【完結済】敗者の街 ― Requiem to the past ―

譚月遊生季

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第2章 Create for Blood

35. JackとCamilleの記憶

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「君、左利き?」

 その日、彼は美術展で唐突に語りかけてきた。

「そうだけど……何か?」
「肘、当たってる。メモ取るなら気をつけてほしいんだけど」

 私より2~3歳は年下のくせをして、偉そうにそう言った。
 確かに、熱心にメモを取りすぎていた私にも非はある。あるけれど……言い返すのを堪えて、メモをしまう。

「……今度から気をつけます」
「……何のメモとってたの」
「はい?」
「いや、それ、僕の作品だから」

 癖のついた亜麻色の髪に、蒼い瞳。
 腹は立つけれど、綺麗な青年だ……と、思いはした。

「……カミーユ・バルビエ……さん、ですか。……構図でデッサン練習をしていたんです」
「筆名思いついてなくてさ。候補はいくつかあるけど」
「本名でカミーユ?お洒落ですね……」
「洗礼名は抜いたけど。父さんと違って神様信じてないし」

 天使カマエルが由来だろう、中性的な名。私なんか、ジャック。有り触れすぎている名前。
 ……男らしい、名前。

「私はデザイン科の……」
「ノエル・フランセルでしょ?この前のショー、ノリノリで司会してたじゃん」

 …………メガネに地味な服装で誤魔化していたのに、なぜバレたのか。

「誇張した女性的な振る舞い……個性にはなるけど、無理しなくていいんじゃないの?根暗な女性だって星の数ほどいるわけだし」
「う、うるさいわね。根暗なわけじゃないわ。……誇張してたのは事実だけど」

 それに、個性を売り出さないと……埋もれるだけ。

ノエル聖夜ねぇ……わざとらしいというかなんというか……」
「ただの語感よ。そこまで考えてないわ」

 本名が綺麗な人にはわからないでしょうけど。

「本名は?」
「……ジャック。ジャック・オードリー」
「うわぁ、逆だったらよかったのにね。こっちなんか綴りまで男女兼用だし」
「お顔も綺麗だものね」
「ああ、うん。よく言われる。それでだいたい話して幻滅される」

 彼は、本当に何も気にしていないように語った。
 才能も、外見も、名前も、何もかも私が羨むものを持っていたのが、カミーユだった。
 なぜか成り行きで仲良くなったのも、本当に不思議だった。

「カミーユ、せっかく素材がいいのに、服装には頓着しないの?」
「いや……お洒落にしたら余計に外見と人格のギャップがさ……」
「そんなこといちいち気にしてたら持たないわよ。作品づくりもいいけど、外見にも気を遣いなさいな」
「……ええ……なんか面倒くさい……」
「幻滅される理由もなんとなくわかるわ……」
「は?なんで?」 

 そんな取り留めのない会話をしながら酒を飲むのが、私たちの関係だった。カミーユも私も酒には強い。うっかりデザインや絵画について議論なんかすると、いつの間にか何時間も話し込んでいた。

「君、好きな人とかいないの?」
「私ね、確かに性自認は女だけど……男には興味ないのよ。生きてる人間って、なんか汚いの」
「……生きてない人間が好き、とか?彫像とか、絵画とか」
「そうね……ミケランジェロの男は、確かにいい男だらけだわ」
「……そっか。じゃあ、いいや」
「恋の悩みがあるなら、正直に言いなさいな」
「うっ」

 性格が悪い、というよりは……コミュニケーションが下手と言った方が正しいと、しばらく付き合って気づいた。
 どうしようもなく繊細だからこそ、あの絵が描ける。
 素晴らしい腕を持つからこそ、人の目に怯える。

 ……私に足りないものは、彼にとってはきっと、自分を苦しめる要素だった。

 その代わり私には……人への情が、足りない。



「あの男が憎い……殺してやりたい……!」
「例えばどんな風に?」
「そりゃあもう、めちゃくちゃに顔面を切り刻んで、首から詐欺師って札を下げて川に流してやりたい……っ」
「……そこまで恨んでるのね。つらかったでしょう」

 醜く喚く女の顔に、反吐が出そうになるけれど、知りたかった。
 どうしてそんなに醜い顔をするのか、知りたかった。

 幼い頃から、自分の性別に違和感はあった。
 父や母は多少なら理解を示したし、特筆するほど不自由な思いはしたことがない。
 そもそも、私の体と心に、なぜ人は興味を持つのだろう。
 赤の他人なのにどうして、特殊だとか、異常だとか言えるのだろう。

 だから赤の他人を理解したくて、趣味で多くの人の話を聞くうちに、
 ふと、私の中に、悪魔が宿った。
「それほど憎いのなら、それほど苦しむなら、その相手を殺してあげたら、私は役に立てる」と。
 デザインへの評価が、誇張した性格で引き立ててもどうにもできないほど埋没していたのも、一因だったかもしれない。

 だから、殺した。
 趣味で、殺し屋をする……なんて響きが、面白いとすら思った。

 だって、ここまで憎まれているのだから、殺したいと思われているほどなのだから、私は役に立っているはず。
 ……そう、思っていた。

「……カミーユ、まさか、エレーヌ・アルノーと付き合ってるの?」
「え?前言わなかったっけ、名前」
「……そういえばそうね。……そいつ、恨まれてるわよ。悪女って有名な女だもの」

 実際に騙された男の話を前日に聞いていたからこそ、カミーユも騙されているのだと思った。
 貢がされているとか、美貌を利用されているとか……彼の性格と顔面を考えたら、ありえない話じゃなかった。

