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魅力的な脚

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「それなら、もういいわ」
 あたしは、そう言い捨ててアーレスに背中をむけた。
 いくら幼馴染だからって、ずうずうしいのではないかしら。
 昔は、こんなではなかった。
 もっと素直で、あたしの言うことなら何でも聞いたのに。
 しばらく会わないうちに、すっかりオリュンポスの流儀に染まって、いっぱしの色男気取りだ。
「何、しょぼくれてる?」
 無視して歩きかけたあたしの後ろから、アーレスが追いかけてくる。

 彼の中で子供のころとちっとも変ってない部分をあたしは見つけたような気がした。
 アーレスは、明るい開けっ放しの生き生きとした感情がそのまま表情に出る。
 意地の悪い言い方をしてさえ、楽しくて仕方ないようだ。
 それなのに、あたしのほうがアッサリと引き下がったものだから、拍子抜けしているのかしら。
「おあいにくさま。ショボくれているのはそちらでしょ?」

 人間と違って神々が大人になるのは、一瞬のことだ。
 あたしだって、夫から名前をもらって、大人になった。
 外見が変わったからといって、中身までがそう簡単に変るものではない。
 人より遥かな時間を生きるオリュンポスの神々は、見た目通りの年齢とは限らないのだ。
 主神でさえ、人の世に降りては、あちこちで騒動の種をまいている。

「ふうん……」
「なんなの?」
「あんた、俺に誘って欲しかったんだろう?」
 隣に並ぶと、アーレスはあたしの腰に手を回して引き寄せる。
 少々、相手より優位に感じた気分は、一瞬にして霧散した。
 この男は、神后たるあたしをなんだと思っているのか。

「無礼者!!!!!」
 握りしめた拳を振り上げたが、むなしく空をきる。
 頭にきたので、とっさに体勢を整えた。利き足で蹴りつける。
 あたしのローキックはうまくアーレスの脛にヒットしたが、思いがけずこちらのダメージの方が大きい。
 小さいころには、最初の一撃で瞬殺してやったものを。
 打ち付けた足の甲が痺れるように痛い。
 なんて硬さだ! 鋼を仕込んでいるのか。
 これでも神殿の柱の一本くらい折れる自信があるのだ。そのあたしの足が……!

「すまん。避けるつもりが、思わずあんたの足に見惚れた」
「な、なんですって!!!」
 怒りのためか、痛みのせいか、もはやなんだか分からない涙があたしの眼にじんわりと浮かぶ。
 今、ここに地獄の番犬ケルベロスがいたなら、この男にけしかけてやりたい気分だった。
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