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3 真夜中の攻防
3-7. 真夜中の攻防
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十年前、五人兄弟のうち、自分と末っ子のソゴゥを除く三人の兄弟が誘拐された。
兄弟を追ってガルトマーン国の火山地帯へと向かった先で目にした光景は、深い穴の前で、今まさにスパルナ族が、三男のミトゥコッシーを穴の中へと突き落とすところだった。
あの瞬間、何もかもが分からなくなって、気づいたら、ソゴゥは肋骨を折って、口から血を流していた。
あの頃は、今よりもずっと体格差があって、ソゴゥにとっては正気を失った自分は、素手で熊と戦うような恐怖だっただろう。そんな状況でもソゴゥは立ち向かい、その結果、自分を止めるために怪我を負った事を、ついに言及することはなかった。
もう二度と、正気を失ってソゴゥや兄弟達に怪我を負わせるようなことはしないと、自分自身に誓ったのだ。
浮上しても浮上しても、海底に引きずり込まれるような苦しさ、幾度となく手が届きそうな海面から引き離される絶望を、繰り返していた。
こうしている間にも、俺の体が、何か取り返しのつかないことをしているかもしれない。
もう絶対に、俺はそれを許してはいけない。
「ニトゥリー、残念だ」
ソゴゥはオスティオス園長から預かった紙を広げて、そしてそれを読み上げる。
「図書館、書架D38上段左から二番目、男子棟三階トイレ用具入れ、男子共同浴場脱衣場、脱衣籠収納棚上・・・・・・?」
「グウウウウッ」
「何か、効いておるようであるな」
ヨルが腕を組んで、その様子を観察する。
「ニトゥリー、いいのか? 続けるぞ!」
「ウウッツ」
ソゴゥはその様子を見て、ため息を吐く。
「ここからは、本当に、大変だぞ? 声を大にして言うぞ?」
ソゴゥの念押しに、やや狼狽したような表情を見せるニトゥリーだが、まだその目は赤く光っている。
何やら紙を見ながらぼそぼそ喋るソゴゥを、遠くから見ていたピラカンサス達は、ソゴゥが何か呪文を詠唱しているのかと、聞き耳を立てていた。
「好意を寄せていた、コスモスちゃん十二歳が、ミトゥコッシーの事が好きだと分かったニトゥリー少年十一歳は、自分はミトゥコッシーだと宣言しながら全裸で園内を周回。ああ、あの事件の背景には、そんな甘酸っぱい理由があったのか。ニトゥリー少年十三歳の夏、思いを寄せていた、リリーちゃん十四歳に・・・・・・」
「グウウウウッ!」
「効いておるな」
「リリーちゃん十四歳に告白するも、イセトゥアンになって生まれなおして来いと言われ、腹いせにイセトゥアンを真っ裸にして、簀巻きにし庭に転がした。ああ、あの事件ね、ただの喧嘩かと思っていたが、そんな切ない理由があったのか。お前、裸祭りか? 裸大好きかよ、ええ、続いて・・・・・・」
伸びてきたニトゥリーの腕を避けて、ソゴゥは後ろに飛びのいた。
「全裸魔人に言われとうないわ!!」
ソゴゥはオスティオスを振り返り、オスティオスが超速で移動してきて、ニトゥリーの体に神聖魔法による衝撃波を当てた。
ニトゥリーの背中から翼が剥がれ、全身から黒い粉が花粉の様に周囲に飛び散り、それが一塊となって地面に蜷局を撒いた。オスティオスがニトゥリーの背を叩くと、ニトゥリーは膝をついて、さらに黒い砂を吐き出した。
吐き出された砂も、塊の方へと移動していく。
ヨルが砂を寄せ付けないよう、兄弟とオスティオスの周囲に黒い炎の壁を作った。
砂は、黒い炎の周りをウロウロと彷徨って、やがて諦めたように上空へと消えていった。
「ニッチ! おい、大丈夫か?」
「俺は、お前に怪我させんかったかのう?」
「大丈夫だよ、頭脳戦ってやつ?」
「その紙はなんや?」
「ああ、これは、ピラカンサスさんとか、ニッチの職場の人に後であげようかなって思っていた紙だよ」
ソゴゥは、ノディマー領で働くピリカの兄であるピラカンサスとは面識があった。
ニトゥリーはソゴゥから紙を奪うと、顔を真っ赤にして崩れ落ちそうになる体を、膝に手を付いてなんとか支えた。
ピラカンサスがニトゥリーの後ろで笑っている。
「班長、無事でよかったっす。一時はイグドラムのエルフ、総ミイラ化を想像したっすよ」
「私はちょっとくらいなら、班長に血を吸われても構いませんでしたが、班長はローズマリー様とソゴゥ様にしか興味がなかったご様子。とても残念です」
「異性か、魔力量が基準だったんじゃないの」
イソトマがやって来て、ローレンティアの肩に手を置く。
