婚約破棄された令嬢、亡命聴取を受ける

ゆりんちゃん

文字の大きさ
7 / 10

第六章「本当の始まり」

しおりを挟む
 昼食を挟み、午後に聴取は再開された。
 部屋の空気は、午前とはまるで違う。もはや私の中にあった同情や憐憫は消え失せていた。残っているのは、巨大な謎に挑む調査官としての冷徹な覚悟だけだ。ヴィクトリア殿下から全てを託された今、この聴取の主導権は、私が握らなければならない。

 私は当たり障りのない質問から切り出した。
「イザベラ様。あなたの母国での人間関係について、お聞かせいただけますか」

「ええ。両親には愛されて育ったと自覚しておりますし、王家の皆様にも、王子の婚約者として大切にしていただいておりました。国王陛下は歴代でも屈指の名君と名高く、王子も……正義感が強く少々感情的な面はございますが、立派な方です」
「王子とは、恋愛関係に?」
「それよりは、同じ未来を目指す『同志』に近かったと存じます。だからこそ……なのでしょう。わたくしが不正を働いたとされる書類をご覧になった時、殿下は信頼する同志に裏切られたという強い衝撃を受けられたのだと……」

 その時、私の思考が止まった。
(……書類を、ご覧になった?)

 そうだ。証言では、王子殿下は公爵家に乗り込み、不正の証拠として書類を突きつけた。だが、それを行うにはまず書類を入手し、目を通していなければならない。話に聞いた王子殿下の様子から、ご自身で事前に調べていたとは思えない。ならば、彼が悪意を一切疑わず信じてしまうような人物から、その書類は手渡されたはずだ。

 嫌な予感が背筋を走る。私は弾かれるように背後のヴィクトリア殿下へ視線を送った。殿下もまた真剣な眼差しでこちらを見つめ返し、静かに頷く。

「イザベラ様。一つご確認させていただきます」
 私の声は自然と低く鋭くなっていた。
「その書類を、王子殿下は誰から受け取ったのですか?」
「側近の方だと、聞いておりますわ」

 その一言で、私たちはとんでもない思い違いをしていたことに気づかされた。
 イザベラ様の供述通り不正が濡れ衣だとして、側近はどうやってその書類を手に入れられたのか。なぜわざわざ偽装などという手の込んだ細工を行い、イザベラ様を罪人に仕立て上げようとしたのか。
 考えられることは一つ。
 この物語は、王子が公爵家に乗り込んだ日から始まったのではない。イザベラ様は、ただそこから語り始めただけだ。――本当の始まりは、そのさらに前にある。

 私は腹を括った。
「イザベラ様。もう一度、原点に立ち返らせていただきます」
 そして、この聴取で最も重い問いを投げかけた。
「この物語は、本当は、いつ、どこから始まったのですか?」

 私の問いに、イザベラ様はゆっくりと目を閉じた。長い、長い沈黙が部屋を支配する。コレット嬢が息を呑む音だけが、やけに大きく響いた。
 やがて彼女は、閉ざしていた瞼を静かに開いた。
 それは――覚悟を決めた者の目だった。

 その瞬間、私は悟った。
 ――日記と記録に残された、あの不自然な「空白」。
 あれは、人間関係から王子へ、そして書類の話へと私を導き、この最後の問いを口にさせるために、彼女が仕掛けた巧妙な道標だったのだ。

 イザベラ様は、静かに告白した。
「……わたくしは、人を死なせました」

 その言葉に、頭の中が真っ白になる。隣でカシャン、と乾いた音が響いた。コレット嬢が思わずペンを取り落としたのだ。彼女は慌てて拾い上げたが、その顔は血の気を失っていた。
 ただ一人、ヴィクトリア殿下だけが感情の色を消し、これまでにないほど鋭い視線をイザベラ様に向けていた。

