【完結済】敗者の街 ― Requiem to the past ―

譚月遊生季

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第3章 Link at the Lights

45.「透明ギャンブラー」

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 俺の噂って聞いたことねぇだろ?
 そりゃそうだ。アイツらに因縁なんかこれっぽっちもねぇからな。レオが無理やりな理屈でこっち来たから、俺も無理やりに理屈をこねてここに留まったって寸法だ。
 実際なんかの勝負でエネルギーみてぇなのちょろまかしたら、多少融通は効くようになるしよ。存在自体がギャンブルみてぇなもんだ。

 楽しんでるぜ。だってこんな機会がなけりゃ、俺らに未来なんてなかったからな。



 ***



 瞬間移動……かな、これ。突然視界が狭くなってなんかに引っ張られて視界が開けたら目の前にレニーがいた。どうしよう体の何かしらが追いつかない。
 キースは寝ている……というか、失神してる気がする。とにかく、存在感がとても薄い。

「相手から呼ばれなきゃ動けねぇってのも難儀なもんだ」
「……レオさんは?」

 声をかけてきた相手の姿を見下ろして、ロー兄さんの表情がわずかに強ばった。
 ……確かに、わざわざレオのいるところを指定してたような……。

「安心しろよローランド。相棒はそこで寝てるぜ。俺もちっとばかし大勝ちしたから、さっきちょっくら話もした」

 使い古したトランプをいじりながら、レニーは楽しげに語る。指さした先で、確かにボール紙を敷いて寝てる影が……いや、なんで道端で寝てるんだこの人。
 ……というか、気持ち悪い……世界がぐらぐらする……。

「あいつのメールから察するに、護衛が欲しいってことだよな?「顔のない男」への用心棒にゃ、確かにレオが最適だ。……お前さんにゃリスクがでけぇ気もするが」
「…………っ」

 腹を抑えてうずくまる兄さん。……まさか、カミーユみたいに、兄さんの体をつなぎとめてるのは……。
 慌てて支える準備をするけど、血の染みは広がっても体はどうにもなっていない。

「……落ちねぇな、体。てっきり、「死んでる」って現実に耐えきれねぇもんだと思ってたが……。もしかして別の理由があんのか?」
「……に、兄さん、大丈夫……?」
「お前さんの場合存在できてる理由が確か、ほぼほぼ兄弟連中の願いだ。中途半端な肉体なのは間違いねぇか……」

 何かが、プチッと切れた気がした。
 腹を抑えたまま、兄さんはにこやかに笑って、

「他人事だと思ってガタガタガタガタうるさいな黙れよ。あんな死に方痛いに決まってるだろ。こっちは痛い上に死んでること覚えてるのに人様の事情でこの世にずっといるもんだから精神的苦痛が反映されてああなるんだよふざけんな。いたくているお前とはそもそも違うんだから好きに成仏できるやつはやっぱり気楽だよな。とっとと成仏すればいいのに」

 と、後半はほぼノンブレスで吐き出した。
 …………って、兄さん!?もしかしてさっきも怒ってた!?

「……なかなかいい性格してんだな、ローランド」
「俺はそもそも人間嫌いだし限られた相手としか関わりたくないけど、残念ながらこの世に必要とされた「ローランド」は頭の中お花畑かとんでもないクソ野郎か中途半端な罪悪感持ってるかそこのウスラトンカチみたいな個性豊かな兄弟の理想が入ってる。必要とされたら行かなきゃいけないしそうする以外選択肢がないみたいな状況であっちこっち嫌々さまよってると色々擦り切れるんだよ。わかったならとっととくたばりやがれクソガキ風に見せてギャンブル依存性のオッサン」

 すごく綺麗に笑ってるけどすごく額に血管浮いてる!!これ絶対怒ってる!!というか肺活量!!肺活量すごい!?
 ……そう言えば僕が8歳くらいの時、ロジャー兄さんに「プライドだけは無駄に高いよね兄さん」みたいなことも言ってたような……?あれ、本来は結構毒舌なのかな兄さんって。

「ああー……そりゃ正気もなくすわな。悪意も裂けたんだっけか」
「この街の怨念どものせいでだけど何か。持ってかれすぎたら「ローランド」はいなくなるし、ロジャー兄さんの存在を証明できなくなる。……ロブやロッドも、まだ立ち直れてない。心底嫌だけど、俺はまだいなくなれない……。……まあ、それを望んだのは……。…………なんでもない」

