14 / 92
序章 迷い蛾
14. 2016年春 Part ?
しおりを挟む
あまり何もできないまま、夏になろうとしていた。街を見て回ってはいたけど、やはり、僕にできるようなことは何もない。
初夏に近づいているのもあるのか、疲労感がいつもより大きい。思わず、ベンチにもたれかかる。今日は、あのチンピラはいない。
「……はぁ」
思わずため息。そんな時、目の前に誰かが立っているのが見えた。いつの間に? と顔を上げると、じーっと青い目でこちらを見つめてる……ええと、どちら様……?
「……どうぞ……」
「え?あ、うん」
渡されたのは、弁当。え?なに?なんで?
「頑張ってる、お礼」
ぺこりとお辞儀をして、その人は去っていった。……不思議な雰囲気の人だったけど、なんだか癒される。
恐る恐るお弁当を食べてみたら、かなり美味しかった。誰だったんだろう、あの人……
でも、少しだけ荒んだ心が癒された。
大して書くことでもない気がしたけど、それでも、すごく嬉しい気持ちだったから書いておく。
「……また、あの街行ったの?」
「うん」
「俺、やっぱり逃げてたらダメかなぁ……」
「逃げたい?」
「無理、罪悪感で死にそう」
「じゃ、だめ」
「うん……」
***
ほっと、肩の力が抜けるのを感じた。
電話先の声音も、いつもよりロバートらしく感じる。
「お前の癒し報告を誰が求めたんだよ……」
『え、いらなかった?』
「めっちゃ欲しかった……」
ロバートの自我が安定してきているのは、文章からもわかる。語り口調が「キース」より堅苦しくない。
『……ロッド兄さん。僕が僕じゃなくなったら、研究室のパソコン代わりに処分してね』
「自分でやれ」
ロバートは歴史学者だが、パソコンにはなにかいかがわしいものでも忍ばせているのかもしれない。……もしかして、エロい画像とか?
それは置いておいて、こんな時に冗談でもなく真面目に言うあたり、こいつの能天気さが伝わってくる。
『……そうだよね。僕が、なんとかしないとだし』
いつものように明るい声で、ロバートは自身に気合を入れた。……したたかな奴だよ、本当に。
「ところで、最後の会話は?立ち聞きしたとかか?」
『……え、なにこれ。知らない』
結局ホラーだった。……いや、忘れてたわけじゃねぇけど。……忘れたい気持ちも、まあ、あるけど……。
後ろ髪を引かれつつ、その日は通話を切った。
ㅤ「逃げることへの罪悪感」は、俺にもある。……だが、俺は結局逃げ切れなかった。
ㅤ忘れることもできず抱えたまま、捨て去ることもできず後ろを向いたまま、俺は、中途半端に生きている。
ㅤなぁ、ロバート。お前は前を向いたんだろ?……過去のことなんか忘れて、元気にやってたじゃねぇか。……こんなことに巻き込んじまって、ごめんな。
……なんて、伝えたら「えっ、頭でも打った?」とでも言われそうだ。
ㅤ背後で物音が鳴る。……ロー兄さんが、またやって来たらしい。本棚から一冊、新作を取り出して渡す。「ありがとう」と笑う、俺の兄代わりだった人は、こんなに綺麗な笑顔を浮かべるこの人は……
ㅤそこで、いったん思考を止める。……今は、思い出さなくてもいいことだ。
初夏に近づいているのもあるのか、疲労感がいつもより大きい。思わず、ベンチにもたれかかる。今日は、あのチンピラはいない。
「……はぁ」
思わずため息。そんな時、目の前に誰かが立っているのが見えた。いつの間に? と顔を上げると、じーっと青い目でこちらを見つめてる……ええと、どちら様……?
「……どうぞ……」
「え?あ、うん」
渡されたのは、弁当。え?なに?なんで?
「頑張ってる、お礼」
ぺこりとお辞儀をして、その人は去っていった。……不思議な雰囲気の人だったけど、なんだか癒される。
恐る恐るお弁当を食べてみたら、かなり美味しかった。誰だったんだろう、あの人……
でも、少しだけ荒んだ心が癒された。
大して書くことでもない気がしたけど、それでも、すごく嬉しい気持ちだったから書いておく。
「……また、あの街行ったの?」
「うん」
「俺、やっぱり逃げてたらダメかなぁ……」
「逃げたい?」
「無理、罪悪感で死にそう」
「じゃ、だめ」
「うん……」
***
ほっと、肩の力が抜けるのを感じた。
電話先の声音も、いつもよりロバートらしく感じる。
「お前の癒し報告を誰が求めたんだよ……」
『え、いらなかった?』
「めっちゃ欲しかった……」
ロバートの自我が安定してきているのは、文章からもわかる。語り口調が「キース」より堅苦しくない。
『……ロッド兄さん。僕が僕じゃなくなったら、研究室のパソコン代わりに処分してね』
「自分でやれ」
ロバートは歴史学者だが、パソコンにはなにかいかがわしいものでも忍ばせているのかもしれない。……もしかして、エロい画像とか?
それは置いておいて、こんな時に冗談でもなく真面目に言うあたり、こいつの能天気さが伝わってくる。
『……そうだよね。僕が、なんとかしないとだし』
いつものように明るい声で、ロバートは自身に気合を入れた。……したたかな奴だよ、本当に。
「ところで、最後の会話は?立ち聞きしたとかか?」
『……え、なにこれ。知らない』
結局ホラーだった。……いや、忘れてたわけじゃねぇけど。……忘れたい気持ちも、まあ、あるけど……。
後ろ髪を引かれつつ、その日は通話を切った。
ㅤ「逃げることへの罪悪感」は、俺にもある。……だが、俺は結局逃げ切れなかった。
ㅤ忘れることもできず抱えたまま、捨て去ることもできず後ろを向いたまま、俺は、中途半端に生きている。
ㅤなぁ、ロバート。お前は前を向いたんだろ?……過去のことなんか忘れて、元気にやってたじゃねぇか。……こんなことに巻き込んじまって、ごめんな。
……なんて、伝えたら「えっ、頭でも打った?」とでも言われそうだ。
ㅤ背後で物音が鳴る。……ロー兄さんが、またやって来たらしい。本棚から一冊、新作を取り出して渡す。「ありがとう」と笑う、俺の兄代わりだった人は、こんなに綺麗な笑顔を浮かべるこの人は……
ㅤそこで、いったん思考を止める。……今は、思い出さなくてもいいことだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる