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6. 神の庭と王家の書

6-4 神の庭と王家の書

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明け方、ロブスタスを起すのは躊躇われ、イセトゥアンに朝風呂に行ってくると告げて、ソゴゥとヨルは、昨日の大浴場に向かった。
露天風呂に行くと、眼下の窪んだ大地が雲海に覆われ真っ白になっていた。
日が高くなれば、雲海も消えていくだろう。
風呂から上がって、部屋に戻ると、ようやく起き出した二人を伴ってビュッフェ会場となっているレストランで、カデン達と合流して朝食をとる。

「森林を見たけど、雲海が凄かった」
「探索は、霧がおさまってからにしよう」とカデンが言う。
だが、昼まで待ったが、雲海は留まったままだった。
ホテルの従業員に聞いても、こんなことは今までなかったと言う。
結局、雲海が晴れないまま、出発することにした。宿泊客がホテル内の施設や湖で過ごしている中、森林地帯へ向かうのを見とがめられないように、ソゴゥの瞬間移動でカルデラの底へと降り立つ。
「中に降りると、真っ白だね」
森林地帯の中に入り、ソゴゥは辺りを見回して言う。
「これは、普通の霧だろうか」
「ヴィントがいれば、霧の性質が直ぐに分かるんだが」
「ヴィントさんなら、そもそも霧を何とかしてくれるかもしれないしね」
イセトゥアンとソゴゥが、ここにはいないトーラス家の王宮騎士の能力があればと、話しているのを聞いて、サンスベリアが「ご安心ください」と胸を叩いて「我々は、あらゆる毒に耐性があります。通常のエルフが即死の毒でも耐えられますので、我々が皆さまを先導いたします」と告げる。
毒霧を懸念しての提案だろう。狐耳がピンと伸びて、可愛らしい。
軍部の三人が先頭を歩き、カデンとソゴゥが並び、その後ろをロブスタスとイセトゥアン、最後尾に少し遅れてヨルがついてくる。

「父さん特殊魔法って、今まで使ったことある?」
「母さんと出会う前は結構あったな、だが、今はほとんどない。死地に赴くことがなくなったからもあるが、母さんといると必要ないからな」
父カデンの能力は、限定不死。
致命傷を負っても瞬時に戻るが、一日一回限りのため、脅威が去らない限り、命が危険であることには変わりない。
ただ、不意打ちなどの一撃を受けた際、瞬間回復し即離脱することで、命を拾うことが出来る能力だった。
子供の頃、やたら魔獣に噛まれたカデンの防衛本能が開花させた能力のようだ。
トレッキングツアーのツアーマップを手に、先頭の三人が道を選んで進む。
人が通る道なら安全が確保されているだろうことと、広大な森林で更に霧というコンディションで迷わないためでもある。
霧は深く、ソゴゥの位置からすぐ後ろのロブスタスとイセトゥアンは見えるが、その奥のヨルの姿は見えず、霧に映る影と足音で存在が分かる程度だ。

前方で「アッ」と声が上がる。
赤い炎のような巨大なキノコが、通路の両脇にあるのが分かる。
霧のせいで全貌は分からないが、大樹のような高さで、歩けど歩けど壁の様に続いている。
ソゴゥが茸を突こうと指を伸ばそうとしたところで、パキラが大きな声で「火炎大茸です! 触れたら悶絶しながら死に至るそうですので、触れないでください!」と呼びかける。
「ひえッ」
ソゴゥは手を引っ込め、以後何かを触らないよう手を後ろに組む。
「あ、無毒化されているようでした。失礼いたしました」
ですよね、とソゴゥは独り言ちる。死亡率トップクラスのデンジャラスツアーなんて、誰も参加しないだろう。
火炎大茸地帯を抜けると、水の匂いが濃くなる。
「左手にある滝は、時間帯により色が変わるそうです」と真っ白で何も見えない左側に目を向けて、滝の音だけを聞く。
色々な名所を巡り、途中で休憩してお弁当を食べ、粘菌集合吊り橋なる不気味な橋を涙目で渡り、ツアーの最終目的地である千年木の大洞トンネルを目指す。

