魔王の影

多那可勝名利

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魔王5

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信長様の家臣たちは、実に様々であった。

ごく当たり前のことではあるが、私や蘭丸様のように心底、信長様に陶酔しきっている者もいれば、明らかにそうではないと見受けられる者もいた。

何時の世であっても、何処の国であってもそれは変わらぬことではあったが、とりわけ私は人を見定める眼力には長けていたように思う。
というのも生まれながらに奴隷であった私にとっては、それが即ち生き残る術であったからに他ならない。
今となっては、それが良かったのか、悪かったのか、少なくとも信長様にとって、良くない芽は、早々に見極めることが出来ればと考えるようになった。

私のその眼力を信長様は早くも、見抜かれたようであり、何時の頃からか、よく私に尋ねられるようになった。

「弥助よ。あの者をどう見る。儂はどうにも信用がならぬのだが……」

 そんな時の信長様は、真っ直ぐに私の目を見て訊いてくるのである。
だから私もそれに対して嘘偽りなどを云える筈も無い。正直に自分が感じたままをお伝えするに過ぎないのだが、その私のひと言を信長様は、些かも疑うこと無く、全面的に信用してくださるのである。
勿論それにより場合によっては、他の家臣が酷く罰せられることもあり、申し訳なく感じることもあるのだが、それよりも私は、自分の目と言葉を信じてくれた喜びのほうが遙かに大きかったのである。

「して、如何であった、又座は」

 ある晩、前田利家殿が帰られた夜に寝屋において、そのように訪ねられたことがあった。その時私は、利家殿とは初見であり、私と殆ど変わらぬ体躯に随分と驚かされたものであった。

「はい。あのお方は、殿に対する大いなる愛に満ちたお方であると感じました」

 私が率直にそう感じたままを口にすると、信長様は実に無邪気な笑顔を向けこう云われた。

「そうであろう。実はな、あやつも昔は儂の小姓をつとめておったのだ」

  その言葉を訊いて、私にはようやく合点がいった。つまり信長様は、かねてより私や、前田殿のような大柄な体躯の男が好みであったのである。そのことに気づいた私は、いよいよ、信長様を愛おしくさらに身近に感じるようになった。

 後日、前田殿と再会した折には、私の云ったことが伝わっていたようでもあり、終始機嫌が良く、彼の得意とする槍の手ほどきまで受けることが出来た。

「弥助殿、これは儂が一番武功を立てるのに役立ったものなのだが、そなたに進ぜようと思う。並の者ならば、扱いに窮するかもしれぬが、そなたなら十分に使いこなせるはず。これを持って、儂の分まで絶えず殿を守ってくれまいか」

 前田殿はそう云って、数々の武功を立てたであろう見事な朱槍を私に託された。云われずともこの身に代えて、信長様を御守りする気持ちに揺るぎはなかったが、朱槍は元より、前田殿も蘭丸様と同様に、心を許せる味方と解り、心強い限りであった。

 そしてそんな前田殿とはまた違った意味で、心を許せると感じた家臣が、羽柴秀吉殿である。

ちょうど私が召し抱えられたすぐの頃、羽柴殿とお会いする機会があったのだが、どのように振る舞ってよいかまだ覚束ない私に向かって、気さくに声を掛けてくれるような方であった。

「何も気後れすることも、ないのだよ。儂などももし殿に拾われておらねば、せいぜいが百姓か、もしくはとうの昔に野垂れ死んでいたやも知れぬのだから」

 などと云って高らかに笑っておられたが、その笑顔の奥に底知れぬ野望も微かに感じ取れた。
けれどもあくまでそれは、信長様に如何にして気に入られようかと云ったもののようであり、私などとはまた違った感情かもしれないが、信長様に対する絶対的な服従の念がひしひしと感じられたのである。

