16 / 42
4 夜の消失
4-2.夜の消失
しおりを挟む
エルフの国、イグドラム国のセイヴ港の美しさが奇跡のように思える。
三日月型の湾に、透き通った遠浅のエメラルドグリーンとパライバトルマリンの織り成す美しい色彩。この世界は人による汚染とは無縁の、理想の世界なのだとソゴゥはそう思っていた。
ここは、海が死んでいる。
まるで大洪水のあった川の汽水域のように、濁った茶色の海が広がり腐臭を放っている。
船を何重もの防護壁で覆わないと、息をすることもままならない。
「ここまでとは」
案内役として同行したセアノサスは、ソゴゥに付き従う二人の護衛、王宮騎士のブロン・サジタリアスとヴィント・トーラスに、船からあまり身を乗り出さないように注意する。
出国の際に、以前ソゴゥの護衛として貸し出された王宮騎士の二人を、ゼフィランサス王がソゴゥの護衛に付けてくれたのだ。
「この毒の海は、空壁で海洋に流出しないようにせき止められているのです。落ちたら命とりです」
「浄化は?」
「近隣諸国が少しずつ行っている様です。これが大洋に広がれば、人間と海洋人の国との戦争になりかねないと危惧されているため、人間側の諸国がこの五十年、海の除染に尽力している様です」
「どうやって、除染しているのでしょうか」
ヴィントの問いに、セアノサスは通過した空壁を指す。
「三段階の空壁を設置して、外洋の綺麗な海と、汚染された海を混ぜ時間経過による自然の自浄作用に任せている様です」
「それしか手段がないのか」
「ブロン、あまり大きな声では」
ヴィントは周囲の人間を気にして、ブロンを窘める。
ソゴゥ達は今、極東の亡国へと船で向かっていた。
そして、セアノサスの話は、以前人間がセアノサスにした説明だ。
汚染の本当の理由は、大陸四か国による海底鉱脈の強引なボーリングにより吹き上がった、有毒ガスと鉱油のせいである。
客室付き巨大飛行竜船で、数日をかけて大陸の最東の国へ行き、そこで母と父、それにカルミアさんとジャカランダさんと落ち合った。
彼らの滞在していたホテルで、それまでの経緯などを聞き、また数日後にこの最東の人間の国から、極東の島である亡国へ向かう除染調査船への同乗を取り付けてもらっていたのだった。
ソゴゥの左手の人差し指には、カルミアから託された高価な魔石の嵌め込まれた指輪がある。カルミアさんの代わりに、娘さんの手がかりとなるものを探してきて欲しいと頼まれたのだ。
ソゴゥ達以外は、乗組員は全て人間である。
船上から陸地が確認できるようになり、目的の極東の島へと近づく。
接岸しても、下船できるのはソゴゥ一人。
ここまで案内してくれたセアノサスや、護衛を務めてくれたブロンとヴィントは、船と共に引き返して、最東の国でソゴゥからの連絡があるまで、母や父たちと共に待機することになっている。
かつては高い山と豊富な水資源があり、緑に覆われていたという島。
セアノサスは五年を過ごした土地を感慨深げに眺め、ブロンとヴィントはその横で言葉を失っている。
天災とは違う文明が破壊しつくされた、暴力の痕がそこにあった。
「ソゴゥ様、いま小さな図書館にいる二名の司書達にはソゴゥ様の来訪をお伝えしております。小さな図書館へお寄りください。それから、何かありましたらすぐに私を呼びつけてください」
セアノサスが極東の地図の名前をソゴゥに伝える。
地図自体はイグドラシルに保管されているが、司書ならガイドで検索して閲覧ができる。
「これ、やはり我々が付いて行ったらマズいですよね」
「このような場所に、ソゴゥ様おひとりにするのは、気が引けます。透明化の魔法を覚えておくんでした・・・・・・」
心配げに見送る王宮騎士の二人。
「あ、そうだ、よろしかったらこれを」
ヴィントがいつも持ち歩いているという塩と、梅干しの様なドライフルーツを渡してきた。
「なら、私も」
ブロンが高級スパイスのリシチの瓶を渡してくる。結構料理を選ぶ香辛料だから、使いどころがあるか分からないが、ありがたく受け取っておく。
何も渡すものが無かったせいか、セアノサスが青い顔をして見てくる。
ソゴゥは視線で、大丈夫だからと気を使わないようにと伝える。
