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終章「闇の彼方へ」
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数日後。公爵は十三貴族を緊急招集し、王の罷免を求める議会を開いていた。
「……以上のことから、セレスティア王女が一連の混乱の首謀者であることは明白である! この混乱を鎮め、国を一つにまとめ上げるためには、王には王座から降りていただき、新たな王を据える必要があるのだ!」
公爵が拳を握りしめて力説する。
居並ぶ貴族たちは、もっともだと言わんばかりに深く頷いていた。
「では、採決を取ろう。陛下の罷免に賛成の方は挙手を」
その言葉に、次々と手が挙がっていく。
公爵は満足げに議場を見渡した――そして、動きを止めた。
たった一人、最後の貴族が手を挙げていなかった。
周囲から「何を考えている」「公爵に逆らうのか」という囁きが漏れる中、その貴族は顔を青白くさせながら俯き、堅く口を結んだまま沈黙を守っていた。
「……気の迷いだろう。少し時間を置く。もう一度採決を取ろう」
公爵は努めて冷静に提案したが、額には焦燥の汗が滲んでいた。
◇
一方その頃、エレオノーラは単身王城へ登城し、謁見の間へ通されていた。
玉座の国王テオバルトと王妃イザベラは、露骨な疑念と敵意を込めて彼女を見下ろしている。
「……何用だ」
王が低く唸る。
エレオノーラは礼もせず、切迫した口調で告げた。
「陛下。あの日以来、都で頻発する暴動は、もはや軍でも押さえきれなくなっています。兵の中から逃げ出す者さえ出始めているのです」
「だからどうしたと言うのだ」
「そう遠くないうちに、辺境貴族が『治安維持』を名目に軍を率いて王都へ乗り込んでくるでしょう。そうなれば内乱は避けられず、混迷は極まります」
エレオノーラは王をまっすぐに見据えた。
「そうならないうちに……王女セレスティアの罪を全て公にし、陛下には責任を取って王位から退いていただきたい」
「なっ……」
「それが、国を一つにまとめ、存続させる唯一の方法です」
王は激昂して玉座の肘掛けを叩いた。
「貴様!娘がしたことの責めを受け、我らに処刑台へ登れと言うのか!」
「いいえ。ご引退後のご身分と生活は、アルテンフェルス公爵家が保証いたします。これは両親も承諾しております。……なにより、我々も穏便な解決を望んでおります。公爵家といえども、後世の史書に『簒奪者』と記される事態は避けたい。これは我々の率直な利害でございます」
「我々に、地位すら捨てろと言うのか!」
王妃がヒステリックに叫んだ。
「国のためです。どうかご決断を」
深く頭を下げるエレオノーラに、王と王妃は顔を見合わせ、やがて呆れたように嗤った。
「散々、私利私欲で動いてきた貴様らが……今更『国のため』だと?」
王は嘲るように言った。
「笑わせるな。この期に及んで善人面か」
「……もしこの提案をお受け入れにならないなら、今召集されている十三貴族議会において、正式に罷免されることになります」
エレオノーラは最後のカードを切った。
「結果は変わりません。ならば、ご自身から退位された方が……」
「できるものなら、やってみるがいい!」
王が叫んだ。その声には、根拠のない確信が満ちていた。
エレオノーラは違和感を抱いた。
(追い詰められた末の狂気?……いいえ、何かがおかしい)
「我々を追放して、公爵家が新たな王家となるつもりか!」
しかしその疑問は王妃の叫びで掻き消えてしまった。
「此度の件、貴様らが娘を誑かし、行わせたのではないか!?」
「そんなことはありません!公爵家ですら、事態の収拾に追われ混乱しているのです!」
エレオノーラは必死に反論した。しかし、王は聞く耳を持たない。
「何を言う!王家が失墜して一番得をするのは、お前たち公爵家ではないか!」
(……駄目だわ。話が通じない)
もはや言葉は届かないと判断し、エレオノーラは「わかりました」と短く告げて踵を返そうとした。
その時だった。
ドスッ。
背後から鈍い衝撃が走った。
「……え?」
痛みはない。ただ、熱い。
エレオノーラが呆然と視線を落とすと、自分の腹部から白銀の剣が突き出ていた。先端から、ポタポタと赤い血が滴り落ちる。
「――終わりなのは、お前ら公爵家だ」
