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4 . 竜の島の冒険

4-7 竜の島の冒険

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「イセトゥアン、第一司書殿は、何と言うか凄いな。あの竜神王を前に物怖じせず、ずけずけと物を言うのだぞ。それに、侍女の演技が破天荒過ぎてやしないか? 第一司書殿には、王族付きの侍女がああ見えているのだろうか? いったい誰をモデルにしたのか尋ねたいところだ」
「いや、あれは、羞恥心を吹っ切った結果だと思いますね。中途半端に演技すると、ふと我に返って、急に恥ずかしくなるからだと思いますよ。俺は、昔からこの能力で鍛えてきたので、羞恥心を押さえ込むことは慣れていますが」
「イセトゥアンの影武者は完璧だからな、しかし、妹は大丈夫だろうか。あのまま竜神王が城に襲来したら、イグドラム城はひどい騒ぎとなっているだろうな」
「怪我人が出なければいいのですが」
気を失っていた飛行竜が起き出し、茶色の翼を慌てたように震わせ、イセトゥアンがナダめに掛かる。
イグドラム国では空中戦闘はもちろん、空挺部隊も飛行竜を利用する。このため、飛行竜を行動不能にできる竜神王が、制空権を握っていることになる。
「イグドラムは今後、飛行竜に頼らない航空手段を検討しなくてはならないだろうな」
ロブスタスは起き出したもう一頭の竜の顔を撫でて、気を静める。
やがて、大きな荷物を背負ったソゴゥとヨルが戻って来た。
ソゴゥ達は既に冒険者風の格好に着替えており、イセトゥアンとロブスタスにも、予め脱出する際に用意していた着替えの服を渡す。
「その大きな荷物は何だ?」
イセトゥアンも目立つ豪華な隊服から、一般的な冒険装備へ着替えながら尋ねる。
「司書の皆が持たせてくれた、浮島の貨幣を得るのに高額買取り間違いなしの品々と、一週間分の水と食料、記入式の浮島マップだ」
「何だ、記入式の浮島マップって?」
「司書達が、予め文献から読み解いた浮島の全貌の白地図だ。これに、実際はどうだったかを書き込んでくるように頼まれた」
「そんな事、頼まれていたのか」
「この名目で、浮島行きを司書長に許可してもらったんだよ」
「司書長は、お前の下の役職だろう? 許可がいるのか?」
「司書長は俺の行動を制限はしないが、渋りはする。これまでも、散々司書長には心配かけたからね。事後報告で怒らせないよう、お伺いを立ててから出立して来たんだよ」
「竜神王と戦うのではなく、あくまでも浮島群の調査なのだと言いくるめたのだ」とヨルが補足する。
ロブスタスもリンドレイアナ姫の変身を解き、男性用の冒険者服に身を包み、真っ直ぐな金色の長い髪を一つに束ねる。
「よし、みんな支度が出来たね。それじゃあ、先ずは人のいる浮島へ行こう!」とソゴゥが意気揚々と声を掛ける。
「飛行竜は大丈夫だろうか」
「私が、念のため治癒魔法を掛けよう」
ロブスタスが二頭に治癒魔法を掛ける。
傷をふさいだり、病気を完治させるものではなく、生き物のもつ治癒力を高める魔法である。
四人はまた二手に分かれて、飛行竜に乗り、ソゴゥの先導で街が形成されている大きな浮島を目指した。
ソゴゥ達のいた草木が茂り、森ばかりの小さな浮島から一時間ほど飛んで行ったところに、五つのランドマーク的な巨大建物を中心に円形に都市を形成した、上空からは梅の花のような模様となった島を見つけ、ソゴゥはそこに立ち寄ることに決めた。
五つの都市の中心には、オベリスクの様な尖塔状の黒い建物がある。角度により青にも見える美しい塔の近くに降下し、竜を停める場所を探す。
交通整備をしている竜人族にソゴゥが「ここら辺に駐竜場はありますか?」と尋ねる。
「冒険者用の施設に停めておくといい、世話もしてくれるぞ」
「ありがとうございます。冒険者施設はどの辺ですか?」
竜人族の男から聞いた場所を目指して、飛行竜を引いて歩く。
「神殿にいた者達とは、まったく雰囲気が違っていたな」とロブスタスが驚いて言う。
「そうですね、でもまあ言葉が通じてよかった。それに、字もなんとか読める」とソゴゥは標識や看板を見て言った。
司書であるソゴゥと王族であるロブスタスは、大陸中の文字を習得しているが、次元の異なるこの土地でも、世界樹の影響か、かつて次元が一つだったころの名残なのか、言葉や表記に多少の違いはあるものの、世界で最も多く使われている主要言語を理解していれば、そこからの推察がそれほど難しくない程度の違いだった。
前世では言語は数千に別れ、特に日本語は他の言語より複雑な表記だが発音は単調で、他国の複雑な発音を理解する耳が育っていない上に、メジャーな言語とは文法が逆さという、マイナーさが、他国の言語を学ぶ上で高い壁となっていた。
この惑星の神は前世の神より寛容なのか、人から統一言語を取り上げたり、人が集まって暮らす事を邪魔したりはしないようだ。

「竜人族は、思念伝達でコミュニケーションをとるのだと思ったのだが」
「竜人族同士でも、音声で会話しているようですね」
ソゴゥは周囲の竜人族を観察して言う。
「神殿の竜人族が特別だったのか、神域での決まりなのかもしれないな」
ソゴゥ達は冒険者施設にやってくると飛行竜を預け、施設内を見て回ることにした。
この冒険者施設内は観光案内所を兼ねているようで、観光目的であろう竜人は一様に軽装で、明るい雰囲気だ。
彼らは、神殿で見かけた竜王を祖にする容貌の竜人だけでなく、森林に暮らす小型の竜の特徴を持った、キツネの様な耳をもち翼が小さく退化した竜人や、そもそも翼を持たず龍眼をして竜人と分かる者など、風貌は様々だった。そんな竜人の観光客の他に、冒険者の格好をして、冒険者支援を受けている者のほとんどが、驚くことに人間だった。
ソゴゥはこの浮島まで、人間がどうやって来たのかが気になり、冒険者の装備を纏った褐色の肌の黒髪で黒い瞳の男に、声を掛けた。

「何処から来られたんですか?」
「俺? 俺はランカ島から逃げて来たんだよ、ここに居る冒険者の人間はみんなそうだ。お前も人間のようだけど、ランカ島出身者じゃないみたいだな。何処から来たんだ?」
「イグドラムですよ」
「イグドラム? もしかして次元の向こうの、世界樹の国か? そんなの御伽噺だろ」
「まさか、実在しますよ。イグドラムからは百年に一度この神竜浮島群が見えるんですよ。こちらからイグドラム国は見えていなかったんですかね」
「いや、百年間隔じゃ、俺たちにそうそう見る機会がないだろう」
「いや、つい最近まで、この神竜浮島群の東端は、次元を超えてイグドラムの上空に出現していたんだが、気がつかないものなのか? ところで、商品を換金できるところはないかな、ここの貨幣を持ち合わせていなくて」とイセトゥアンが男に尋ねる。

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