 イザベラ様は懺悔するかのように、静かに語り始めた。
「詳細は申し上げられません。ですが、ある貴族の子息から報告を受けました。王家に近しいある人物が……本来決して関わってはならない者と、深い関係を持っているのを知ってしまった、と」
「彼はどうすればいいかわからず、私に判断を仰ぎに来ました。本来なら、すぐ父や陛下に知らせるべきでした。ですがその時のわたくしは、公爵家と王家、両方の権威に関わるその事実を前に冷静さを失い、判断を誤りました」
 彼女の顔が悔恨に歪む。
「自分一人で抱え込み、事実を確かめるため、信頼する近しい者に内密の調査を頼んだのです。その者は危険を承知で引き受けてくれました……。しかし、見てはならないものを見てしまったのでしょう。殺されてしまいました」

 イザベラ様は一度言葉を切り、感情を押し殺すように一息ついた。
「おそらく殺害も咄嗟の判断だったのでしょう。その後、その者がわたくしに近しい人物だと気づいたのだと思われます」

 そう語ると、イザベラ様は顔を上げ、その紫の瞳で背後のヴィクトリア殿下を真っ直ぐに射抜いた。
「ヴィクトリア殿下。もしあなたが最も信頼する者が危険な思想に囚われ、さらに国外の勢力と繋がっていると、あなたの父君である国王陛下が知った時……陛下は、どのような判断を下されるとお思いになりますか?」

 その問いに、ヴィクトリア殿下は驚愕に目を見開いた。
「……そういうことか」

 次の瞬間、殿下は凄まじい勢いで床を蹴り、イザベラ様のいるテーブルに詰め寄ると――バンッ! と両手で机を叩いた。
「お前一人の目論見ではないことは分かっている! 背後で糸を引いているのは誰だ!? 父君の公爵か、国王か、それともその両方か!」
 これまでの冷静さからは想像もつかない、剥き出しの激情。

 だがイザベラ様は怯まず、静かに首を横に振った。
「わたくしの口からは申し上げられません。ご想像に、お任せいたしますわ」
「貴様……!」

 なおも苛立つ殿下に、イザベラ様は言葉を継ぐ。
「ただ、亡命の手引きをしてくださった方より、一つ伝言を預かっております」
 凍てつくような静けさの中で、彼女は告げた。
「『こちらは、どちらでも構わない。全ては、あなた方次第だ』……と」

 ヴィクトリア殿下はその言葉を噛みしめるように沈黙した。やがて大きく息を吐くと、私たちに短く命じた。
「エリアナ、コレット。来い!」
 それだけ言い残し、殿下は踵を返して部屋を出て行った。
 私とコレット嬢は呆然としながらも、慌ててその後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件

やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ

O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。 それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。 ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。 彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。 剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。 そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

前世ブラックOLの私が転生したら悪役令嬢でした

タマ マコト
ファンタジー
過労で倒れたブラック企業勤めのOLは、目を覚ますと公爵令嬢アーデルハイトとして転生していた。しかも立場は“断罪予定の悪役令嬢”。だが彼女は恋愛や王子の愛を選ばず、社交界を「市場」と見抜く。王家の財政が危ういことを察知し、家の莫大な資産と金融知識を武器に“期限付き融資”という刃を突きつける。理想主義の王太子と衝突しながらも、彼女は決意する――破滅を回避するためではない。国家の金脈を握り、国そのものを立て直すために。悪役令嬢の経済戦争が、静かに幕を開ける。

平民に転落した元令嬢、拾ってくれた騎士がまさかの王族でした

タマ マコト
ファンタジー
没落した公爵令嬢アメリアは、婚約者の裏切りによって家も名も失い、雨の夜に倒れたところを一人の騎士カイルに救われる。 身分を隠し「ミリア」と名乗る彼女は、静かな村で小さな幸せを見つけ、少しずつ心を取り戻していく。 だが、優しくも謎めいたカイルには、王族にしか持ちえない気品と秘密があり―― それが、二人の運命を大きく動かす始まりとなるのであった。

処理中です...