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4 . 竜の島の冒険

4-6 竜の島の冒険

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ソウはリンドレイアナ姫を促して立たせると、食堂を早足で退出する。王宮騎士の二人が何事かと二人を追いかけ、これに続く。

「どうした! 何があった!」
イセトゥアンが侍女に話しかける。
「失敗した! 姫の正体がばれた。いや、姫ではない事がばれた!」
「私の何がまずかったのだろう?」
「殿下の王家の書は、リンドレイアナ姫のそれとは装丁が異なっております。おそらくスラジ王は何かしらの理由で、リンドレイアナ姫の王家の書を見たことがあったのでしょう」
「それで、これからどうする?」
「このまま、ヘスペリデスから脱出しよう。本物のリンドレイアナ姫を攫って、大陸中でも、何処へでも、逃亡し続けるんだ!」
既に侍女の姿から、男の姿に戻って、スカートを引き千切って走るソゴゥと、このまま姫の変身を解くと、ドレスを着た男になるためどうするか悩んでいるロブスタスに、イセトゥアンともう一人の従者のヨルが続く。

「悪いが殿下、着替えている暇はないぞ、このまま竜舎へ向かう」
イセトゥアンが先頭を走り、竜舎の場所を知らない二人を先導する。
ヨルは後方に付いて、二人を警護している。
「それで構わない、私の失態だ。四人だけの時でも、芝居を続けていたというのに、全て水の泡だ。まだ、今日で三日目というのに」
「スラジ王は、リンドレイアナ姫と面識があったのではないでしょうか? それか、姫が所有する王家の書を、何かの理由で見ていたか」
ロブスタスは、リンドレイアナの姿のまま思考を巡らせる。
「そういえば妹は昔、王家の書を使ったことがある」
「いつの話ですか?」
「たしか、五年ほど前だったか、妹がニルヤカナヤへ訪問した帰り、海洋で『魔物だまりの渦』に遭遇した際に使用したのだと言っていた。そしてその時、金の竜を見たとも言っていたが。ああそうか、その金の竜こそが、スラジ王だったのだ」
「きっとそうですね。王は、リンドレイアナ姫を認識し、彼女の持つ王家の書もその時に見ていたのでしょう」
「しかし、妹に固執する理由が分からない。王家の書なら、私の物も、妹の持つ物も発動する魔術は同じで差異はないのだが」
「スラジ王の目的は、王家の書ではなく、リンドレイアナ殿下なのでは?」
イセトゥアンの言葉に、ソゴゥとロブスタスが首を傾げる。
「リンドレイアナ姫は確かにお美しいけれど、一国の王がこんな姑息な手段でわざわざ攫いに来るかな?」
「私もそう思う。妹は、見た目は美しいかもしれないが、まだ子供、他国の王を虜にするような器量とは思えない。それに妹が王に会ったのはさらに五年も前だ」
「五年前なら、今のソゴゥと同じ年だな、見た目は変わってないと思うが?」
「まあ、そうだ。言われてみれば、その頃の姿は既に成体だった」
「けれど、なんで五年経った今なんだろう」
前庭を突っ切って竜舎へたどり着くと、二頭の竜にそれぞれ分かれて飛び乗った。
ヨルが操縦する竜にソゴゥが乗り、続いてイセトゥアンとロブスタスの竜が飛び立つ。だが、離陸して間もなく、その彼らの飛行竜の上空を、悠然と金色の巨大な竜が通り過ぎ、ひと鳴きすると、次元が歪んで、水に沈むように竜の姿が見えなくなった。
対してソゴゥ達の飛行竜は、竜神王の鳴き声を聞くや、浮力を失ったように空中に身を投げ出して降下し始めた。

「飛行竜が気を失っている!」
ソゴゥとヨルは錐揉み状に落ちてく竜の背から離脱して、イセトゥアン達の竜と、自分たちの乗っていた飛行竜を、近くの浮島に瞬間移動させた。
イセトゥアンとロブスタスは、意識はあるものの、目を回して地面にへたり込んでいた。錐揉み状に落下したせいだけではなく、竜神王の咆哮に飛行竜と同じく衝撃を受けたようだ。
「ヤバイ、次元が閉じられていた。スラジ王は、咆哮で次元に穴を開けることが出来るようだが、俺には無理だ。ヨルは?」
「次元に穴を開けることは出来なくもないが、イグドラム国付近を選んで開けることは無理であるな、場合によっては魔界に繋げてしまうかもしれない」
「おい、ってことは、俺たちはこちらの次元に閉じ込められたのか?」
イセトゥアンがソゴゥの肩を掴んで、揺する。
「まあ、結論から申し上げますと、そうですね」とソゴゥはイセトゥアンの頭に頭突きを喰らわせて、両腕を肩から外す。
「甘かった、私が甘かったのだ!」
膝を抱え、落ち込むロブスタスは、ただの鬱陶しい男のはずだが、今は放っておけない可憐な姿をしている。
「まあ、戻れないものはしょうがない、あと五日、神殿にリンドレイアナ姫が連れてこられて、再びイグドラム国に約束のために戻るときに、竜神王が開ける次元の穴に飛び込んで、姫を攫って逃げよう!」
「そう上手くいくだろうか?」
さめざめと泣くロブスタスが、顔を上げる。
「竜神王の背中にマーキングしておいて、瞬間移動でくっ付いていけばなんとかなる、と思う」
「作戦が荒い気がするんだが」
「まあ殿下、五日後までに詳しい段取りを決めましょうってことで」
「それじゃあ、とりあえず竜神王が不在の今、俺たちの服と、食料を取りに神殿に戻ろう。あと、換金が出来そうな物も持ってきてあるから、近隣の浮島に買い物に行こう!」
「マジかソゴゥ」
「こんな草むらで野宿すんの? 俺はいいよ、俺は、でも殿下を野宿させるのはいかがなものだろうか?」
「いや、殿下も王宮騎士と同様のサバイバル訓練は受けている。魔法なし、食料なし、ナイフ一つで、高山に置いて行かれ、自力で下山する訓練とかな」
「でも、ここは異次元だよ? 何が食べられて、何が食べてはいけないか分からないよね? 危険だよね? レストランで出される食事の方がまだ安心だよね、お腹は壊すかもしれないけれど、命を落とす危険はないと思うよ?」
「まあ、そうだな」
「そうと決まれば、俺とヨルで荷物を取って来るから、二人はここで飛行竜の様子を見ていてよ」
「ああ、俺はそれで構わない、殿下はどうされますか?」
「私も、いつまでもこの格好では落ち着かない、服を取りに行ってくれるのなら有難い」
「では、行って参ります」
ソゴゥは言い、ヨルの背中に乗っかって「Go!」と言う。
ヨルは黒い翼を出して、エルフのように変身していた姿を、いつもの黒髪赤目に戻した。
あっという間に上空に飛んで行き、二人が見えなくなると、ロブスタスは長い溜息を吐いた。
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