【完結済】敗者の街 ― Requiem to the past ―

譚月遊生季

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第3章 Link at the Lights

47.「強欲商人」

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 ロジャーとは、まだ幼い頃に出会った。
 母がいなくなった後、その人に拾われてな。施設に行くまでの短い時間だが……。
 ……強欲商人としての噂を聞いて驚いた。
 強引な手腕に金の亡者……それらは彼の姿から程遠く思えたからな。
 ロジャーが善人だったからではない。……彼はそもそもが金銭に頓着しない性質だった。商人としてあの金銭感覚は致命的だろう。何度俺が無駄な食材を買うなと言ったことか……。……すまん、余計なことを話したな。



 ***



「ロジャーにロバートにローランドに……名前ややこしすぎんだろ。もっと差別化しとけ」

 今、僕はゴロツキたちに名前なんてどうしようもないことで絡まれています。
 キースが中にいないので1人で受け止めてるけど、うん、怖い。これは怖い。

「名付けについてとやかく言える立場ではないだろう。……それに、俺達にとって重要なのは因縁を解き先へ進むこと以外にはない。無駄な話は慎め」
「それが無駄でもねぇんだよな……。この街に絡んでんのがロバートの兄貴達なんだからよ」

 背後で爆睡してる人も含めて、なんか怖い。
 僕は不良とは縁遠いところで生きてきたから、本当にやめてほしい。とにかく怖い。

「……強欲商人、はロジャーとされているが……どうにも違和感がある」
「……あの……記憶がなくても情報で憎いとは思わないんですか……」
「……なぜ突然敬語になった」

 怖いからだよ!!根はいい人だと思うけど普通に怖いよ!!
 頼むから睨まないでください。

「思わんな。実感というものはやはり大きい。いくら顛末を知っていたとして、それが自分のことであるとにわかには結びつかん」

 それはそうかもしれない。しっかりしてるところはやっぱり頼りになる。

「さらに言えば、あの状態の「俺」も憎しみを正当化するために善い記憶を大幅に忘れ去っているようだからな。……どちらかが真実の姿と安易には言えんだろう」

 れ、冷静だ……!!かっこいい!でも、いつそっち側に行くかわからないってとんでもない爆弾抱えてるのは変わらない……のかな。

「レヴィくんってすごいね。そんな状態でも動けるんだから」
「生憎だがお前とはくぐってきた修羅場が違う。そもそもが比較対象にならん」

 そんなにバッサリ言わなくても……。

「お前さん、わかりやすいな。さっきから百面相が見てておもしれぇ」

 ……そんなに顔に出るタイプなのかな、僕……。

「ああ……信頼関係は築きやすい。要領がいいかと言われれば話は別だがな」
「だな。カードゲームにゃ向いてなさそうだ」

 待って、酷い。
 ……背後でいびきが止んだ。起きたのかな。
 あれ?でも、この前はレオとレヴィくん、会えないみたいなこと言ってたような……?

「……誰こいつ」
「……貴様の記憶力は鳥以下か。ロバートだ」
「あー!学者かなんかの!」

 単に記憶力がないだけな気がしてきた。
 髪の色が赤くなりかけ、すぐに金色に戻る。赤髪の時は若いけど、金髪の時はそこそこ年齢が行っている。……ように見える。
 ……精神年齢はわからない。

「おい、レオ。親子喧嘩は終わったか?レヴィの方は絶賛反抗期だろうけど」
「誰が反抗期だ。こちらは至って正当な怒りだろう」
「嘘ついてごめんっつってた。あと切り替え?とかよくわかんねぇわ。ノリで行っとこ」
「……軽すぎていささか反応に困るが、貴様の中に親父がいるという証言は信じておく。一応はな」

 その状況だといささかどころじゃないと思うんだけど。
 ……もしかして、面識自体はあるけど父親の仇かもしれないとなって、でも本当はそうじゃなかったってことなのかな。メール見れてないけど、この圧で携帯をいじるのは抵抗がある。
 僕、もし修羅場になったら長居できる気がしない。怖すぎる。

