世界の見せる真実が、俺の想像を超えていく 〜ROOTS(ルーツ)〜

いぬは

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Case 06:Idol’s Vision

40 神楽舞う!

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 猿神の祠に向かう俺たちの車は、町から離れ山道に差しかかる。
 山道から見下ろす京都の町は――いまだに煙を上げていた。
 ところどころで灯りは途絶え、暗闇に沈む建物の隙間からは、遠くサイレンの音が響いている。

「鏡見の力が必要って話だったけど、どういうことか説明してくれないか?」

 俺は、準備で聞けなかった疑問を口にする。

「そうじゃな。現地に着く前に、今回の作戦について話しておこうかの」

 鈴が小さく頷き、ゆっくりと語り出す。

「まず、茜の役割についてじゃが――“依り代(よりしろ)”として、神降ろしをおこなってもらう」

「神様を……降ろすってことか?!」
 はぁ……また神様かよ。

「“猿神”は曲がりなりにも“神格”を持つ存在。ゆえに神は、“神”にしか倒せぬ。それがことわりというものじゃ」

「なるほど……つまり鏡見が今回の肝ってことだな」

「そうじゃ。ゆえに、祠に辿り着いたら茜が“神楽舞かぐらまい”で、“神降ろし”を行う。その間、外からの邪魔を一切入れさせぬ――それが、我らの役目じゃ」

「了解。……で、神様を降ろしたら次は?」

「それでしまいじゃ」

 ――“それが神という存在”。

 鈴の言葉を聞きながら、俺の脳裏にはあの光景が蘇る。
 “ダイダラ事件”の時、藤宮を依り代に降りた市杵嶋姫命イチキシマヒメノミコト
 あの時の力を思えば……本職のかんなぎに神が降りたらどうなるか――想像もつかないな。


 ◇◆◇


 路肩に車を止め、二人が並んで歩けるくらいの細い山道を進む。
 周囲は闇に包まれ、灯りひとつない。
 頭上では星が瞬き、虫の鳴き声が静かに夜気を満たしていた。

「我と結が警戒しておるが、気は抜くでないぞ」

 鈴の声に、全員が頷く。

「茜ちゃん、私も頑張るから任せてね!」

「うん、よろしくね真琴ちゃん。私も絶対に成功させるから!」

 藤宮と鏡見が、両手に握りこぶしを作って励まし合う。
 上空では夜目の利く彦左さんが周囲を旋回し、偵察を続けていた。
 たまに山の奥から獣の走る音が響き、そのたびに神経が張り詰める。

 ――その時、空気が一変した。
 結界とは明らかに違う、ザラザラとした不快な感触が全身にまとわりつく。

「っ……!? これが“穢”か?!」

「やつらの領域に踏み入ったようじゃ。目的の祠は近いぞ」

 鈴の言葉どおり、道の先に小さな洞窟があり、月明かりに照らされた内部には祠があった。そして、そこには大きなサルの石像が鎮座していた。

(よし、ここで間違いない!)

 そう思った次の瞬間、静寂を切り裂くサルの鳴き声が響いた。
 その鳴き声は、まるで森全体から響いているように感じる。

 ――キィ……キッキィィィ……!

「……ついに来たな!」

「うむ、茜は神降ろしの準備を始めよ! 我らは何としても茜を守りきるのじゃ!」

「わかったわ!」

「ああ、任せておけ!」

 俺は死猿を見つけ次第、念動で動きを封じ、倒していく。
 だが、暗闇に潜む死猿は見つけづらく、近くに接近してからでないと対応できない。

「ちっ……暗くてやりづらい!」

「あせるでない。全滅させずとも、茜さえ守りきれば我らの勝ちじゃ!」

 藤宮がミョルニルを銃に変形させ、閃光を放つ。
 放たれた閃光は意思を持つかのように軌道を変え、正確に死猿を撃ち抜いていく。
 鈴と結も死角から迫る影を払い、戦線を維持して頑張っている。

