世界の見せる真実が、俺の想像を超えていく 〜ROOTS(ルーツ)〜

いぬは

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Case 06:Idol’s Vision

39 穢れ多き世界です

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「こやつは“ゆい”と言ってな。昔は“大社”で共に暮らしておったのじゃ。
 ――じゃがある日、急に“人の世をもっと見てみたい”などと言い出してな。勝手に飛び出して行きおった」

「仕方なかろう。絵巻物を見ていたら、どうにも人の暮らしが気になってのう。そんなことより、“すーちゃん”はまだ大社に……」

 鈴がギロリと結を睨む。
 その威圧に、結は慌てて口をつぐんだ。

「す、鈴じゃったな……」

「ふん。今はな、“お主が護るはずじゃった宝珠”の守り手を、代わりに護っておるわ!」

「す、すまぬ……」
 そう言って結は申し訳なさそうに肩を落とす。

「なあ、話の途中で悪いんだけどさ……」

 俺は二人の間に割って入る。
 二人の昔話も気になるけど、今は死猿の調査が優先だ。
 近寄ってきた藤宮が、眼をキラキラさせて今にも飛びつきそうだしな……。

「ふむ、そうじゃったな。それで――お主、ここで何をしておるのじゃ?」

「うむ……じつはのう」

 結は少し目を伏せ、静かに語りはじめた。

「大社を飛び出したあと、儂はこの地で“落人”や“戦で親を失った子ら”を守りながら暮らしておったのじゃ。やがて人の世が落ち着くにつれ、村人たちは次々と里へ下り、最後の一人が去ったあと――儂もこの地を離れ、各地を放浪しておった」

 そこまで語ると、結は遠い記憶を見つめるように目を細めた。

「そして、久方ぶりにこの地を訪れてみれば……“サルども”が居座っておっての。
 やつらは言うのじゃ――“今の人の世は乱れておる。なんとかして正したい”とな」

「まさか……それで力を貸したのか?」

「うむ。長く旅をして見てきた世もまた、欲と欺瞞ぎまんに満ちておったゆえ……やつらの話を聞いておるうちに、力を貸してやろうと思うたのじゃ」

 まぁ、今の世の中を旅した結が何を見てきたのか、想像に難くはないな……。

「じゃが、それが過ちじゃった。やつらは力を手に入れると、正すどころか“自ら人を裁こう”としたのじゃ。当然、儂も止めねばと思い忠告した。すると、やつらは“自分たちが間違っていた”と反省し、この祠を儂のために建てると言うたのじゃ」

 そこで結は苦い笑みを浮かべ、肩を落とした。

「――そして、分かってくれたと安心したころ、やつらは儂をこの祠に封印しおったのじゃ!」

 その後、俺たちは結から詳しい話を聞いた。
 どうやら、サル(死猿)は今では滅多に姿を見せないらしい。
 現れるとしても、せいぜい数匹――。
 それも、決まって“隣の山”の方角からやって来るという。

「つまり、やつらのねぐらはその山の中ってことか?」

「うむ。昔、村人から“そこに小さな祠がある”と聞いたことがある。おそらく、そこじゃろう」

 結の言葉に、鈴が小さく頷く。

「……なるほどのう。であれば、そこに“猿神”もいるのじゃろう」

 ――“猿神”が祀られていた祠。

 どうやら、次の目的地は決まったみたいだな。


 ◇◆◇


 結から話を聞いた後、俺たちは駐車場まで戻ってきていた。
 その際、死猿たちに怒り心頭の結が「自分も行く!」と“猿神退治”への同行を申し出てきた。

 車に乗り込み、鏡見家へ向けて山道を下る。

「なあ、このまま祠に向かったほうが早いんじゃないか?」

「あせるでない。今から向かっては、着くころには日が傾く。夜はやつらの“領域”じゃ。それに今回は――茜も連れて行く必要があるのじゃ」

「鏡見が?」

「うむ。自称とはいえ、猿神は“亜神”なのじゃ。我らだけでは倒せん」

 その言葉に、車内の空気が一気に重くなる。
 ――その時。
 重い沈黙が、スマホを見ていたブッチの叫びによって破られた。

「おい! ニュースを見てみろ! 京都の町がヤバいクワッ!!」

 俺は慌てて車を止め、スマホのニュース配信を開いた。
 画面に映ったのは――そこら中から黒煙を上げる京都の町だった。
 道路はひび割れ、ビルのガラスが砕け散り、あちこちで火の手が上がっている。
 住民たちが道路や公園に避難している映像が流れ、混乱した様子が伝わってくる。

「な、なんだこれ……!? 一体どうなってんだ!?」

「これは……もしかしたら“猿神”が完全に目覚めたのやもしれん」

「“猿神”が完全に目覚めた? それには“宝珠”が必要なんじゃないのか?」

「おそらく“人の欲望”が想像以上に膨大だったのじゃ、そして……結が力を貸したのが影響しておるのじゃろう」

「でも映像を見た感じだと、“死猿”や“猿神”が暴れてるようには見えないぞ?」

「おそらくは――“猿神”が目覚めたことで、京都中の結界が反応し“共振”を起こしたのじゃろう」

「共振って……たしか音叉とか、地震でビルが大きく揺れる、あの現象か?」

「そうじゃ、何百もの結界が一斉に作動したことで、局地的な地震のようなものが発生したんじゃ」

 山を下る途中、車窓から見える景色に息を呑む。
 眼下には、まるで大地震が起こった後のように、破壊された京都の町が広がっていた。

「しかしまずいな。……これ以上“穢れけがれ”が溜まると、京都の“大結界”が発動しかねんぞ!」
 鈴が焦ったように叫ぶ。

「大結界? 何がまずいんだ?」

「“大結界”が発動すれば、京都に住む妖怪どもはもちろん、人にもどれだけ影響が出るかわからん!」

「え!? 結界ってのは、邪を退けるものなんじゃないのか?」

「普通の結界ならばそうじゃ。しかし、大結界はあらゆる“穢れ”も同時に消し去るのじゃ」

「それが何か問題あるのか?」

「わかりやすく言えば――“病”“怪我”“ストレス”“鬱”“負の感情”“倫理観の欠如”。今を生きる者のほとんどが、何かしらの“穢れ”を抱えておる。
 そして大結界は、それらと結びついた肉体や心まで、まとめて消し去ってしまうやもしれぬ」

 鈴は一拍置き、静かに言葉を続けた。

「大結界とは、“人”ではなく、“京という都”を護るための結界なのじゃ」


 ◇◆◇


 急ぎ鏡見家に戻った俺たちは、準備を整え“猿神の祠”へ向かうことになった。
 今回は、“猿神退治”には鏡見の力が必要とのことで、鏡見と護衛の彦左さんも同行する。

「目的地に着くころには夜になるであろうが、仕方あるまい。このまま朝を待てば、“大結界”が発動しかねんからのう」

「お待たせしました!」

 その声に振り向くと、そこには長い髪を後ろで束ね、巫女装束みこしょうぞくに身を包んだ鏡見が立っていた。
 白と朱の衣が、傾きかけた太陽の光に淡く照らされている。

「どうです? 似合ってますか?」

「あ、ああ……本物みたいだ」

「もう、“本物のかんなぎ”なんですけど」

 そう言って頬をふくらませる姿に、一瞬だけ緊張が和らぐ。

「ほれ、急ぐのじゃ。時間がないぞ!」

 鈴の声に促され、俺たちは車へ乗り込んだ。
 窓の外では、茜色に染まる空を背に、京都の町がゆっくりと沈みはじめていた。
 全員の表情は真剣で――これから始まるであろう壮絶な戦いを予感させた。
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