停泊した除染調査船のタラップを、ただ一人降りる。
まずは、セアノサスの言う通り、小さな図書館へ向かう。船の停泊場所と定められた位置から、それほど離れていないところにあるらしい。
荒涼とした大地に足を踏み出す。
ここには痩せた灌木か、藁くずのように点々とした緑しかない。
小動物や鳥どころか、虫さえ見かけず、別の惑星に来たようだった。
飛行場はなく、この土地の上空を飛行することすら、各国の取り決めで禁止されている。唯一の港として開かれたのが、先ほど除染調査船が停泊した場所で、島へ上陸できるのはイグドラシルの司書だけである。
既に西に傾いているが、まだ勢いのある太陽を避けるように、僻地訪問用の外套のフードを目深に被り、赤い土を踏みしめて歩み続け、小さな図書館の建物を発見した。
青い葉を付けたイグドラシルの若木が、まっすぐ天へ伸びている。
三日月型の湾に、透き通った遠浅のエメラルドグリーンとパライバトルマリンの織り成す美しい色彩。この世界は人による汚染とは無縁の、理想の世界なのだとソゴゥはそう思っていた。
ここは、海が死んでいる。
まるで大洪水のあった川の汽水域のように、濁った茶色の海が広がり腐臭を放っている。
船を何重もの防護壁で覆わないと、息をすることもままならない。
「ここまでとは」
案内役として同行したセアノサスは、ソゴゥに付き従う二人の護衛、王宮騎士のブロン・サジタリアスとヴィント・トーラスに、船からあまり身を乗り出さないように注意する。
出国の際に、以前ソゴゥの護衛として貸し出された王宮騎士の二人を、ゼフィランサス王がソゴゥの護衛に付けてくれたのだ。
「この毒の海は、空壁で海洋に流出しないようにせき止められているのです。落ちたら命とりです」
「浄化は?」
「近隣諸国が少しずつ行っている様です。これが大洋に広がれば、人間と海洋人の国との戦争になりかねないと危惧されているため、人間側の諸国がこの五十年、海の除染に尽力している様です」
「どうやって、除染しているのでしょうか」
ヴィントの問いに、セアノサスは通過した空壁を指す。
「三段階の空壁を設置して、外洋の綺麗な海と、汚染された海を混ぜ時間経過による自然の自浄作用に任せている様です」
「それしか手段がないのか」
「ブロン、あまり大きな声では」
ヴィントは周囲の人間を気にして、ブロンを窘める。
ソゴゥ達は今、極東の亡国へと船で向かっていた。
そして、セアノサスの話は、以前人間がセアノサスにした説明だ。
汚染の本当の理由は、大陸四か国による海底鉱脈の強引なボーリングにより吹き上がった、有毒ガスと鉱油のせいである。
客室付き巨大飛行竜船で、数日をかけて大陸の最東の国へ行き、そこで母と父、それにカルミアさんとジャカランダさんと落ち合った。
彼らの滞在していたホテルで、それまでの経緯などを聞き、また数日後にこの最東の人間の国から、極東の島である亡国へ向かう除染調査船への同乗を取り付けてもらっていたのだった。
ソゴゥの左手の人差し指には、カルミアから託された高価な魔石の嵌め込まれた指輪がある。カルミアさんの代わりに、娘さんの手がかりとなるものを探してきて欲しいと頼まれたのだ。
ソゴゥ達以外は、乗組員は全て人間である。
船上から陸地が確認できるようになり、目的の極東の島へと近づく。
接岸しても、下船できるのはソゴゥ一人。
ここまで案内してくれたセアノサスや、護衛を務めてくれたブロンとヴィントは、船と共に引き返して、最東の国でソゴゥからの連絡があるまで、母や父たちと共に待機することになっている。
かつては高い山と豊富な水資源があり、緑に覆われていたという島。
セアノサスは五年を過ごした土地を感慨深げに眺め、ブロンとヴィントはその横で言葉を失っている。
天災とは違う文明が破壊しつくされた、暴力の痕がそこにあった。
「ソゴゥ様、いま小さな図書館にいる二名の司書達にはソゴゥ様の来訪をお伝えしております。小さな図書館へお寄りください。それから、何かありましたらすぐに私を呼びつけてください」
セアノサスが極東の地図の名前をソゴゥに伝える。