「“清め塩水鉄砲”をくらうクワッ!」

 ブッチも、彦左さんが連れてきた木葉天狗たちと一緒に奮闘してくれている。

「しかし、何匹いるんだ!? まったく減る気配がないぞ!」

「おそらく、人の“欲”を媒介にしておるのじゃ。――欲望の数だけ、あやつらはおる」

「そんなもん、ほぼ無限じゃねぇか!」

 戦闘が始まって数分。
 すでにかなりの数の死猿を倒してきているはずなのに、その勢いは増すばかり。
 そんなとき背後から、澄んだ歌声が風に乗って届いた。

「……神楽歌かぐらうたじゃ。神楽舞かぐらまいが始まったようじゃの」

 ちらりとそちらを振り向くと、月明かりに照らされた鏡見が舞を踊っていた。

 その歌声は――
 まるで、畏れ多くて触れられない存在への“恋歌”みたいだ。

 手にした神楽鈴が揺れるたび、澄んだ音色が夜気に溶けていく。

 ――シャリン、シャリン。

 星はその旋律に合わせて瞬き、月光を纏う鏡見の姿は――
 現実と夢の境が、静かにほどけていくんじゃないかと勘違いするほどだった。


 ◇◆◇


「もう少し。――みな、頑張るのじゃ!」

「猿神の姿が見えないんだが……まだ目覚めてないとか?」

「いや、必ずおる。京都の惨状を見たであろう? そうでなければ説明がつかん!」

 ――その時だった。

 上空で戦っていた木葉天狗たちが、次々と羽をもがれたように墜ちてくる。
 同時に俺たちの周囲を、巨大な“影”が覆う。

 空を見上げる。
 月光を遮る漆黒の輪郭――
 逆光の中、その体の縁だけが赤黒く輝き、灼けるように赤くギラつく双眸が、俺たちを睨みつけていた。

「やつが猿神じゃ!!」

 鈴の叫びと同時に、猿神が咆哮とともに急降下し、舞を続ける茜めがけて一直線に落ちてくる。

 ――グラァァァァァッ!!

「させるかよッ!」

 俺は両手を突き出し、念動を一点に集中させた。
 見えない力が奔り、猿神の巨体を空中で絡め取る。

 空中で停止した猿神は、苛立ったように咆哮し、激しく身を捩り、凄まじい力で拘束を逃れようと暴れる。

「くっ……! こいつはキツい!」

「結っ!」「鈴っ!」

 眩い光とともに、鈴と結の姿が膨れ上がる。そこに現れたのは――顔に赤の隈取くまどりを刻んだ、二匹の巨大な白狐。
 白銀の毛並みが月光を浴びて揺らめき、尾が夜気を裂く。

 ――その姿は、神獣というにふさわしく荘厳。

 あれは……鈴と結!?

「ゆくぞ!」

「まかせるのじゃ!」

 瞬間、二匹は疾風のように跳躍し、猿神の懐へと突っ込む。
 刹那、回転――そして同時に強烈な蹴を放った。

 その威力は凄まじく、俺の念動ごと猿神を吹き飛ばし、岩肌に叩きつける。

 ――グギャァァァァァッ!!

 地鳴りのような咆哮。岩が砕け、砂煙が宙を舞う。

 立ち上がろうとする猿神へ、藤宮がミョルニルを連射する。ブッチや天狗たちも一斉に攻撃を叩き込んだ。

 ――グッ、グググァァァッ!!

 だが、奴の身体は崩れない。
 燃え上がる眼光が、俺たちを睨み嘲笑うかのように輝いている。

「まじか、あれで倒せないのかよ!」

「言ったであろう――神は、“神”でしか倒せぬのじゃ!」

 すかさず、鈴と結が猿神に向かって攻撃を放つ。

「時間を稼ぐのじゃ!」

 そして俺は、猿神への攻撃に集中する。
 無数の死猿は藤宮やブッチ。それに彦左さんと木葉天狗たちが、なんとか抑え込んでくれている。

 猿神が投げてくる巨大な岩を、念動で死猿へ向けて弾き飛ばす。
 それだけで数匹の死猿が霧散する。

 それに合わせて、別の死猿が襲いかかってくのを鈴と結が蹴り飛ばす。
 俺たちは、みんなの奮闘でなんとか猿たちの猛攻を防いでいく。

 ――そして、その時が来た。
 辺りに鏡見の透き通った声が静かに響く。

「お待たせしました」

 そして、静寂。

 一瞬にして、あたりを覆っていた不快な穢が消え去る。
 鏡見の身体は白銀に輝き、その瞳に金色の光が宿る。

 そして、なおも暴れ狂う猿神に向かい、彼女は静かに一言。

『――滅せよ』

 その言葉が放たれると、世界が止まった。
 次の瞬間、猿神たちは自分の身に何が起こったのかもわからないまま、黄金の粒子となって崩れ、夜の闇へと溶けていった。

「うっわ……まじかよ」

 藤宮もブッチも、ただ呆然とその光景を見つめている。

 一瞬の静寂のあと――声が響く。

『鈴、結……久しいですね』

「お久しゅうございます、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ

『契りを守りしこと、感謝します、鈴。これからも、この娘を頼みますよ』

「はい」

『して、結よ。そなたはどうです? 人の世はいかがでしたか?』

「絵巻に描かれているほどには、きらびやかな世ではございませんでした」

『……では、どうする。 まだ旅を続けますか?』

「いえ、終いにしようかと存じます」

『そうですか。ならば――これからは鈴と共に、この娘を見守ってやりなさい』

召命しょうめい承りました」

『さて、これ以上留まれば、この娘にも負担がかかるゆえ戻るとしましょう』

 そして大神は、俺たちの方を静かに見渡す。

『お主らにも世話になりました。どうか、これからもこの娘と良き縁を結びなさい』

 その言葉とともに、鏡見の身体から光が離れ、天へと昇っていく。
 力の抜けた彼女を、彦左さんが優しく抱きとめた。

 ――静寂。

「昇神されたか……」

 鈴の声が、夜空へと溶けていく。

 見上げた空には、果てなき帳のもと、幾千幾万の星が瞬いている。
 その光はまるで――天上に座す神々が無言のまま世界を見渡しているかのようだった。
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