「ローザにはもう会ったのか?」
「……会ってない。ここにいるってことも、最近察したくらい」

 レニーが問いかけてくるけど、僕にはローザ姉さんの記憶自体そこまでない。渡せる情報なんかほとんどないし、むしろ僕が知りたい。
 気が強そうで、でも優しい時は優しい人だったような……って印象は覚えてる。

「向こうが会いたくねぇんだろうな。ロジャー・ハリスが「強欲商人」じゃねぇってんなら、妻って名乗ったアイツがそうだろ」

 姉さんのことだから有り得る。そこらへんはしっかりした人のはずだ。
 ……そっか。まだロジャー兄さんの妻って名乗ってくれてるんだ。姉さん。

「……ローザ・アンダーソンか……特に因縁がある相手ではないはずだが……」

 ……そう言えば、多少は因縁があるから呼ばれるんだったっけ。ここ……。
 と、目の前に突然ビルが現れた。
 え?なんで?ビル?なんで?

「ビジネスつったらビル街だもんな」

 レニーがサラッと言う。

「この場所では何があってもおかしくはない」

 レヴィくんの冷静な声がする。

「でけー」

 レオの感想は置いておく。
 え?驚いてるの僕だけ?

「安心しろロバート。サプライズってのは驚く側もいなきゃ成り立たねぇ。お前さんの素直な感性、俺は嫌いじゃねぇぜ。むしろ好きだ」

 れ、レニーさん……!外見は子供だけどかっこいい!
 暗にいじりがいがあるって言われてる気がしなくもないけど!!

「これが出てきたってことは、俺らに会いたくなったんだろ。ローランドもわざわざ名前出してたしな」
「……あの人がそこまで意図していたかは知らんがな」

 怖いけど、頼りになる面々かもしれない。
 ……というか、建物突然出てくるとかもあるんだ……。

「ちわーっす」

 待って!?なんで平然と乗り込めるのレオ!?
 スーツの男性が見え……たと思ったら消えた。違う。吹っ飛んだ。

「おし、入口のは片した」

 なにを……?

「見張りってんならまだ分かるけどよ、これ趣味だからな」

 アッパーを食らって伸びてる男はロマンスグレーの七三ヘア。
 腹に蹴りを食らったらしい若者はピアスまみれで毒々しい緑髪。ちなみにピンクのメッシュ入り。   

 ありとあらゆる男性が同じスーツを着て同じフロアにいる。総勢は30人くらい。よく分からないけど異様な気配がすごい。

「社長どこ?」
「何度も言いましたがアポイントメントをお取りください……」

 微動だにしないほかのスーツ男達の視線が痛い。殴り倒したガタイのいいスキンヘッド男の胸ぐらを掴むチンピラという完璧すぎる絵面……どこからどう見てもこっちが悪い。アポ取りは必須だと思う。
 ……レヴィくん、何で引きつった顔してるんだろう。

「無理。オレそういう趣味ねぇもん」
「楽しいですよ、ローザ様の下僕」

 いや、なんの話だ。なんでちょっと嬉しそうなんだスキンヘッド。

「あらぁ、相変わらず素敵な腕っ節ね。ますます好みだわレオ様」 

 廊下の向こうから黒髪の女性が歩いてくる。真っ赤な紅を引いた唇が、僕を見て確かに言葉を躊躇った。
 スーツ姿にタイトなスカート。ピシッと決まってるけど、化粧が若干濃い気がする。

「…………調教でもしたのか?奴らの動きに統率が取れすぎているが……」

 レヴィくんがひたすらドン引きしている。

「ええ、わたくしの趣味よ。愛らしいでしょう」

 ……。キースの記憶の中に出てきた、アドルフに情報を売った女性って……まさか……。

「久しぶりねロバート。元気にしていたかしら?」
「え、えっと……さっき吸い取られたかな……」

 呼ばないけど、呼べないけど、兄さん助けて……。



「ローランドの女装ねぇ……。確かに、衣装係をしてた頃は実験台にしたものだわ」

 テーブルを挟んで向こう側はキャリアウーマン。僕の左隣は足組んでるチンピラ。右隣は腕組んでる仏頂面。背後……というかソファの背もたれに座るのは少年の霊。姉さんの背後にはスーツ男が2人。