地図自体はイグドラシルに保管されているが、司書ならガイドで検索して閲覧ができる。
「これ、やはり我々が付いて行ったらマズいですよね」
「このような場所に、ソゴゥ様おひとりにするのは、気が引けます。透明化の魔法を覚えておくんでした・・・・・・」
心配げに見送る王宮騎士の二人。
「あ、そうだ、よろしかったらこれを」
ヴィントがいつも持ち歩いているという塩と、梅干しの様なドライフルーツを渡してきた。
「なら、私も」
ブロンが高級スパイスのリシチの瓶を渡してくる。結構料理を選ぶ香辛料だから、使いどころがあるか分からないが、ありがたく受け取っておく。
何も渡すものが無かったせいか、セアノサスが青い顔をして見てくる。
ソゴゥは視線で、大丈夫だからと気を使わないようにと伝える。
停泊した除染調査船のタラップを、ただ一人降りる。
まずは、セアノサスの言う通り、小さな図書館へ向かう。船の停泊場所と定められた位置から、それほど離れていないところにあるらしい。
荒涼とした大地に足を踏み出す。
ここには痩せた灌木か、藁くずのように点々とした緑しかない。
小動物や鳥どころか、虫さえ見かけず、別の惑星に来たようだった。
飛行場はなく、この土地の上空を飛行することすら、各国の取り決めで禁止されている。唯一の港として開かれたのが、先ほど除染調査船が停泊した場所で、島へ上陸できるのはイグドラシルの司書だけである。
既に西に傾いているが、まだ勢いのある太陽を避けるように、僻地訪問用の外套のフードを目深に被り、赤い土を踏みしめて歩み続け、小さな図書館の建物を発見した。
青い葉を付けたイグドラシルの若木が、まっすぐ天へ伸びている。
0
あなたにおすすめの小説
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
【第一部完結】転生99回目のエルフと転生1回目の少女は、のんびり暮らしたい!
DAI
ファンタジー
【第一部完結!】
99回のさよならを越えた、究極の『ただいま』
99回転生した最強エルフは、のんびり暮らしたいだけなのに――なぜか家族が増えていく。
99回も転生したエルフの魔法使いフィーネは、
もう世界を救うことにも、英雄になることにも飽きていた。
今世の望みはただひとつ。
――森の奥の丸太小屋で、静かにのんびり暮らすこと。
しかしその願いは、
**前世が日本人の少女・リリィ(12歳)**を拾ったことで、あっさり崩れ去る。
女神の力を秘めた転生少女、
水竜の神・ハク、
精霊神アイリス、
訳ありの戦士たち、
さらには――
猫だと思って連れ帰ったら王女だった少女まで加わり、
丸太小屋はいつの間にか“大所帯”に!?
一方その裏で、
魔神教は「女神の魂」と「特別な血」を狙い、
世界を揺るがす陰謀を進めていた。
のんびり暮らしたいだけなのに、
なぜか神々と魔王と魔神教に囲まれていくエルフ。
「……面倒くさい」
そう呟きながらも、
大切な家族を守るためなら――
99回分の経験と最強の魔法で、容赦はしない。
これは、
最強だけど戦いたくないエルフと、
転生1回目の少女、
そして増え続ける“家族”が紡ぐ、
癒しと激闘の異世界スローライフファンタジー。
◽️第二部はこちらから
https://www.alphapolis.co.jp/novel/664600893/865028992
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~
とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。
先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。
龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。
魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。
バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる