闇を纏う王子と滅びの星の墜ちる庭

森野結森

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6 -04※

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 ――王になりたかったのだ、と言ったら、きっと誰もに笑われるだろう。

 そんな資格はおまえにはない、と。

 ユルフェンド王国を滅ぼしたのは、ほかでもない民の意思だ。愛され慕われる王様どころか、「この国に必要ない」と切って捨てられたのが、ユルフェン家なのだ。

 母様の部屋の立派な肖像画の裏には、狭い隠し通路がある。
 あの日、そこへと押し込まれながら、城内に響く民の怒号を聞いた。「ユルフェンの血を絶やせ、悪魔の血など一滴たりとも残してはならぬ」と。……そこまで厭われた王の血を、自分の後へと残すつもりもない。

 どうかおまえだけは生き延びろ、とあらゆる手を尽くして逃がされたことは知っている。

 けれど、生きる目的なんてとうになかった。

 ただ、ひどい戦火の中、必死に自分の手を引いてくれたザムエルとジェラルドのために――彼らの哀しい顔は見たくないと、その気持ちのためだけに息をしていた。

(赤い星が、墜ちて)
(ぜんぶぜんぶ、消えるんだ)

 みんなを巻き込みたいなんて思わない。でも、もしも自分が――自分一人だけが、恐竜たちといっしょに星に呑まれて消えられるのなら。

 本当は、それが良かった。

 そんな密かな願いさえ抱きながら、あの庭を作り上げたのだ。
 だから。

『俺は、王になります。――父様の後を継ぎ、この国の王に』

 その言葉を、当たり前に言えてしまう彼が――その決意を、間違いなく国中から望まれているだろう彼のことが、あまりにも眩しかった。



 重たい瞼をそれでも持ち上げると、視界はひどく眩しい。おそらく、寝台の帳が上がっているのだ。

 ルーンハルトは片手をかざそうとするが、意に反して、腕は持ち上がらなかった。誰か……厚く温かい体が自分の上にのしかかっていて、自分の腕はその下に閉じ込められている。まだ像を結ばない視界の中に、ぼんやりと相手の顔が見えていた。

「ルー」

 アイゼンの声がする。ふわりと優しく、唇を塞がれた。
 知っている温度の指が、頬を撫でる。

「おまえを愛している。……七つの頃から、ずっと」
「……それは、ずるいです」
「ん?」

 アイゼンが体を起き上げて、ようやく顔が見えた。

「私があなたへの恋に落ちたのは、十二の時でした。けれど、七つの時に出会ったあなたを忘れたことは、一日だってありません。ずっと、また会いたかった」

「俺を恋しく思ってくれていたなら、それが恋でいいと思うが」
「恋しく……。そう、だったんでしょうか」

 お気に入りの恐竜図鑑を開くたびに、傍らにアイゼンの笑顔を思い描いていたのは確かだ。

「というか、十二の時になにがあったって?」
「ガーデニングコンテストの優秀賞をいただきました」
「それは知ってる」

「王城に私たちの庭を再現させていただいている期間、何度かメンテナンスに伺っていたんです。その時に偶然、あなたとオリヴィア王女殿下の会話を聞きました。……そして、私はあなたに、私の星を預けようと決めたんです」

 あの庭に弔うはずだった星を、あなたに。
 ――いずれ王となる、あなたの未来に。

「だから、士官学校の奨学生制度を知った時は、もしかしてこんな私でも直接お仕え出来るのかもしれないと、ひどく奮い立ちました」
「あれは、おまえのために用意した椅子だ」

 アイゼンはどこか嬉しそうに解けた唇で、ルーンハルトにキスを落とす。ちゅ、と小さな音が立った。ルーンハルトはじんわりと震えた指先を、アイゼンの黒髪に埋める。
 縋るようにして、その舌を吸った。

「……ん、」
「まんまとおまえがあの椅子に座ってくれて、俺がどれほど沸き立ったかわかるか?」
「アイゼン」

 名前を呼ぶと、アイゼンはルーンハルトと額を合わせてくれる。お互いの顔が見える、ぎりぎりの近さ。ルーンハルトはふわりと微笑んだ。

「好きです。あなたのことを、ずっと……お慕いしていたんです」
「ようやく言ったな」

 許される恋ではないと思った。

 学友として再会することが叶ったとて、彼の未来を思えば、身勝手な懸想で足を引っ張るわけにはいかない。何より、将来は臣下にとまで見込んでくれた、その期待に応えたかった。

 そして、卒業の年。――そうだ。決定的に、彼を変えてしまった。
 由緒ある王家の証。エーベルライトが火の精霊からいただいた、あかあかと燃え立つ彼の炎。それを、闇の色に穢したのだ。

「!」

 どうして――夢見心地に溺れて、忘れてしまえたんだろう。

「アイゼン、私、……私は」
「おまえのすべてを愛している」

 アイゼンを押しやろうとした腕は、やんわりと捉えられ、シーツの上に縫い止められた。ルーンハルトはなおも起き上がろうともがく。

「あなたは、……っ僕を、私を選んでは、いけない」
「なぜだ」

「私では、あなたの未来には、なれません……っ」

 その証拠に、髪も、おそらく瞳も、色を変えている。
 これはダスクの色だ。――ルーンハルトと一体化した、闇の精霊。彼が持つ色。彼の:特徴(もの)。

 死を纏う色だ。

「離して、くださ……っ」
「なぜ厭う? おまえの持つ色は、すべて美しい。おまえがおまえであるからこそ、すべて、俺の心に愛しく響く」
「……そんな、こと」

 言わないで。
 心臓が、嵐の海のように揺れる。

「なにを恐れる? この唇は、ルーのものだ」

 アイゼンのキスが、再び唇を塞ぐ。「舌もな」と付け加えて、キスは深くなった。

「気持ち良くなると、とろりと潤む。この瞳も、間違いなくおまえのものだ」
「ん、ん……ぅ」

「首も、鎖骨も、胸もだ。どこもすべて、おまえだ。おまえの命だ。三年前も、今日も、おまえがいなければ俺はいない。何より――十二の時、俺にあの庭をくれた。そんなルーを、なぜ俺が愛してはいけない?」

 衣服を剥ぎながら、アイゼンの唇はルーンハルトの身体のあちこちに触れた。柔らかく啄み、舌先であやして、ルーンハルトをあえかに喘がせる。

「不安だと言うのなら、それこそよく感じてみろ。そうすればわかる。俺がどれほどおまえに救われ、生かされているのか。……俺の未来には、おまえしかいない」
「ぁ……っ」

 ルーンハルトの胸の先を弄るアイゼンの指が、ちりちりと光る黒色のもやを纏っているように見えた。闇の魔力だ。小さな雷に似た見た目のそれを、わざと、こちらの敏感な場所に押し当てる。

 ぴん、ぴん、と小さく弾かれるような刺激を受けて、ルーンハルトは喘ぎながら背を反らした。

 そんなふうに魔力を使うのは、ずるい。
 けれどどこに触れられても、あたたかな水に触れるような安堵があった。……そのずっと奥からは、徐々に官能の火が燃え立とうとしている。

「おまえだけだ……。ルーンハルト――ルー・エヴァン――ルー」

 すべての名前を掬い上げて、アイゼンの愛がもう一度、ルーンハルトの唇に落ちてくる。

 それを受け止めると、じんわりと深く、心臓が震えた。
 もう、拒むことなんて出来ない。

「俺は、おまえさえいればいい」

 彼の愛に絡め取られて、いっしょに、そらの果てへと落ちて行きたかった。

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