「男遊びは……まあ、激しかったらしいね。髪も染めて、メイクもして、男ウケを狙ってたらしいし」
「理解できないわ。なんで、そんな女に……」
「…………あのさ、好かれたいって努力は……嘘とか、騙すとか、そういう言葉で片付けていいわけ?」

 答えられない。

「君だって、誇張したノエル・フランセルを演じてるのに」

 ……図星だった。
 ペンだこだらけの指に挟んだ煙草の灰を落として、カミーユは、深くため息をつく。

「…………まあ、愛されてるのは、僕の作品だけど」
「……どういうこと?」
「僕の絵のことを、すごく褒めるんだよね。……あれは、確かに僕が描いたものだけど……。……僕そのものじゃないんだよ」

 苦しげに、紫煙が吐き出された。

「……僕という存在が作品に介入することで、その作品は多かれ少なかれカミーユ・バルビエという存在に影響を受ける。作品そのものがそうでなくたって、作品評がそうなる。それが……それが、たまらなく嫌でさ」

 彼は、自分の作品を愛しすぎる男だった。
 だからこそ自分の作品を貶める存在を、それがたとえ自分自身でも……いや、自分自身だからこそ、許さない。
 ……私には、エレーヌが本当にカミーユを愛しているか、それすらわからない。
 分からないから……何も言えなかった。



 何人目かを趣味で殺しても、逮捕されることは無かった。
 話した相手が殺したいと言った通りに殺していたから、相手も犯人を知っているだろうに……。だから、みんな感謝しているのだとすら思っていた。
 いつの間にか、はっきりと、「殺してほしい」という人も現れ始めた。



 その電話が鳴り響いたのは、確か、12月の初め。
 ノストラダムスの予言も外れ、無事21世紀になって3年ほどは経っていたはず。

『…………エレーヌを、殺した』

 呆然とした声で紡がれた言葉に、私は、

「あら、そう。大変ね。……今家にいるの?」

 本当に、いたって冷静に返して、彼の家に向かっていた。

 カミーユは首に傷を負っていた。顔面蒼白のまま女の亡骸に手を伸ばし、おそるおそる右手を頬に添え、静かに泣いていた。
 その姿を、美しいとすら思った。

「……事故?」
「殺されるはずは、僕だった」
「正当防衛?」
「……過剰、かも……」

 確かに、死因はどう見ても絞殺だった。ビニール紐の痕が、くっきりと首に残っている。
 初めて姿を見たけれど、輝く金色の髪が、印象に残った。
 ……やっぱり人間なら、死体の方が美しい。

「埋める?」
「は……?」
「自首することないわよ。先に殺そうとしたのはあっちでしょう?……それに、弟くんが悲しむでしょうし」
「なんで、そんな冷静に……」
「慣れてるもの。どんなクズもね、死んだら美しいのよ。それに、死んだら依頼主も救われるわ」

 目を見開いて、彼は、私を見ていた。
 蒼い瞳から零れ落ちる雫は、空から雨が降ったかのよう。

「……でも、」

 その言葉は、あまりにも単純で、

「それって、殺人だよね?」

 あまりにも率直で、

「…………エレーヌは、泣いてた。殺したいほど、僕を、憎んで、泣いて……きっと、苦しかった。……僕が、そうだった、から……」

 あまりにも、真実に思えた。

「……カバンにノートがあるわね」

 話を逸らしたくて、手渡す。
 ノートを開いて、彼は……笑った。
 笑いながら、何度も何度も、ページを見返した。

「あ、はは……あははは……っ、ははははははっ」

 それは確かな悲鳴だった。

「……僕を、殺してくれる?」

 悲痛な懇願だった。
 けれど、

「貴方を殺せるわけないわ。友達だもの」
「どうして!?殺したいほど憎まれているのに!?」

 ああ、それは、

 きっと、もっと早く言われなければいけない言葉だった。

 きっと、言ってはいけない言葉だった。

「……私が殺したことにするわ。もう、何人も殺してるもの」
「……それって、罪を償うってこと?」
「ええ……貴方のおかげで、気付けたの」

 僕も気付くべきだった。
 理解しておくべきだった。その言葉の意味を、
 理解していれば、

「…………ノエル?」

 それから、少なくとも3日は経っていた。思ったより多くの犯行を自供した遺書が、警察から手渡される。
 死体の首には、くっきりと、ビニール紐の痕。

「…………そっちを、殺しちゃったかぁ……」

 殺されるはずは僕だった。
 ああ、でも、人を殺したいと思うほどの激烈な感情って、すごいよね。エレーヌの、あの、あの凄絶な、心を切り裂く刃物のような、あの声……なんて、なんて美しいのか。君の相談相手たちも、そうだったのかな。
 死ぬ前に彼らは命乞いをしただろうか。恨まれるほどの人たちだから、罵倒もしただろう。この人殺し、悪魔め、地獄に落ちろ、そんなことを口々に……それ、素晴らしい叫びだよ。生々しい命の鼓動を、それが消えゆく間際の美しさを、君は目の当たりにしたんだね。

「…………描こう」
「はい?どうされました?」
「いえ……彼女ジャックのぶんまで、描かないとなって」



 ごめんなさい、カミーユ。
 私は、やっぱり理解できていなかったのね。
 ずっと、貴方を支えるわ。だって、友達だもの。見届けてあげる。

 ありがとう、ノエル。
 恥ずかしくてあまり言わなかったけど……僕の友達って結構少なかったんだよね。



 これは、
 ジャックとカミーユある罪人の、記憶。
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