 怖い。

「でも、本題はそんなことじゃないわよ。……ああ、レオ様かレヴィが下僕……じゃなくて、部下になってくれるならそれも素敵だけど。アドルフには拒否されたし、カミーユはもうドのつくMだから調教しがいがないの」
「悪いが断る」
「オレそーいう……なんつーの?ソシキ的なの苦手」

 姉さんが生きてるのは嬉しいけど、そのうえ変な趣味に目覚めてるって正直なところ知りたくなかった。
 というか、レオの方はなんでレオ様なんだろう……。

「……ロバートが逃げるつもりなら関わる気はなかったんだけど、こうなったら仕方ないわ」

 真っ赤な口元から、うっすら浮かんでいた笑みが消えた。

「敵になるつもりも味方になるつもりもないわよ。……わたくしの立場はグリゴリーって人と似たようなもの。あまりこの街には関わりたくないの」

 得体の知れないものには触れたくない。……それも賢い判断だと思う。
 ……責め立てることは、僕にはできない。
 後ろを向いていたレニーさんが、くるりと向き直る。

「なら、なんで俺らを呼んだ?」
「……サーラ・セヴェリーニっていう女から電話が来たのよ」

 サーラ?どこかで聞いたような……。
 僕が思い出す前に、息を飲む音が上から降ってきた。

「ああ、そういうことか。……お前さん、なんだかんだ愛してんだな。旦那のこと」
「あら、未亡人がお好きだったのかしら?」
「未亡人も人妻も大好物だぜ。なんならレオよりこっちに乗り換えてみるか?」

 よく分からないけど、2人には共感できる何かがあったらしい。
 ……サーラ……って、もしかしてキースの好きな人……?

「……わたくしは貴方達に関わる気なんてちっともないけれど……わざわざ危険を承知で飛び込む相手の応援くらいはしたいの。……それが幽霊に初恋を奪われた女なら尚更」

 紅茶のカップを持った薬指に、きらりと光る指輪。
 ヘーゼルの瞳が、ちらと僕の背後を見て……やがて、僕の姿を映す。

「少しロジャーに似たわねぇ、ロバート」

 出会った時に躊躇っただろう台詞を、今度こそ聞いた。

「グリゴリーのところに行きなさい。ここから完全に抜け出すために何度か足を運んだんだけど……イオリって子の意見、面白いわよ」 

 イオリが言っていた「おばさん」は、姉さんのことだったのか。

「……根拠はあるのか?」
「女の勘よぉ。レヴィ、貴方は男だからわからないでしょう?」
「……まあ、そう……だな」
「ふふ、貴方は男性よ。……兄がなんと言おうと、そう思っているわ」

 レヴィくんはわずかに翡翠の目を見開き、やがて静かにそらした。
 ……本人はきっと語ろうとしないけど、後で話を聞こう。……聞いてあげたい。

「じゃ、医院にでも行くか。一応言っとくが、レオはなるべくロバートから離れんなよ」

 レニーさんの提案を合図に、レオがのそりとソファから立ち上がる。

「……ロバート。街から出たらお茶でもどうかしら?久しぶりに貴方の話が聞きたいわ」

 優しい、姉さんの声。

「ありがとう姉さん。僕、頑張るね」
「ええ……そうね。そう言うわよねぇ……」

 伏せた瞳は、今にも泣き出しそうな色をしていた。

「……あの人、ガキとかいんの?」

 廊下に出ると、オフィスは建物ごと揺らいで消えた。
 異国の路地裏が、目の前に現れる。

「いないよ。……結局、できなかったんじゃないかな」
「ふーん……。だからか」

 レオが呟いた言葉には、片割れとは別種の共感が滲んでいた。
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