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1.奴隷の朝は忙しい

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俺はいつも通りご主人様たちの洗濯物を入れた籠を抱えて洗濯店に向かっていた。
中心地のローマほどじゃないけどここも人口が多くて気を付けては行くものの肩がぶつかって舌打ちされる。生まれつき細い俺は押されてふらついてしまうがカッコ悪く転けないよう足で踏ん張って耐えるのだ。
今日もなんとか洗濯店につくと、俺と同じように洗濯物を持った奴隷たちが行列を作っていて俺もそこに加わった。順番が来ると昨日貰った木札と洗濯物を渡す。店員は淡々と回収し、綺麗になった前回の分が入った籠を渡して素っ気なく「次。」というような手振りをした。俺は素早く籠を受け取り、列からヒョイと横に退いて家へと帰ることにする。

帰り道を歩いていると、子どもが泣きわめいてる声が聞こえた。扉が勢いよく開き、顔を真っ赤にして泣いている黒髪の少年が母親らしき女性に背中を押され外に追いやられている。
「そこで反省してなさい!」
母親らしき女性が怒鳴り、扉を閉めた。
少年はその場で立ち尽くし、グズグズと鼻をすすり、両目から溢れる涙を一生懸命両手の甲で拭っている。
俺は母親が出てこないことを確認して少年に近づいた。
「クルソル坊…また母ちゃんに怒られたのか?」
俺の胸ぐらいの背丈で目がクリクリして長い睫毛の坊やは俺を見上げた。
「うん…。また文法を間違ったの。ぼく…頑張って勉強したんだよ…それでもダメだった。」
眉を下げてまた泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにしている。こいつの家は金持ちで親もなんだかわからん役人にしたがってる教育ママさんらしい。
「お前も大変だな。」
「…ぼく勉強したくないよ…。父上や母上みたいに賢くないもん。できないもん。」
「お前は十分賢いさ。生まれも良くて自由民なんだからそんな落ち込むなよ。」
「…ぼく、ルクスみたいになりたい。」
「あいつは出来すぎなんだって。」
ルクスってのは俺たちの友人で、ご貴族様の奴隷なんだが優秀で身なりもよくしかもご主人にはかなり大切に…息子のように扱われている。心底羨ましい…。
いじけてるクルソル坊の頭を撫でて慰めていると、再び扉が開き母親が顔を出した。俺を見るなりあからさまな嫌悪を表し、すごい勢いでクルソル坊を抱きしめて叫んだ。
「またお前なの?!気安くうちの子に話しかけないで!今度来たらお前の主人を訴えるわよ!」
言い終わるとクルソル坊を引っ張りこんで扉を閉めた。俺はすごい剣幕に少しの間固まってしまった。


家に帰るとご主人様と奥様が店の準備で忙しそうに動いていた。俺が帰ってきたのを目にしたご主人様から拳が飛んできた。
「洗濯にいつまでかかってんだ!寄り道してただろ!ふざけやがって!」
「も、申し訳ございません…。」
殴られた頬を押さえながら頭を下げ謝った。軽く頭も叩かれ準備に戻るのを見てようやく頭を上げる。許してもらえたようだ。
この時間のご主人様はピリピリしている。口が切れてないか指で押さえて確認してみると血は出ていなかった。今日はまだマシな方だ。
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