに違いはない。
 今後のことを考え、仕事の方は早めに原稿を送っておくか。メルヘンなことを考えるのには、想像以上に頭を使う。
 今直面してる事態は、脳みそを酷使する……なんて、生易しい表現じゃ済まないだろうからな。

 ……と、薄暗い部屋の中、メールの着信音が鳴り響く。差出人は不明。
 タイトルは、また……

ある罪人の記憶a certain sinner's memory

 嫌な予感なんて言葉じゃ表せなかった。本能なのか、虫の知らせとやらなのか……そのメールを開くのに、やたらと時間がかかった。
 ……最悪な方向で、予感は的中した。



 ***




 ──ある罪人の記憶。

「……何で、逃がしたんだ」

 男が、低く呟いた。

「逃がしたわけじゃない。……不用心で残念だったね」

 もう一人が、静かに呟く。

「彼は外では生きられない」
「どうだか」
「……彼が壊れる様は見ものだろうけれど」
「……まさか、壊すつもりで」

 幾度かの応酬の後、奴が下卑た笑みを浮かべた。思わず息を呑む。……敵に回しては、いけない男だとは知っていた。

「立場をわきまえていないね」
「何を言って……」
「対等な関係だとでも、思っていたのかな」
「……まさか」
「ちょうどいい、そろそろ死のうかと思っていた」
「……成程……」
「君は、前に私が羨ましいと言ったね」
「確かにお前の方が頭はいい。戦闘能力で常に勝っていたのは私だが」
「……ああ、確かにそうだね。実戦でなら」

 ぞわりと、全身の毛が逆立つのを感じる。
 ……この男は、自分の欲望のためなら……
 他人を犠牲にすることを、利用することを、厭わない。

「……君に、私の名前と肩書きをあげよう。もう死ぬ男のものだけれど」

 こいつは、昔から僕を見下していた。
 あの戦場で恋人を殺された恨みを……敵に向けさせた。
 僕が右肩を負傷したのは、彼が僕の狙撃の腕を褒めた後で……

 知っていた。彼は最初から、

「欲しかったんだろう? 『ハリス家長男』の肩書きが」

 この外道はいつでもそうだった。人を意のままにしようとする力を持っている。
 手を汚さず、裏で操る男だ。

「……私も舐められたものだ」

 ただで負けるものか。
 ……お前が、それを選択するなら、

「全てを奪うと、言ったね」

 お前が捨てた名前の男に、お前は殺されるだろう

 何度でも、奪い返す。
 ……何度でも、殺してやる。
 勝つのは「私」だ。



 ***



 誰と誰の会話か、何となくわかる。詳細はおろかどんなシチュエーションなのかすら分からないのに、思い出したくもない、関わりたくもない相手の顔がまざまざと浮かぶ。
 誰よりも嫌いな実兄の影が、嘲笑っているように思えた。
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