北の魔法使い

ぴこみん

文字の大きさ
上 下
1 / 17

森での過去

しおりを挟む


母さんと最後に話した遠いあの夏の日。






「ユハ、どこ行くの?」


「森に行くよ?」


ボクがそう答えると母さんの表情がいつも曇る。






「北側の森には行っちゃダメよ?」


毎回言われるからこう答える。




「ボクが行くのは西側の森だよ。」


「なら良かったわ。お昼までには帰ってきてね?」


「はーい」





ボクは母さんに嘘ついた。 

本当は“北”の森に行く予定だった。 

止められることがわかっていたから嘘ついた。 





いつも約束を守って北の森には行かない。

いつか行こうと思っていたし行きたかった。 

もう我慢できなかった。

あの日決行した。 

それが悲劇の始まりとは知らずに…。









北側の森は大昔から立ち入り禁止になっていた。 



そこは季節がずっと夏のままで

悪い空気が渦巻いていて

帰ってきたやつはいないとか

魔女が住む森だとか

そんな言い伝えがある。




でもボクはずっと気になってたんだ。








あの時から10年。

ボクは二十歳になった。




友達はうさぎのpipiだけ。 

ボクは外の世界を10年しか知らない。 

あとの10年間は涼しい北欧の夏の中。 

この森の空だけ白夜で、星なんてずっと見てない。

雪も星も見たいのに。 






ボクはこの北の森から出られない。

出たら命はない。

そう森の主に言われている。




ボクが北のこの森に入ったあの時、 

綺麗な蝶を殺してしまった。

殺すつもりなんてなかった。




その蝶が空の色以上に綺麗だったから

ボクは闘病中の父さんに見せて元気にしてあげたかった。

家に帰ることができると信じていた。 





捕まえて持って帰ろうとしたら手の中で蝶が死んでた。


その蝶が実は、森の主だった。 




死んだ蝶は恐ろしい形相の女神に化けて

「償え。森から出るな。出たら命はない。」

と言い、消えた。






怖くてうずくまっていた。 


すると、年老いたおじいさんが声をかけてきた。





「坊や、仕方ない。ワシはもうここに70年いる。」



もうボクはおしまいなんだ。

そう思うとパニックになりそうだった。




またじいさんが話す。

「坊や、見てごらん。木の枝が花になるよ。」



じいさんは木の枝の先を握り、ぱっ!と離した。



木の枝が花になった。 




ボクにはそんなことどうでもよかった。

とにかく家に帰りたかった。 








そのくせ何日経っても森を出る勇気がなかった。 

森を出ると命はない。 

その言葉を信じて恐れていたから。 









もうボクは諦めた。 

森にはじいさんしかいない。 

毎日毎日暇だった。





じいさんに魔法でも教わろうかなと思って

じいさんに話しかけた。




「あの、魔法を教えてください。」


じいさんはびっくりしていた。 





「おお、いいぞ。その前になぁ、坊や…。」

じいさんが険しい顔をした。 




「坊やのお父さんはな、もうすぐ死ぬ。病気だったんじゃないかね?」




なんで知ってるんだ?!

父さんが病気だなんてボクは一言も言ってないのに。






「とっておきの魔法を教えてやろう。

木の実をとっておいで。」




言われた通り、ボクは木の実をとってきた。


「これをくり抜くぞ。」


じいさんは硬い木の実をくり抜いた。 





「次に、空の空気を吸い上げて、」


じいさんは口をすぼめて空気を吸い

くり抜いた木の実に吹き込んだ。 





すると、空に飛んでいきそうなぷかぷか浮かぶ風船が出来上がった。 





「これも魔法だよ坊や。ここにお父さんへの手紙を書いて結びつけてごらん。 

そして空に飛ばすんだよ。 

そうすれば必ず届く。お父さんのところにね。」





ボクは泣きながら手紙を必死に書き上げた。 



それをひもで風船に結びつけて空に飛ばした。 





それから父さんがどうなったかは知らない。 

ただ届いていればいいなと思うだけ。 




じいさんにはたくさんの魔法を教わり、

魔法の本も貰った。 








この森に入った時、腕時計をしていた。 

それは絶えず動き続けていた。

ボクはじいさんの鉛筆でノートに何日経ったかを記録していた。 

夜が来ない白夜なら1日もカウントできない。





ボクが15歳になったある日、

突然こんなことを言われた。 





「もうワシは長くない。だからな、森の外に出てお前の相棒を捕まえてくるよ。 

人をこれ以上犠牲にはできん。 

動物になるが勘弁してくれ。」




じいさんは森の外へ向かった。 


ボクは森と外の世界との境界線まで出てきた。 





森の外は大雪だ。 

ボクは感動した。 

5年ぶりに見た雪。 



この国はもう真冬だったんだ。 





じいさんは白いうさぎを捕まえて

ボクの方へ投げて





死んだ。 










このうさぎがpipiなんだ。 

今のボクの唯一の友達。 






pipiが犠牲になったけど

じいさんはボクが一人で森に縛られることを

悲観して

pipiを捕まえてくれたんだ。






pipiはこの時、必死に外の世界へ逃げようともがいていた。 



ボクは一人になるのが怖くて

pipiと思いつきで無理やり名前をつけ、

小屋に閉じ込めた。 





そこからずっとやつと一緒。 


今では仲良しだけどひどいことしたよ。 





ここまでがボクの森での過去。











しおりを挟む

処理中です...