ローレンティアはそれを払いのけながら「私は、異性に該当するのでは?」と若干キレて言う。
「それにしても、ご兄弟は子供の頃はやんちゃだったのですね」
悪気のないコリウスの言葉に、辛うじて立っていたニトゥリーが崩れ落ち、普段はイグドラシルの第一司書として澄ました顔をしているソゴゥは、全裸魔人なる不名誉なあだ名を公言されたことによるダメージが、じわじわと膝に来ていた。
「すまない」
オスティオス園長は、二人の卒園生に憐憫の涙を禁じ得なかった。
「精神攻撃を得意とする班長を、こうまで落ち込ませるとは、流石はオスティオス様」
さらに悪気のないコリウスの言葉に、オスティオスまでもが項垂れる。
園の子供たちの甘酸っぱい思い出は、オスティオスにとっても共感性羞恥心を呼び起こす諸刃の剣なのだった。
「だが、アレは逃げてしまったな」
ヨルの言葉に、ニトゥリーはやっと深刻な事態が継続していることを認識する。
そこに王宮騎士がやって来る。
「黒い砂の正体は吸血鬼でしたが、依り代がないと吸血行為が出来ず、また、依り代となる器には相当な魔力耐性を持った者でないとならない。そのように王に報告して対策を講じるよう進言いたします」
王宮騎士と陸軍特殊部隊の者たちが、それらの情報を持って撤退し、警察官達は、トゲの林となった目抜き通りと、取り逃がした吸血鬼の事とで、始末書に頭を悩ませていた。
「まあ、始末書百枚の長編力作を頑張れよ、俺は兄弟の暴挙を止めに来た、ただの善意の一般市民だから、もう帰って寝るとするわ」
ソゴゥは欠伸を噛み殺し、ヨルに翼を出すように言うとその背中に乗っかって、上空へと舞い上がり、この場を後にした。
ニトゥリーは項垂れながら、ミトゥコッシーの呼びかけに応えた。
『すまない、ずっと呼びかけてくれて助かった。ソゴゥを傷つけんで済んだ。詳しいことは明日話すが、あの海底から引き揚げた箱ん中におった吸血鬼が逃げ出した、周囲に魔力の強いエルフがおったら用心せい、吸血鬼に憑りつかれる恐れがある、お前もな』
『なんやニッチ、吸血鬼に憑りつかれて、ソゴゥに迷惑かけとったんか』
『グウッ』
『お前とソゴゥが無事ならええわ、その吸血鬼が戻ってきた時、迎え撃てるようにしっかりと体を休めて用心せいよ』
『おう、わかった』
ニトゥリーは、暗雲が消えて雲一つない、未明の星空を見上げた。
兄弟を追ってガルトマーン国の火山地帯へと向かった先で目にした光景は、深い穴の前で、今まさにスパルナ族が、三男のミトゥコッシーを穴の中へと突き落とすところだった。
あの瞬間、何もかもが分からなくなって、気づいたら、ソゴゥは肋骨を折って、口から血を流していた。
あの頃は、今よりもずっと体格差があって、ソゴゥにとっては正気を失った自分は、素手で熊と戦うような恐怖だっただろう。そんな状況でもソゴゥは立ち向かい、その結果、自分を止めるために怪我を負った事を、ついに言及することはなかった。
もう二度と、正気を失ってソゴゥや兄弟達に怪我を負わせるようなことはしないと、自分自身に誓ったのだ。
浮上しても浮上しても、海底に引きずり込まれるような苦しさ、幾度となく手が届きそうな海面から引き離される絶望を、繰り返していた。
こうしている間にも、俺の体が、何か取り返しのつかないことをしているかもしれない。
もう絶対に、俺はそれを許してはいけない。
「ニトゥリー、残念だ」
ソゴゥはオスティオス園長から預かった紙を広げて、そしてそれを読み上げる。
「図書館、書架D38上段左から二番目、男子棟三階トイレ用具入れ、男子共同浴場脱衣場、脱衣籠収納棚上・・・・・・?」
「グウウウウッ」
「何か、効いておるようであるな」
ヨルが腕を組んで、その様子を観察する。
「ニトゥリー、いいのか? 続けるぞ!」
「ウウッツ」
ソゴゥはその様子を見て、ため息を吐く。
「ここからは、本当に、大変だぞ? 声を大にして言うぞ?」
ソゴゥの念押しに、やや狼狽したような表情を見せるニトゥリーだが、まだその目は赤く光っている。
何やら紙を見ながらぼそぼそ喋るソゴゥを、遠くから見ていたピラカンサス達は、ソゴゥが何か呪文を詠唱しているのかと、聞き耳を立てていた。
「好意を寄せていた、コスモスちゃん十二歳が、ミトゥコッシーの事が好きだと分かったニトゥリー少年十一歳は、自分はミトゥコッシーだと宣言しながら全裸で園内を周回。ああ、あの事件の背景には、そんな甘酸っぱい理由があったのか。ニトゥリー少年十三歳の夏、思いを寄せていた、リリーちゃん十四歳に・・・・・・」
「グウウウウッ!」
「効いておるな」
