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6. 神の庭と王家の書

6-3 神の庭と王家の書

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「親父たちも、太陽の石のことを調べていたのか?」
イセトゥアンがテーブルに置かれた、オリーブに似た実を口にして「美味しいなこれ」と呟くと、ロブスタスがその横で躊躇タメラっていた食指を伸ばして、実を口にした。
「ああ、太陽の石が最重要課題だったが、この神竜浮島群で石は既に流通していない上に、魔族に渡らないよう鉱山は閉鎖され、その場所も秘匿されている状況が分かった。それよりも、気掛かりな現象が各島で起きていることを調査しているところだ。ソゴゥが言っていた、神殿の森が魔族に荒らされたことと無関係ではないかもしれん」
カデンがソゴゥに目を向けると、ソゴゥは何故か顔を腕で隠し、小刻みに震えていた。ソゴゥの視線の先では、ロブスタスが口元を押さえ、天を仰いでいた。
その様子に気付いたガジュマルが「もしかして、辛いものに当たってしまいましたか? 先ほど、これを持って来てくれた竜人が、一万個に一つ極端に辛いものが混じっていることもあるけれど、ここ数年当たった者はいないから大丈夫だろうと言っていたのですが、先にお伝えしておくべきでした」と申し訳なさそうに言う。
ヨルが水を貰ってきて、ロブスタスに渡すと、ロブスタスは礼を言って一気に飲み干した。
「一万個に一つを当てるとは、やるな」とイセトゥアンが笑いを堪える。
「さすがロイヤルファミリー」とソゴゥは呟いて、笑いを我慢し続け、涙を拭っている。
「すまない、話の腰を折ったようだ。それで、神殿の森と、各島の事情についてだったか」
顔から首まで真っ赤になり、涙を拭いながらロブスタスはカラカラの声で、カデンに続きを促す。
「そちらが調査している、気がかりな現象とは、どんなものなんだ」
カデンは眼下に広がる、森林地帯を指した。
崖に囲まれたクレーターは、鬱蒼とした木々で覆われている。そこは露天風呂から見えていた森で、部屋から見えている湖や山々とは逆の場所にあたる。
「精霊の弱体化です」
カデンがガジュマルに目を向けると、ガジュマルが後を継ぐ。
「この神竜浮島群の浮島は、どの島も精霊によって守られております。その精霊の力は、神の庭に存在するという、神樹からもたらされ、漂着する邪気を無毒化して浄化する役割を担っていたようです。しかし、我々がこちらに来て様々な浮島を調査した結果、魔獣の凶暴化や植物の変質による被害がここ数か月で増えており、その理由が精霊の弱体化に因るものではないかと推測しております」
「なるほど」
ロブスタスは神殿にいたニンフたちの事を思い出した。清涼な場所でしか存在できない彼女たちは神樹に守られ、また神樹を守っていたのだろう。
「この森には精霊が数多く棲み、たまに精霊が人前に姿を現すそうですので、精霊の調査に丁度良いと言うわけなのです。ですが、こちらの森林地帯でも、それまで人を襲う事のなかった魔獣の凶暴化が確認されております。そのため、ジャングルトレッキングなどのツアーがあるようですが、現在は中止されており、森林のほとんどの区画が立ち入り禁止となっているようです」
サンスベリアがガジュマルの報告に追加し、更にパキラが発言する。
「それと、各浮島にはそれぞれ管理責任者がおり、島の安全を守っているのですが、彼らの手にも余るようなこういった事態には、呼ばずとも神殿の神官たちが現れ、問題解決に手を貸してくれていたそうなのです。しかしこのところ、その神官たちがまったく姿を見せなくなったそうです」
「神殿の竜人達が、この浮島群全体の治安を守っていたのか」
「私達は明日、森林地帯に調査に行きます。そちらはどうされますか」
カデンは流石に、ロブスタスを呼びつけにし難く「そちら」と言う。
ソゴゥが「神殿には、姫殿下の要請がない限り、イグドラム国へ戻る日まで近づかないと言ってあるから、それまでは浮島群の様子を地図に起こそうと思っていたんだけど」
「それならば、我々が既に大方調べておりますので、後で共有いたします」
「それなら、地図作りに奔走しなくてすむから、俺も精霊の調査に加わろうか?」
「なら我もだ」とヨルが言う。
「人手は多い方がいい、助かるよ、ヨル、ソゴゥ」
「では、私も参加しよう」
「そういう事なら、こっちは全員だな」
イセトゥアンがロブスタスの言葉を受けて言う。
翌日の調査に向け、ソゴゥ達四人と、カデン達四人はそれぞれの部屋に戻ることにした。

「父さんは、ガジュマルさんと同室? どんな部屋?」
「こんな強面のおっさんエルフと同室じゃ、ガジュマルさんもクツロげないだろうな」
「ガジュマルの方が俺より年上だぞ」
「マジか、エルフあるあるだな」とイセトゥアンが言う。
ソゴゥは一人、カデンたちの客室が気になってついて行き部屋を確認すると、四人の部屋に戻って来きた。

「親父たちの客室どうだった?」
「竜人仕様強めの部屋だった。ここと同じように天井が高いのは一緒で、ソファーが壁の上の方に造り付けられていて、飛んで行かないと座れない位置にあったり、ハンモックがいくつも吊り下げられていた。親父たちは、ハンモックを荷物置きにしていた」
「へえ、俺も明日見に行こう」

巨大なドーナツ状の白いフワフワを、四人は各々好きな場所を見つけて倒れ込む。
ロブスタスはこのところ、不安や緊張であまり眠れていなかったのが、ほんの少しの光明からか、限界が来ていたのか、真っ先に気を失うように眠っていた。
ソゴゥはフワフワの窓側に一番突き出しているところを自分の場所と決め、皆が寝静まった後も暫く窓の外の薄っすらと光る湖面を眺めていた。
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