 また信長様にしても、羽柴殿はとかく特別な存在のようでもあり、

「あやつは、おまえたちとはまた違った毛色なれど、どこか可愛げのあるやつでな。儂が肌を合わせぬとも信じられる数少ない家臣の一人なのだ」

 と、私や蘭丸様を前にして話されたことがあった。

時折信長様は、羽柴殿を猿と呼ばれる時があり、決まってそのような場合は機嫌が良く、その表情はまるで愛玩動物を愛でるかのようであった。そして私はそんな表情を見せる時の信長様が、実に愛おしくもあった。

 それでもほぼすべての家臣にとって、やはり信長様は大層恐ろしい存在のようであり、誰もが絶えず緊張を強いられるているのは確かであった。そんな中にあって、私がどうにも読めぬ人物が一人いた。

 明智光秀殿である。

私の見たところでは、羽柴殿とほぼ遜色なく、云うならば信長様の右腕とも見てとれるお方ではあるのだが、なにぶん殆ど感情を表に出さぬ性格のようで、果たして真の心根はどこにあるのか、検討もつかなかった。

それはやはり信長様にしても同じ気持ちであったらしく、些か明智殿に対しては対応が様々であったように思う。

殊更に褒め上げる時もあれば、他の家臣たちの前で、叱責することもあった。

そして何より気に掛かったのは、そんな時の明智殿の目であった。

終始深い海の如き色をたたえたその瞳は、いくら信長様に叱責されようと、決して怯えることなく、真っ直ぐに信長様を見据えていたのである。

そしてその計り知れない瞳は、私に対しても同じであった。

絶えず無表情であり、ややもすると喜んでいるのか怒っているのか、どちらとも取れる目つきなのだが、それでも私には見覚えのある目であった。

表向きは、他の家臣と同様に、信長様の小姓をつとめる私に対して、ある程度の気遣いを見せてはいるものの、全く興味がないのが窺える目なのである。

それは奴隷であった時に、他の宣教師たちが私に対して向けた目と全く同じ類いのものであった。要するに、それは人に対しての眼差しではなく、動物や物に対して向けるものとなんら変わらないのである。

おそらく私が信長様のお気に入りでなければ、もはや、目を合わすこともないと感じ取れる、そんな瞳の色を宿すような方であった。

      ◇

 私がお仕えするようになって、最初の年が明けた天正十年(一五八二年)二月になって、武田勝頼・信勝親子と戦を始めた信長様は、ひと月もすると自身で兵を率いて木曽路へと向かった。

が、しかし安土を出立してわずか六日目に、勝頼親子の自害が報じられたのである。

結局のところ、出陣しながらも戦わずして勝ちを得た信長様の軍は、駿河を経て長年の同盟者である徳川家康殿との面会を果たし、東海道を通り帰路へとついた。その際、家康殿から大層なもてなしを受け、信長様は大いに感心されていた。

その後僅かな供回りだけを連れた甲斐から東海道に至る道のりは、富士山麓を眺めながらの物見雄山であった。そしてその供回りの中に私もいた。

「弥助よ。今回ばかりは、そちの武功も要らずに済んだわ。もとより、信玄亡きあとの武田など、赤子の手を捻るより易いものだがのう」

「御意に」

 私はそのように答えながら、以前フロイス様たちが話しておられた信玄公の話を思い出した。

「結局のところ、信長にとって唯一頭の痛かった信玄や謙信が、ここぞというところで、病に倒れたものだから、勘違いしておるのだ。今や本当に天が味方しておるなどと信じておるのだから、まことに始末が悪い……」

 その時は、傍らで話を訊いてなんとも都合の良い解釈をする人間もいるものだと、些か呆れたものだが、いざこのように仕えると確かに信長様は、目には見えぬ大きな力によって護られているように思えた。

たとえ些細なことであっても、結局はすべて信長様の思い通りに事が運ぶのである。

私は信長様のそばに仕えてようやく、人には生まれながらに役割があり、結局はその運命によって物事は進んでいくのではないかと感じるようになった。

つまり、私が黒い肌を持って生まれてきたのも、奴隷としての生き方を強いられてきたのも、すべては必然であり、こうして信長様に仕えるようになったのもまた運命であったのかも知れぬ、と感じずにはいられなかった。