「リリーちゃん十四歳に告白するも、イセトゥアンになって生まれなおして来いと言われ、腹いせにイセトゥアンを真っ裸にして、簀巻きにし庭に転がした。ああ、あの事件ね、ただの喧嘩かと思っていたが、そんな切ない理由があったのか。お前、裸祭りか? 裸大好きかよ、ええ、続いて・・・・・・」
伸びてきたニトゥリーの腕を避けて、ソゴゥは後ろに飛びのいた。
「全裸魔人に言われとうないわ!!」
ソゴゥはオスティオスを振り返り、オスティオスが超速で移動してきて、ニトゥリーの体に神聖魔法による衝撃波を当てた。
ニトゥリーの背中から翼が剥がれ、全身から黒い粉が花粉の様に周囲に飛び散り、それが一塊となって地面に蜷局を撒いた。オスティオスがニトゥリーの背を叩くと、ニトゥリーは膝をついて、さらに黒い砂を吐き出した。
吐き出された砂も、塊の方へと移動していく。
ヨルが砂を寄せ付けないよう、兄弟とオスティオスの周囲に黒い炎の壁を作った。
砂は、黒い炎の周りをウロウロと彷徨って、やがて諦めたように上空へと消えていった。
「ニッチ! おい、大丈夫か?」
「俺は、お前に怪我させんかったかのう?」
「大丈夫だよ、頭脳戦ってやつ?」
「その紙はなんや?」
「ああ、これは、ピラカンサスさんとか、ニッチの職場の人に後であげようかなって思っていた紙だよ」
ソゴゥは、ノディマー領で働くピリカの兄であるピラカンサスとは面識があった。
ニトゥリーはソゴゥから紙を奪うと、顔を真っ赤にして崩れ落ちそうになる体を、膝に手を付いてなんとか支えた。
ピラカンサスがニトゥリーの後ろで笑っている。
「班長、無事でよかったっす。一時はイグドラムのエルフ、総ミイラ化を想像したっすよ」
「私はちょっとくらいなら、班長に血を吸われても構いませんでしたが、班長はローズマリー様とソゴゥ様にしか興味がなかったご様子。とても残念です」
「異性か、魔力量が基準だったんじゃないの」
イソトマがやって来て、ローレンティアの肩に手を置く。
ローレンティアはそれを払いのけながら「私は、異性に該当するのでは?」と若干キレて言う。
「それにしても、ご兄弟は子供の頃はやんちゃだったのですね」
悪気のないコリウスの言葉に、辛うじて立っていたニトゥリーが崩れ落ち、普段はイグドラシルの第一司書として澄ました顔をしているソゴゥは、全裸魔人なる不名誉なあだ名を公言されたことによるダメージが、じわじわと膝に来ていた。
「すまない」
オスティオス園長は、二人の卒園生に憐憫の涙を禁じ得なかった。
「精神攻撃を得意とする班長を、こうまで落ち込ませるとは、流石はオスティオス様」
さらに悪気のないコリウスの言葉に、オスティオスまでもが項垂れる。
園の子供たちの甘酸っぱい思い出は、オスティオスにとっても共感性羞恥心を呼び起こす諸刃の剣なのだった。
「だが、アレは逃げてしまったな」
ヨルの言葉に、ニトゥリーはやっと深刻な事態が継続していることを認識する。
そこに王宮騎士がやって来る。
「黒い砂の正体は吸血鬼でしたが、依り代がないと吸血行為が出来ず、また、依り代となる器には相当な魔力耐性を持った者でないとならない。そのように王に報告して対策を講じるよう進言いたします」
王宮騎士と陸軍特殊部隊の者たちが、それらの情報を持って撤退し、警察官達は、トゲの林となった目抜き通りと、取り逃がした吸血鬼の事とで、始末書に頭を悩ませていた。
「まあ、始末書百枚の長編力作を頑張れよ、俺は兄弟の暴挙を止めに来た、ただの善意の一般市民だから、もう帰って寝るとするわ」
ソゴゥは欠伸を噛み殺し、ヨルに翼を出すように言うとその背中に乗っかって、上空へと舞い上がり、この場を後にした。
ニトゥリーは項垂れながら、ミトゥコッシーの呼びかけに応えた。
『すまない、ずっと呼びかけてくれて助かった。ソゴゥを傷つけんで済んだ。詳しいことは明日話すが、あの海底から引き揚げた箱ん中におった吸血鬼が逃げ出した、周囲に魔力の強いエルフがおったら用心せい、吸血鬼に憑りつかれる恐れがある、お前もな』
『なんやニッチ、吸血鬼に憑りつかれて、ソゴゥに迷惑かけとったんか』
『グウッ』
『お前とソゴゥが無事ならええわ、その吸血鬼が戻ってきた時、迎え撃てるようにしっかりと体を休めて用心せいよ』
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ニトゥリーは、暗雲が消えて雲一つない、未明の星空を見上げた。
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