「精霊は見つからんな」
「この霧で、ここまでコースを外れずに来られただけでも、俺はすごいと思うけど」
急に辺りが暗くなったことで、すでに千年木の洞の中に足を踏み入れていたと気づいた。
「あれ?」
ソゴゥは辺りを見回し、皆と少し距離をあけてついてくるヨルを確認した。
『この木の中には、霧が追ってこないようである』
『霧は、自然現象じゃないのか』
『何かが、意図的に生み出している可能性がある』
光魔法で辺りが見えるようになると、樹のウロの大きさに、一同から感嘆の声を上がる。
「この洞を抜けると、出発地点に戻る帰路となります」
木の洞を抜けると、また目を塞ぐような濃い霧である。
「父さん、トリヨシを呼んで、ここら辺の魔法を無効化してくれない?」
「ああ、いいが、この霧か?」
ソゴゥは頷く。
「分かった、試してみよう」
カデンが空中に魔法円を描くと、その紫色の円から、宝石のような角を額に持つ、真っ白な怪鳥が姿を現す。
次元が異なっても、召喚は問題なく行えるようだ。
カデンがトリヨシに「この霧をかき消せ」と言うと、トリヨシは紫の水晶の様な角を光らせて飛翔し、トリヨシが舞い飛ぶ先々で、ソゴゥの読み通り霧が晴れていった。
やがて、ジャングルが青々とした色を取り戻していく中で、最も濃い霧がこのクレーターの円の中心あたりにワダカマって残った。
トリヨシが、その上空を旋回している。

「あそこに、何かあるのかもね」
トリヨシがクワーッツと高い声で鳴くと、紫色の円が空中に出現し、その中からトリヨシのツガイのトリタケが出現した。
夫婦の鳥が、螺旋に滑空して霧を溶かしていく。
「親父、見間違いじゃなければ、今、召喚獣が召喚獣を召喚したぞ」
イセトゥアンがカデンの肩を掴んで、揺さぶる。
「そのようだな」とカデンはイセトゥアンの襟を引き寄せて、頭突きを喰らわせ、両腕を肩から外す。
「すごいね!」とソゴゥ。
「これだから、ノディマー家は」とロブスタスが呟く。
霧を払った怪鳥たちが、カデンの元に戻って来て、何事かをカデンに告げてから魔法円の中に姿を消していく。
「トリヨシ達、何て言っていたの?」
「ああ、息子のトリセイが一人で密猟者と戦っているから、直ぐにそっちに戻るそうだ」
「は? 密猟者?」
「宝石獣は、額の魔石を密猟者に狙われるらしい」
「俺とヨルで、密猟者を戦闘不能にしてこようか?」
ソゴゥが、言葉に怒りを滲ませて言う。
「捕まえてニトゥリーに突き出した方が、より苦痛を与えられるぞ」
イセトゥアンが加わる。
「いやお前たち、トリヨシ達の心配をしてくれているのは分かるが落ち着け、トリヨシ達は親とはぐれた幼い宝石獣達を、他の宝石獣の成獣達と交代で守っているようだ。元々幼獣以外の宝石獣は、竜を相手取るより厄介な生き物だからな、密猟者はことごとく地獄を見せられていることだろうよ」
「本当に大丈夫なの?」
「何かあったら、直ぐに呼ぶようにいってある」
「あの、カデン様は、召喚獣に逆召喚されることがあるのでしょうか?」パキラが尋ねる。
「いや流石にそれはないが、呼ばずとも現れて、連れて行かれることはある。召喚獣の子供が生まれるところに、立ち会わされたり、とかな」
「え、いいな、父さんトリセイが生まれたとき、立ち会ったんだ」とソゴゥ。
「おう、あの時は何事かと思ったわ」
ほっこりしていいのか、魔獣にそこまで信頼されている関係性に驚いていいのか、ノディマー家以外のエルフは皆、一様に微妙な顔をしていた。
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