後ろから、耳元で嘲るような声が聞こえた。
聞き覚えのある、愚かで傲慢な声。
ズリュッ。
肉を削ぐ音と共に剣が引き抜かれる。
エレオノーラは支えを失い、冷たい床へと崩れ落ちた。
薄れゆく視界の中、血塗れの剣を手に立っていたのは――幽閉されているはずの第一王子、アレクシオスだった。
(……彼を、幽閉から解いたのですね)
エレオノーラのその言葉は、喉から溢れ出した血によって遮られた。
彼女は痙攣し、意識が遠のいていく。
アレクシオスは血塗れの剣を下げたまま、倒れたエレオノーラの横を悠然と通り過ぎる。
エレオノーラは混濁する意識の中で、王家のやり取りを聞いた。
「公爵家が、このような卑劣な手段で簒奪を目論んでいたとはな」
王が息子を讃える。
「すまなかった、アレクシオス。お前が正しかった」
「父上、母上。……私が正しかったと、わかってくれただけで十分です」
アレクシオスは、英雄気取りで胸を張った。
「しかし、そのための代償は大きかった」
王が嘆く。
「妹のことは残念です。……しかし、安心してください」
アレクシオスが高らかに宣言する。
「この私が、この国を導き、平定を取り戻してみせます! 公爵家の野望を挫いた今、恐れるものなどありません!」
「頼もしいわ。……次の王であるお前ならできる」
王妃がうっとりと息子を見つめた。
(彼らは……自分たちに都合の良い妄想の中に生きている)
(国の崩壊の足音など聞こえず、ただ目の前の政敵を排除した、ちっぽけな勝利に酔いしれている)
その滑稽な喜劇を、瞳の奥に焼き付けながら――彼女の視界はゆっくりと闇へと溶け、意識は深淵の底へ沈んでいった。
◇
「どうなっている!」
公爵は苛立ちのまま壁を叩いた。
あれから幾度も採決を繰り返したが、どうしても最後の一家だけが挙手をしない。何度説得や恫喝を繰り返しても、石のように黙ったままだ。埒があかず、一旦休憩となって公爵は議場から離れていた。
そこに夫人が駆け寄ってきた。
「あなた……」
彼女は不安げな面持ちで、王家に交渉に行ったエレオノーラがいつまで経っても帰ってこないと訴えた。
「王位という地位を簡単に捨て去れるわけはない。手間取っているのだろう」
公爵は忌々しげに吐き捨てた。
「だから無駄だと止めたのに」
そこに、配下が息を切らせて駆け寄り、一通の手紙を差し出してきた。
「閣下! こちらを!」
その手紙に差出人の名は記されていなかった。
「こんな怪しげなものを!」
公爵が配下を叱責しようとしたその瞬間、目が封蝋へと釘付けになった。
――そこには、教団上層部の者しか使うことを許されない紋章が封されていた。
公爵と夫人は顔を見合わせた。
(誰が出したかを公に知られたくない、ということか?)
内容を読み終えた二人は、驚愕で目を見開いた。
「……これは使えるぞ」
公爵は即座に夫人へ指示を出した。
「お前はこれを使って、あの反対している貴族を説得しろ!」
「あなたは?」
「私は城へ向かう。これはエレオノーラの手助けになるはずだ」
そう言うと公爵は手紙を懐の奥へと仕舞い込んだ。
「あなた……もし王家が苦し紛れに、我々に危害を加えるという可能性はないでしょうか」
心配する夫人に公爵は「そんなまさか」と首を振ったが、ふと考え直した。
「いや、彼らも相当追い込まれているはずだ。ありえなくもないか。念の為、警護の兵を連れていくことにしよう」
そして夫人にその場を任せ、公爵は出ていった。
その手紙には、『十三貴族のうちの一家が、貧民街に薬物をばら撒いている。その事実を弱みとして利用し、王家はその貴族に忠誠を誓わせている』と書かれていた。
◇
城門の前。兵を連れた公爵が門番と言い争っていた。
「私は公爵だぞ! それが入城できないとはどういうことだ!」
「申し訳ありません。しかし陛下直々のご命令で、何人たりとも城内に入れるなと……」
戸惑う門番たち。公爵はどうしたものかと舌打ちした。
「おや、公爵。そんなに兵を連れて何用か」
そこに現れた人物を見て、公爵は凍りついた。
「……アレクシオス殿下?幽閉されていたはずでは……」
しかしすぐさま我に返り、咳払いをした。
「娘のエレオノーラが城に来ているはずです。会わせて頂きたいのですが」
「エレオノーラ嬢? 彼女はここには来ていないが?」
あまりに惚けたその言い草に、公爵は激昂した。
「そんなはずはありません! 城の中を調べさせていただきたい!」
「ふん。そのような物騒な連中を引き連れた者を、城の中に入れられるわけがないだろう。……帰れ」
「……わかりました。この場は引きましょう」
王子の冷徹な物言いに、公爵は一瞬逆上しそうになったが、瞬時に我に返り、歯を食いしばって踵を返した。
「閣下、よろしいのですか!?」
戸惑い異を唱える兵の一人に、公爵は低い声で告げた。
「わかっている。だが、彼らはまだ王家だ。無理に踏み込めば反逆者として我々を断罪する口実を与えてしまう。……しかし、エレオノーラの身を思えば、もはや待つわけにはいかん」
公爵は懐から先ほどの手紙を取り出し、兵に押し付けた。
「直ちに、あの反対している貴族の一家を議会から追放し、王家を引き摺り下ろす。その正当性を示すため、この内容を広く知らしめよ!市井にも、兵たちにもだ!」
結局のところ、公爵の思考は王家と貴族という狭い世界で完結しており、それ以外の事象は完全に想定の外にあった。
自らが下したその指示が、この一触即発の状況下でどのような火種を撒き散らすことになるのか。彼にはまるで理解できていなかった。
それが、「終わりの始まり」となることを。
王家の腐敗と薬物汚染の事実は、民衆の怒りに油を注いだ。
それをきっかけに、散発的だった暴動は山火事のように王都全体へ、そして辺境へと燃え広がっていく。
公爵の撒いた情報は、自分自身をも焼く業火となって返ってきたのだ。
王家、中央貴族、辺境貴族、革命勢力、そして暴徒化した平民。
全てを巻き込んだ内乱は、周辺国も迂闊に手出しができないほどに泥沼化し、やがてその国を地図上から消し去った。
その混迷と教団による徹底的な情報操作により、全ての始まりを作った二人の少女の存在は、歴史に記されることなく、闇の彼方へと消え去った。
灰の降り積もる廃墟の上には、ただ静寂だけが残された。
(完)
「……以上のことから、セレスティア王女が一連の混乱の首謀者であることは明白である! この混乱を鎮め、国を一つにまとめ上げるためには、王には王座から降りていただき、新たな王を据える必要があるのだ!」
公爵が拳を握りしめて力説する。
居並ぶ貴族たちは、もっともだと言わんばかりに深く頷いていた。
「では、採決を取ろう。陛下の罷免に賛成の方は挙手を」
その言葉に、次々と手が挙がっていく。
公爵は満足げに議場を見渡した――そして、動きを止めた。
たった一人、最後の貴族が手を挙げていなかった。
周囲から「何を考えている」「公爵に逆らうのか」という囁きが漏れる中、その貴族は顔を青白くさせながら俯き、堅く口を結んだまま沈黙を守っていた。
「……気の迷いだろう。少し時間を置く。もう一度採決を取ろう」
公爵は努めて冷静に提案したが、額には焦燥の汗が滲んでいた。
◇
一方その頃、エレオノーラは単身王城へ登城し、謁見の間へ通されていた。
玉座の国王テオバルトと王妃イザベラは、露骨な疑念と敵意を込めて彼女を見下ろしている。
「……何用だ」
王が低く唸る。
エレオノーラは礼もせず、切迫した口調で告げた。
「陛下。あの日以来、都で頻発する暴動は、もはや軍でも押さえきれなくなっています。兵の中から逃げ出す者さえ出始めているのです」
「だからどうしたと言うのだ」
「そう遠くないうちに、辺境貴族が『治安維持』を名目に軍を率いて王都へ乗り込んでくるでしょう。そうなれば内乱は避けられず、混迷は極まります」
エレオノーラは王をまっすぐに見据えた。
「そうならないうちに……王女セレスティアの罪を全て公にし、陛下には責任を取って王位から退いていただきたい」
「なっ……」
「それが、国を一つにまとめ、存続させる唯一の方法です」
王は激昂して玉座の肘掛けを叩いた。
「貴様!娘がしたことの責めを受け、我らに処刑台へ登れと言うのか!」
「いいえ。ご引退後のご身分と生活は、アルテンフェルス公爵家が保証いたします。これは両親も承諾しております。……なにより、我々も穏便な解決を望んでおります。公爵家といえども、後世の史書に『簒奪者』と記される事態は避けたい。これは我々の率直な利害でございます」
「我々に、地位すら捨てろと言うのか!」
王妃がヒステリックに叫んだ。
「国のためです。どうかご決断を」
深く頭を下げるエレオノーラに、王と王妃は顔を見合わせ、やがて呆れたように嗤った。
「散々、私利私欲で動いてきた貴様らが……今更『国のため』だと?」
王は嘲るように言った。
「笑わせるな。この期に及んで善人面か」
「……もしこの提案をお受け入れにならないなら、今召集されている十三貴族議会において、正式に罷免されることになります」
エレオノーラは最後のカードを切った。
「結果は変わりません。ならば、ご自身から退位された方が……」
「できるものなら、やってみるがいい!」
王が叫んだ。その声には、根拠のない確信が満ちていた。
エレオノーラは違和感を抱いた。
(追い詰められた末の狂気?……いいえ、何かがおかしい)
「我々を追放して、公爵家が新たな王家となるつもりか!」
しかしその疑問は王妃の叫びで掻き消えてしまった。
「此度の件、貴様らが娘を誑かし、行わせたのではないか!?」
「そんなことはありません!公爵家ですら、事態の収拾に追われ混乱しているのです!」
エレオノーラは必死に反論した。しかし、王は聞く耳を持たない。
「何を言う!王家が失墜して一番得をするのは、お前たち公爵家ではないか!」
(……駄目だわ。話が通じない)
もはや言葉は届かないと判断し、エレオノーラは「わかりました」と短く告げて踵を返そうとした。
その時だった。
ドスッ。
背後から鈍い衝撃が走った。
「……え?」
痛みはない。ただ、熱い。
エレオノーラが呆然と視線を落とすと、自分の腹部から白銀の剣が突き出ていた。先端から、ポタポタと赤い血が滴り落ちる。
「――終わりなのは、お前ら公爵家だ」
後ろから、耳元で嘲るような声が聞こえた。
聞き覚えのある、愚かで傲慢な声。
ズリュッ。
肉を削ぐ音と共に剣が引き抜かれる。
エレオノーラは支えを失い、冷たい床へと崩れ落ちた。
薄れゆく視界の中、血塗れの剣を手に立っていたのは――幽閉されているはずの第一王子、アレクシオスだった。
(……彼を、幽閉から解いたのですね)
エレオノーラのその言葉は、喉から溢れ出した血によって遮られた。
彼女は痙攣し、意識が遠のいていく。
アレクシオスは血塗れの剣を下げたまま、倒れたエレオノーラの横を悠然と通り過ぎる。
エレオノーラは混濁する意識の中で、王家のやり取りを聞いた。
「公爵家が、このような卑劣な手段で簒奪を目論んでいたとはな」
王が息子を讃える。
「すまなかった、アレクシオス。お前が正しかった」
「父上、母上。……私が正しかったと、わかってくれただけで十分です」
アレクシオスは、英雄気取りで胸を張った。
「しかし、そのための代償は大きかった」
王が嘆く。
「妹のことは残念です。……しかし、安心してください」
アレクシオスが高らかに宣言する。
「この私が、この国を導き、平定を取り戻してみせます! 公爵家の野望を挫いた今、恐れるものなどありません!」
「頼もしいわ。……次の王であるお前ならできる」
王妃がうっとりと息子を見つめた。
(彼らは……自分たちに都合の良い妄想の中に生きている)
(国の崩壊の足音など聞こえず、ただ目の前の政敵を排除した、ちっぽけな勝利に酔いしれている)
その滑稽な喜劇を、瞳の奥に焼き付けながら――彼女の視界はゆっくりと闇へと溶け、意識は深淵の底へ沈んでいった。
◇
「どうなっている!」
公爵は苛立ちのまま壁を叩いた。
あれから幾度も採決を繰り返したが、どうしても最後の一家だけが挙手をしない。何度説得や恫喝を繰り返しても、石のように黙ったままだ。埒があかず、一旦休憩となって公爵は議場から離れていた。
そこに夫人が駆け寄ってきた。
「あなた……」
彼女は不安げな面持ちで、王家に交渉に行ったエレオノーラがいつまで経っても帰ってこないと訴えた。
「王位という地位を簡単に捨て去れるわけはない。手間取っているのだろう」
公爵は忌々しげに吐き捨てた。
「だから無駄だと止めたのに」
そこに、配下が息を切らせて駆け寄り、一通の手紙を差し出してきた。
「閣下! こちらを!」
その手紙に差出人の名は記されていなかった。
「こんな怪しげなものを!」
公爵が配下を叱責しようとしたその瞬間、目が封蝋へと釘付けになった。
――そこには、教団上層部の者しか使うことを許されない紋章が封されていた。
公爵と夫人は顔を見合わせた。
(誰が出したかを公に知られたくない、ということか?)
内容を読み終えた二人は、驚愕で目を見開いた。
「……これは使えるぞ」
公爵は即座に夫人へ指示を出した。
「お前はこれを使って、あの反対している貴族を説得しろ!」
「あなたは?」
「私は城へ向かう。これはエレオノーラの手助けになるはずだ」
そう言うと公爵は手紙を懐の奥へと仕舞い込んだ。
「あなた……もし王家が苦し紛れに、我々に危害を加えるという可能性はないでしょうか」
心配する夫人に公爵は「そんなまさか」と首を振ったが、ふと考え直した。
「いや、彼らも相当追い込まれているはずだ。ありえなくもないか。念の為、警護の兵を連れていくことにしよう」
そして夫人にその場を任せ、公爵は出ていった。
その手紙には、『十三貴族のうちの一家が、貧民街に薬物をばら撒いている。その事実を弱みとして利用し、王家はその貴族に忠誠を誓わせている』と書かれていた。
◇
城門の前。兵を連れた公爵が門番と言い争っていた。
「私は公爵だぞ! それが入城できないとはどういうことだ!」
「申し訳ありません。しかし陛下直々のご命令で、何人たりとも城内に入れるなと……」
戸惑う門番たち。公爵はどうしたものかと舌打ちした。
「おや、公爵。そんなに兵を連れて何用か」
そこに現れた人物を見て、公爵は凍りついた。
「……アレクシオス殿下?幽閉されていたはずでは……」
しかしすぐさま我に返り、咳払いをした。
「娘のエレオノーラが城に来ているはずです。会わせて頂きたいのですが」
「エレオノーラ嬢? 彼女はここには来ていないが?」
あまりに惚けたその言い草に、公爵は激昂した。
「そんなはずはありません! 城の中を調べさせていただきたい!」
「ふん。そのような物騒な連中を引き連れた者を、城の中に入れられるわけがないだろう。……帰れ」
「……わかりました。この場は引きましょう」
王子の冷徹な物言いに、公爵は一瞬逆上しそうになったが、瞬時に我に返り、歯を食いしばって踵を返した。
「閣下、よろしいのですか!?」
戸惑い異を唱える兵の一人に、公爵は低い声で告げた。
「わかっている。だが、彼らはまだ王家だ。無理に踏み込めば反逆者として我々を断罪する口実を与えてしまう。……しかし、エレオノーラの身を思えば、もはや待つわけにはいかん」
公爵は懐から先ほどの手紙を取り出し、兵に押し付けた。
「直ちに、あの反対している貴族の一家を議会から追放し、王家を引き摺り下ろす。その正当性を示すため、この内容を広く知らしめよ!市井にも、兵たちにもだ!」
結局のところ、公爵の思考は王家と貴族という狭い世界で完結しており、それ以外の事象は完全に想定の外にあった。
自らが下したその指示が、この一触即発の状況下でどのような火種を撒き散らすことになるのか。彼にはまるで理解できていなかった。
それが、「終わりの始まり」となることを。
王家の腐敗と薬物汚染の事実は、民衆の怒りに油を注いだ。
それをきっかけに、散発的だった暴動は山火事のように王都全体へ、そして辺境へと燃え広がっていく。
公爵の撒いた情報は、自分自身をも焼く業火となって返ってきたのだ。
王家、中央貴族、辺境貴族、革命勢力、そして暴徒化した平民。
全てを巻き込んだ内乱は、周辺国も迂闊に手出しができないほどに泥沼化し、やがてその国を地図上から消し去った。
その混迷と教団による徹底的な情報操作により、全ての始まりを作った二人の少女の存在は、歴史に記されることなく、闇の彼方へと消え去った。
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