「弥助よ。儂はお前をいつしか又佐のような城持ちにしてやろうと考えておる。どうじゃ面白いではないか、お前が皆から殿と崇められるのだ。宣教師どもも、腰を抜かすであろうな」

 安土に戻られてすぐの頃、ふいに信長様からそのように云われた。勿論私は、本気になど取らなかったのだが、無邪気な笑顔を向ける信長様の目が、偽りでないと解ると少し悲しい気持ちになった。

「・・・・・・恐れながら、私は、ずっと殿の側でお仕えしたく存じます」

 私が顔を伏せ、そのように返すと、

「ふむ、なんじゃそうか。まあ、確かに影が無くなってしまっては、儂も死人じゃなぁ」

 と云って、信長様は高らかに笑った。

 五月に入るとすぐ、備中の国において毛利勢と秀吉殿が向かい合っている最中、安土に家康殿が見えられる運びとなった。

先に信長様より駿河の国を与えられた返礼とのことであったが、ちょうどその時分、信長様は秀吉殿の苦戦を伝え訊いた直後でもあり、かなり苛立っていたように見受けられた。

が、それでも今や唯一、信長様が一目置かれる家康殿の接待とあって、決して粗相のないようにと馳走役として、何事にもそつがない明智殿を任命したのである。

家康殿が来られる前日となって、接待の検分のために、私は信長様や蘭丸様について明智殿の屋敷へと向かった。

しかし一歩門をくぐると、途端に異臭が鼻をついた。

その匂いは、魚肉の腐敗臭のようでもあり、また違うようにも感じられたが、兎に角信長様はすぐさま激高され、そのまま台所へと向かわれた。

その時の信長様の怒りようは実に凄まじいものであった。

信長様は、僅かに悪臭を放つ魚を鷲づかみにすると、それを呼びつけた明智殿の顔面に向かって投げつけたのである。

「お前はこのような簡単な役もこなせぬのか。もうよいわ、さっさと猿の手伝いにでも行ってくるが良い」

 信長様がそのように言い放つと、珍しく明智殿は食い下がった。

「殿、お待ちください。これは何かの手違いにございます。少しでも喜んで頂こうと、各地より珍味を取りそろえたゆえ、中に匂いの強いものがあったに過ぎませぬ。どうか、今一度、私に家康殿の馳走役をお任せくださいませ」

 その時、追い縋ろうとする明智殿と信長様の間に、蘭丸様が素早く立ち塞がった。

「ええい、言い訳など聞きとうない。もう良いわ。蘭丸よ!」

 信長様がそう云って指示された瞬間、傍らに控えていた蘭丸殿の振り下ろした鉄扇が、鈍い音と共に明智殿の額を捉えた。

「ぐぅわっ!」

前のめりに倒れ込みながら、蛙のようなうめき声を上げた明智殿を、信長様や蘭丸殿は目を向けようともせずに、足早に出て行かれた。

私は慌ててその後に続きながらも、ふと明智殿を振り返ると、やはりそのままの姿勢であったが、額を抑えた指の間からは、血がしたたり落ちており、私は思わずぎょっとした。

何より私を驚かせたのは、その時の明智殿の目であった。

これまであれほどに感情を表に出す事の無かった彼の目に明らかな、怒りと憎悪を感じ取ったからである。

私は瞬間的に息を呑んだ。

そしてにわかに、その時、一抹の不安を覚えたのである。


それは五月中旬の良く晴れた日のことであった。

それから信長様は、予定通りに家康殿を三日三晩もてなした後、あらためて秀吉殿から応援を要請する旨の書簡が届いたのを機に、自らが出陣される決心をされたのである。

「今まさに、安芸勢と相対したのは、天が与えた好機である。儂自らが出陣し、一気に平定してしまおうではないか」

 まさしくそれは、信長様らしいひと言であった。

私も天よりの加護を存分に受ける信長様が、いよいよこの国の王となられる日が近づきつつあるのだと悟った瞬間でもあった。

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