闇を纏う王子と滅びの星の墜ちる庭

森野結森

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「アイゼン、見つけたぞ」

 ダニエルがそんな報告を持って来たのは、十二歳の秋。ガーデニングコンテストからはちょうど一つ季節が変わった頃だ。

「西側地区のギルドだってよ。そこに身を寄せてる」
「西側地区……って、どこだ」
「とぼけるな。王都だよ。目と鼻の先だ」
「――」

「いまの名前は、ルーンハルト・ローゼンと言うそうだ。銀の髪に水色の瞳。目の形と首すじのほくろと、あとはなんだ? とにかく、おまえにさんざん語られた特徴とも一致した。本人だ」

 会いに行くか?

 頷けばすぐにでも案内してくれるだろう従者からの問いには、アイゼンはゆるっと首を振って返した。肝心なところで意気地がない、と呆れたような顔をダニエルがしている。

(ルー・エヴァン――生きている)
(この国に)

 どうやってエーベルン王国に辿り着いたのか。
 アイゼンには、もちろん詳細はわからない。けれどこの時ほど、ここが大陸一の大国であることに感謝した日はなかった。

「ルー・エヴァンと一緒に亡命したのは、年寄りのザムエルと、若い方がジェラルドっつったかな」
「……その名前には、覚えがある」
「はあ? ろくに国交もなかった国なのにか?」
「国なんか関係ない」

 俺が勝手に調べたんだ、と反論してやってから、アイゼンは記憶を探った。

「彼らは、『魔力を持たない役立たず』として公からは存在を消された、王族だ」

 ユルフェン家について識るために読んだ、たくさんの書物や書状の写し。小さな記事も。それらはすべて、自分の頭の中に入っている。

「ユルフェンドを倒したクーデターの目的は、王族の血を絶やすことだった」

 ユルフェンドは、民のクーデターによって倒れた国だ。血統第一主義、かつ徹底した秘密主義だった王家のことを、民は信じられなくなった。表向きにはそう言われている。
 けれど実際には、ユルフェンドの民たちをそう扇動した首謀者が――ユルフェンド王国の滅亡を企てた国があるのだ。

「ユルフェン家は暗殺者一家だったって、おまえが話してたことだぞ。そりゃそんな王家、俺だっていやだ」
「……」

 ダニエルの子供らしい正義感に、アイゼンは唇を引き結んだ。

 大昔、エーベルライトが契約を結んだのは、火の精霊だ。その強大な火力を持って、この国は大陸でいちばん国土を持つ大国となった。
 ユルフェンド王国の王家・ユルフェンが契約したのは、おそらく闇の精霊だろう。数々の文献に当たるうちに、アイゼンはそう推測するようになっていた。

 闇は、死を司る精霊。……そこから力を借りたとて、出来ることなど、人を呪うか、殺すかだ。

 戦乱の時代には、むしろそれは重宝されたはずだった。ユルフェンに頼めば、敵国の要人を確実に暗殺出来る。大陸の北部、ろくに農作物も育たない僻地でもユルフェンド王国が続いて来たのは、そうして歴史の暗部を担い続けていたからに違いない。
 だが、時代は変わる。数十年前から、国と国は武力による制圧よりも、話し合いでの取り決めを重視するようになった。

(そうなると)
(ユルフェンドは、パンドラの箱だ)

 いま条約を結んだばかりの相手国に、先の戦争で王の暗殺を依頼していたのは我が国だ――と知られたら?
 そういった後ろ暗い思いは、おそらくどの国も抱えている。

 その渦中に立つユルフェンドは、だが頑なに時代の潮流には乗らず、「秘すれば花」の美学を貫くままだった。――それがとんでもない毒花だと知っているからこそ、周辺国は恐れ、どうしても手折らねばならなくなったのだ。

 クーデターの際、ユルフェンド王城は破壊の限りを尽くされ、最後には火を放たれている。後には、瓦礫と灰が残されるばかりだった、と当時の記事は伝えた。
 捕らえられた王と王族は、一人残らず、民衆の前で処刑されたのだ。

 そこから何故ルー・エヴァンだけが逃れられたのか、アイゼンには想像することしか叶わない。……定石として考えられるのは、あらかじめ影武者を立てていたことくらいか。

 その彼が、この国の王都にいる。――いま。

 アイゼンは居ても立ってもいられず、居室を飛び出した。

「っおいアイゼン、どこ行くんだ!」
「父の執務室だ。例の話、本格的に進めてもらう」
「はあ!?」

 執務室の手前で折り目正しく足を止めたダニエルを置き、アイゼンは父である王へと、一つの稟議書を突き付ける。無論、それは正式な文書ではなく、子供の真似事ではあるのだが――中身については、絶対の自信があった。

「王立士官学校の、奨学金制度設立を強く求めます」

 従来の士官学校は、多額の寄付金を納めなければ入学資格がない。

 それを一部廃止したかった。
 たった一人でもいい。寄付金もなく、貴族の後ろ盾もなく、ただ優秀であることを条件に、入学が許されれば――そうすれば、ルー・エヴァンは必ず、その枠を勝ち取る。

 果たして翌年、王命により三枠だけ設けられた奨学生の一人として、ルーンハルト・ローゼンは士官学校の入学式に現れたのだ。

「ルー」

 アイゼンはあまりにも特別なその名前を囁き、唇にキスを落とす。指の背で冷えた頬を撫で、白金色の髪をゆっくりと梳いた。

 答えてくれ。

「おまえを愛している。……七つの頃から、ずっと」
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