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1 前世の記憶と五人の兄弟

1-2. 前世の記憶と五人の兄弟

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馬車がイグドラム国立図書館、通称イグドラシルに到着する。役職上、滅多に首都から出られないソゴゥに、こうしてこちらから会いに行くのだ。

馬車から降りて公園を突っ切ると、奥に魁偉カイイな建造物が見える。
あの建物は、かつてこの地に生えていた世界樹の残骸で出来ており、天をくような巨大樹が倒れ、途中二つに折れた形状のまま、二つの塊となっている。
透明なガラス部分が多く、それを銀色のフレームで固定している。
前世の国立劇場や、オリンピックのメイン競技場のように特別斬新なデザインで、いやがおうにも人目をく。
建物入口から、蛇行した広い通路を行くと、その奥が建物のエントランスホールとなっていて、ホールの床は世界樹の破片が風化してできた砂で埋め尽くされている。
エントランスホールは最上階まで吹き抜けで、フレームの部分がホールに日陰を作っている。
また、世界樹の枝はテーブルや、照明を支える柱として利用され、砂漠の中に木が生えているような奇妙な世界を作り出している。
そして、そこかしこに茶色でモフモフの樹精獣ジュセイジュウたちがいる。
彼らは、泣いている迷子がいると何処からともなく現れて、子供に付き添い、とても速やかに別の個体が母親を探して連れてくる。
また、目当ての本が見当たらず困っている人がいると、該当の書架まで案内したり、疲れたり、悩みを抱えた人を見分けて、有無もいわさず手を引いて「せせらぎの間」に連れていき、水の流れをくまで見続ける悩み人に、いつまでも寄り添って、でてもいいよと、腹を見せたりしている。
樹精獣の言葉はただの鳴き声にしか聞こえないが、樹精獣はこちらの言葉を理解しているようだ。
二足歩行で、茶色やこげ茶の毛皮に覆われ、体と同じくらいの長さの尻尾がある。
その樹精獣が今、目の前で尻尾を投げ出して座り、子供が読む絵本を一緒に覗き込んでいる。
何となく魔が差して、そのフカフカな尻尾に手を伸ばし、むんずと掴む。
途端に、樹精獣は尻尾を取り返すように抱え、とても悲しそうな目でこちらを見た。
鳴くこともなく、ただ悲しそうに見てくる。
とても悪いことをしてしまったと、手を引っ込めようとして、何かに頭を鷲掴ワシヅカみにされた。

「樹精獣の尻尾を掴んでは駄目ですよ。尻尾以外をこうやって優しく撫でるように」と、頭髪をかき混ぜてくる。
見上げると、レベル7のみが着る唯一の深緑色の司書服を着たソゴゥだった。
「おや、ノディマー伯爵父ハクシャクフではないですか」
ソゴゥは樹精獣モンペとして名高い。
「ああ、ソゴゥ丁度良かった、お前に会いに来たんだ。イセトゥアンやニトゥリーとミトゥコッシーは、休みが取れると家へ顔を見せるが、お前は全然帰ってこないから、こうして顔を見に来たんだ」
「今日は首都に泊り?」
「ああ、セイヴの屋敷にいる」
「なら、図書館の閉館後に屋敷に行くよ」
「分かった、そうしてくれ」
「母さんは?」
「ああ、母さんは元司書仲間と、イチゴ狩りに行っていて、今回は来ていない」
どことなくガッカリした様子のソゴゥに「あれだぞ、決してソゴゥよりイチゴを優先したわけじゃないぞ」とフォローするも、余計薄暗い目をさせてしまった。
「べつに子供じゃないし、ガッカリとかしてないし。父さんと話していると、俺ボロでちゃうから、職場では極力話しかけないで。じゃあまた後で」と、そのまま、こちらを振り返ることもなく歩いて行く。
その背中を追って、女性司書が後ろから、ソゴゥの首に腕を掛けて飛びついていた。
「グエッ」と苦しそうな声がこちらまで聞こえた。
もう一人の司書が止めようとして、さらに事態を悪化させている。
あの二人は見覚えがある。
ソゴゥを預けていた児童養護施設「高貴なる子らの園」にいた子たちだ。
確か、ソゴゥと同じ年のローズとビオラだ。園の子供たちの絆は強い。ちゃんと仲がいい仲間が側にいて安心した。
そこに、レベル5のボルドーの司書服を着たさらなる美女が、二人をシカりながら引き剥がしにかかる。
なんて羨ましい光景なんだソゴゥ、お前もイセトゥアンみたいにモテているじゃないか。
当の本人は、思いっきり苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
未だに異性を前にすると意識しすぎて、平静でいられないのだろう。
動揺を隠そうとして、あんなしかめっ面になっているのだ。

図書館が閉館し、護衛の悪魔のヨルを伴って、父、カデンのもとに行く。
夕飯は外で食べることを、樹精獣たちに伝えることも忘れない。
セイヴの屋敷には、父が使用人を伴って来ていなかったから、作るのも面倒くさいと夕飯を外に食べに行くことにした。

「何か、おすすめの店はあるか?」
「俺より、父さんの方が詳しいって、絶対。俺図書館から、ほとんど出ないし」
「寂しい暮らしだな」
「うるさいな、いつも九人で食卓囲んでるっつーの」
「人類はお前だけだろうが」
「えー、差別反対、樹精獣も悪魔も家族ですー」
「マスター」とヨルが感動したように声を上げる。
ああ、しまった。ペットも家族の一員です的なノリで言ってしまった。
「ここはどうだ?」と店の前に、貝のカラが積み重ねて置かれたオイスターバーのような店を父が指す。
「いいね、カキ好き」
ヨルもどことなく嬉しそうだ。
「じゃあ、ここにしよう」
ドアを開けると、男女ともにタイトなパンツに白いシャツの店員が、忙しそうに通路を行ったり来たりしている。
入口付近の店員が人数を聞き、直ぐに奥へと案内してくれた。

「今日こちらのテーブルを担当させていただきます、ペロペロネです。ペロと呼んでくださいね! オーダーが決まりましたらペロにお申し付けください!」
ポニーテールの店員が、白い紙のテーブルクロスに「ご来店ありがとうございます。ペロです」とペンで書いて去っていく。
「日本にもあったね、こういう店」
「ああ、タメ語じゃないだけ、まだ好感がもてる」
「近所にタメ語の店あったよね、常連じゃないのに。俺はあの店苦手だった、父さんがいつキレるかって、気が気じゃなかったし」
「はは、父さんそんなに気が短くないからな」
「いや、家族で一番ヤバいから、マジ瞬間湯沸かし器だから。ところで、ヨルは好き嫌いってある? 何か頼みたいものは?」
「我は、マスターと同じものでよい」
「じゃあ、とりあえずワインは白でいいよな、鮮魚のカルパッチョと、ガーリックポテトと、生ガキは12ピースで、あとサーロインステーキと、チーズリゾット、他何か父さん頼みたいものある?」
「この、コブサラダみたいなやつと、クラブもいっとくか」
「いいねえ、リッチだね、ヨルは? 何か追加する?」
「出来れば、我は甘いものも食べたい」
「もちろん! でもそれは食後に頼むから、食べたいやつだけ決めておいて」
「ペロさん! オーダーお願い!」と声を上げる。
とりあえず来た白ワインで乾杯し、まだメニューを見ながらアップルパイと、チーズケーキで悩んでいるヨルに「両方たのんで、分けあう?」と提案する。
「おお、それはありがたい」
「お前たち、仲良くてよかったよ」
「いつも一緒にいるのに、ギスギスしていたら嫌じゃん。それに、ヨルは文句を言ったり、不満を言ったりしてこないから、付き合いやすいけれど、本当に不満はないのか気にはなるよね」
「我は、思ったことをはっきり言っている、気遣いは無用。それに、マスターの側はとても居心地がよい。我にこんな生活が許されてよいのかと、いずれ取り上げられてしまうような不安はある」
「なんだそれ、もう酔っているの?」
「我は、基本酔わん」
「そうなんだ。ところで、父さん、第十三領の領地運営は大丈夫なの? ヨドゥバシーはちゃんと生きている?」
「はは、もともとノディマー領だからな、名前に十三が付いただけだ、特に変わりないな。ヨドゥバシーには、今度会いに行ってやってくれ、領地の獣害に悩んでいるようだ」
「元大司書の母さんに相談したらいいのに。同じ屋敷に住んでいるんだから」
「父さんと母さんは、ノディマー領の運営にはしばらくノータッチだ。ヨドゥバシーには自ら相談相手を探し、問題を解決する手腕を磨いてもらわないといけないからな」
「でも、本当にヨドゥバシーが困っていたら助けてあげてよ、あいつの長所は、アホで能天気なところだから。思慮深い神経質なヨドゥバシーになったら何か嫌だし。まあ、今度、許可を取って十三領に行くから」
「おお、それはヨドゥバシーも喜ぶぞ、こうして父さんが首都に出て来たかいがあった」
「もしかして、ヨドゥバシーに頼まれて来たの?」
「まあ、それもあるが、可愛い息子の顔を見たかったからだ」
「どう思う、ヨル?」
「嘘は言っていないようである。よい親の部類と言えるだろう」
「おお、ヨル君、君は見どころがあるな」
「父さん、ヨルは味方と思った者に対しては、なんでも肯定するんだよ」
「そうであるか?」
「自覚なかったの?」
「ヨル君、肯定ばかりだと、ソゴゥが増長するから、ダメなときはきちんとそう伝えてくれ」
「マスターは、我がものを言わなくても、自分自身をその外側から見て行動をリッする、論理的な思考の持ち主だ。心配には及ばない」
ヨルがめてくると、なんだか、金脈を掘り当てたような高揚感というか幸福感でいい気分になるから、悪魔って本当に怖い。
「だから父さん、ヨルの俺に対する肯定は筋金入だから、職場には俺をよく思わない者もいるから、そういった人に認められるように努力するよ」
「ソゴゥを認めていない者がいるのか? どんな奴だ? ちょっと特徴を教えてくれ」
「いや、教えてどうすんの?」
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