 俯いた表情から、笑みはほとんど消えていた。
 ……初めて、兄さんの本音を聞いた気がする。  
 兄さんは荒い呼吸を整えながら、鈍く光る眼差しをレニーに向けた。

「レオはそこでイビキかいて寝てるが……ま、そのうち起きるだろ。情報収集だけはこっちも欠かしてねぇし……どうする?暇つぶしになにか聞きてぇことあるか?」

 道端でチンピラはマイペースに爆睡中。
 すごいなこいつ……。

「レヴィくんは、ロブに危害を加えそう?」
「……邪魔になるならわからねぇな。アイツは場合によっちゃ身内だろうがなんだろうが贔屓はしねぇ。自分すら呪って突き進むだろうよ」

 ……それは、いくら大切な人でも、自分の手で殺めてしまえるってことなのかな。
 兄さんの顔から、さらに笑顔が消える。……やっぱり、苦しそうだ。

「なら気をつけないとな。……本当にどうしようもないな。身内の幸せくらいは願っとけよ。大義やらなんやらとどっちが大事なんだか……」 

 吐き捨てるように悪態をつくけど、

「兄さん、痛いなら無理は」
「何呑気なこと……。あんなに人任せだったお前がこんなに頑張ってるんだ。……いつまでも他人事にしてられるか」

 その状態の方が、ただ笑っていた時よりよほど……温もりを感じた。
 他人事にしていたから痛みから逃げられた。他人事のように捉えていたから……取り入れた「キース」の感情に、僕以上に違和感を持たなかった。

 だから、だろうか。あの憎悪に触れたことで、無意識に求めていた助けを呼んでしまったのかもしれない。
 ……きっかけになったメール。何もできなかった、ロッド兄さんに直接会いたかった……と語ったのは、狂気の中に沈んだ本音だったのかもしれない。

「ありがとう。……ごめんね、兄さん」
「わざわざ謝るなよ。お前はやりたいことをきっちり……今度は、後悔しないようにやり遂げるのが先だろ」

 一度激怒して吹っ切れたのか、兄さんは僕の背中を軽く叩いて立ち上がる。

「……次はレニーさんの番です。目的がまだわからないから……はっきり聞かせてください」

 取ってつけたように敬語になった……。もしかして、年上っぽいからかな。そのあたりは律儀なんだ……。
 観察していたエメラルドグリーンがきらりと光る。トランプをコートの胸ポケットにしまって、レニーはにっと笑った。

「いいぜ。……ただし、タダで教えてもらいたきゃ、俺に付き合えよ?」
「……ポーカーかなにかですか?……っ、あまり、時間は……」

 痛みが、まだ肉体を蝕んでいるのかもしれない。
 一度壊れたものは治らない。……そう思うと、胸が痛む。
 それでも兄さんは、必死で現実にしがみつこうとしている。噛み締めた唇から血が滲むくらいに……。

「……そうだな。ならお前さんの秘密をひとつ、代わりに頂いとくか。弱みになるやつ。……それなら、とち狂ってても言えるだろ。むしろ白人格そっちのが言える」

 手の内を明かすからには、当然の取引に思えた。
 ……弱みになる秘密。どんな言葉が出てくるのか、思わず僕も身構えてしまう。

「…………ローザ姉さんに聞いたら、たぶん写真があるよ。昔、ノリで女装させられた時のとか……色々。色んな服を着るの自体は好きでも、見せるのは恥ずかしかったな」

 いつもの笑顔に戻りながらそう言った。
 …………確かに弱みでしかない。あと、知らなかった……。これ、聞いてよかったのかな……むしろ言ってよかったのかな……。

「鍛えちゃいるが締まってて細いからな。兄貴に比べりゃ随分と優男だし、アリかもしれねぇぜ」

 あ、流石に悪いって顔してる。

「じゃあ俺、カミーユさんに呼ばれてるから」
「あ、兄さん、ありがとう。……色んな意味で」

 そのままいつものように消えていく。……さっき僕が通ったような裂け目?に入る時と、肉体ごと消える時があるみたいだけど……今回のは前者だった。

「……聞いたのはそういう系統じゃねぇんだが……。ま、情報の場所まで暴露されちゃ、敬意を示してきちっと答えねぇとな」

 ほんとだよ。僕だったら大ダメージにも程があるよ。

「俺らの目的なんてシンプルなもんだ。サバイバル生活ってやつだな」
「……サバイバル?生き延びるってこと?」
「おうよ。察してるだろうが、俺らはろくな人生を送ってねぇ。……俺がどこまで存在できて、兄弟がどこまで生きてられっか……それが知りてぇ」

 幼いままの手のひらを見つめながら、レニーは熱の入った口調で語る。
 生きたい。それは確かに、基本になるはずの本能だ。本当はそれが当たり前なのかも……。……兄さんは……それすら、生前には……

「……おい。アレ、どっちだ」

 びりびりと、空気を震わせる殺意。
 その声が寝転がっていた男の口から出たものだと気づくのに、時間がかかった。

 なに?

 声が出ない。

「……安心しろ、まともだ」
「ふーん」

 のそりと起き上がりながら、褪せた金髪の男……レオナルドは、僕をちらりと見た。……正確には、僕の背後を。
 僕を全く意にも介さず、レオナルドはスタスタと通り過ぎる。

「よっ、レヴィ。あんまり顔色良くねぇな、生理?」
「……開口一番がそれか貴様……」

 振り返ると、柘榴のような赤毛が遠目に見える。
 翡翠のような瞳に、確かに、陰りを感じた。
 レオナルドは臆することなく彼の……レヴィの耳元に口を寄せ、顔面をガシッと掴まれる。

「いいじゃんカリカリすんなって。美人が台無しだぜ」
「……何千回、いや何万回と言い聞かせねばわからんようだがな、俺は男だ」
「こまけぇこたいいんだよ。どっちもついてるとかお得感すごくね?」
「そうか、ならば貴様も何か増やしてやろう。その喉元にもう1つ口が欲しいようだからな」

 こめかみに青筋を立てながら、レヴィはこちらに歩いてくる。
 ふと、その足が止まった。僕達をまっすぐ捉えた瞳を見開いて、低い声で呟く。

「……死にたいのか」

 レオの言葉に返した……とは、流石に思わない。
 その言葉は、出会った時のように僕に向けられていた。

 赤い影が弾け飛び、目前に迫る。避けようにも、凍てついた視線に足が止まる。どうにか蹴りをかわし、護身用の武器を……手に、できなかった。
 腹に、重い拳が叩き込まれる。
 躯の芯にまで届く一撃。視界の端に映ったのは、褪せた金髪。

「往生際が悪いな。……コルネリス・ディートリッヒ」

 レヴィは、彼を救った。

「僕は……僕は正義のために……!」
「…………くだらんな。怨念あちらの俺も馬鹿げているが、貴様の稚拙で甘ったれた正義とやらもくだらん。……一度、その業で自らを裁いてから出直すがいい」

 冷たい声色でそう告げ、耳元で、

「ロバート、いつまで寝ている。それはお前の肉体だろう」

 ……僕に宛てて、囁いた。

 身体から何かが抜けていく感覚。……怨霊となった以上、彼は、レオの近くにはいられない。

「……キース、君ならきっと向き合える」

 茶色の瞳が、僕の青い瞳を映し、肉体が揺らぐ。
 ……そのまま、風に飛ばされるように消えていった。

「レヴィくん、ありがとう」
「……ふん。武器すら持ち歩いていないとは……本当に能天気な男だ。あの人が苦労した理由がよくわかるな」
「そーそー。ナイフくれぇ持っとけ」

 悪態をつくレヴィくんを尻目に、レオはコキコキと首を鳴らす。
 そのまま大きくあくびをして、また違う場所で横になった。
 ……えっ、嘘だろ。何のために起きたんだこいつ。

「そりゃあお前さん、殺気感じたから反射的に起きたんだろうよ」
「……や、野生動物……?」

 とにかく、それよりはレヴィくんの言葉が気になる。
 彼はキースのことを知っていた。それなのに僕を助けたし、キースも見逃した。……そこに、どうしても違和感がある。

「……何を見てきたか知らんが……。……カミーユさんが情報なら伝えてきたからな。自分の人生の顛末などよく知っている」

 尻もちをついたまま見上げ、凝視する僕の意図を汲んだのか。彼は落ち着いた様子で答える。

「だからこそ、運命に抗うと決めた。……俺がいずれ必ず呪う存在になるというなら、抗うまでだ。……呪いなど、俺の弱さに他ならない」

 中性的な手を差し出して僕を立たせ、彼は珍しく笑った。
 かっこいい言葉に似合わな……いや、むしろ似合いすぎ……とにかく、凶悪な笑顔だった。それは間違いない。
 ……怖いけど、ちょっとだけかっこいい気がしなくもない。いやでもやっぱり怖い。カミーユのがまだ癒しになる。

「面白ぇだろこいつ。いつ憎しみに呑まれるか分かんねぇし、スリル満点だぜ?」
「すごい綱渡りじゃないかなそれ!?」
「……何事も楽しむ姿勢は、なかなか勉強になるな」
「何に納得してるの!?」

 腕を組みながら、レヴィくんはうんうんと頷いている。
 えー……人を呪い殺せるわ運命に抗おうとするわ、この人の精神力何……?

「時には馬鹿にもなってみるもんだ。その方が前に進めるもんだぜ?……ずっとはやめとけよ?」
「……そうする」 

 こんなこと言ってもどうにもならないけど、カミーユがどれほど優しかったのか痛いほどわかった。
 乗り越えないといけない壁だろうけど……。……この人達、怖い……。
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